〈壱〉の巻 ~上弦の月夜~
御堂へと目を見張っていたヒズミより先に、その足元へ零れた無数の血痕にミカヅキが気付き、悲鳴めいた声を上げると必死にしがみ付いてきた。見るとその血痕は御堂の中へと続いており、月明かりでその数段の階段に濡れた光が反射し、それが何とも言えぬザワリとした胸騒ぎを覚えさせた。
その擦れ掠れた血痕、中へと引き摺り込まれたらしき形跡、御堂の中から感じられるその禍々しい気配──。
「……ミカヅキ、下がっていなさい───」
押し殺した声で低く呟くとミカヅキの体を軽く押して、その場から下がらせる。
ヒズミは短刀の柄をゆっくりと握り締め、嫌な汗を感じるその手を御堂の扉へそっと掛けた。
ギィイ…と古びた軋みを上げつつ扉が開かれ、僅かに堂内へと月明かりが差し込む。血に濡れた床、投げ出された草鞋を履いた小さめの足──。
(─女、か…)
その暗闇の向こうでは到底、人のものではない炯々と輝く二つの瞳。
《フゥーッ…、フゥーッ……》
獣独特の荒い息遣いと低い威嚇の唸り声。それら二つが共に堂内へと響き、その狭い空間一帯を籠もった殺気で満たしている。床を濡らす鮮血、立ち込める血の臭い──。
ヒズミは柄を握る手へと力を込めた。