〈壱〉の巻 ~上弦の月夜~
〈三〉
「── 一体、何が書かれておられたのです」
ヒズミは気を利かせ障子を開けた。
「…何、ちょっとした誤解があってな。娘に宛てた筈の文を旦那の奴が勝手に読んだのか、はたまた文を受け取った娘が、その内容をどうにかこうにか旦那に変に伝え聞かせたものか……」
「?」
「私が“男”と“二人旅をしている”と取ったらしく、こんなものを寄越したのだ──」
チヨのチラつかせた文には、その小さな紙に収まらんとばかりに細かな文字でびっしりと何やら書き綴られていた。ヒズミはそれに思わず軽く笑った。
「…愛されておられるのだな──」
チヨは書こうとしていた筆を止め、筆を別の物へと取り代えた。
「冷やかしは、やめてくれっ!!」
チヨは、勢いよく持ち代えた大筆で「このバカタレが!」と書き殴った。それにまた笑い、ヒズミは体を起こしつつもまだ眠たそうなミカヅキを呼ぶ。
「──おいで、ミカヅキ。顔を洗いに行こう」
「…はぁ~い───」
トタトタと駆けて来たミカヅキの手を取り、部屋を後にする際にもう一度、目をやった大筆を置き小筆片手に文の返事へ悩むチヨのその姿は、やはり若い女そのものの様に思えた。
《シュルシュルシュル……》
「…ふっ、そなたも大変だな──」
チヨの下で蜷局を巻き、舌をチロチロとさせるその式神に声を掛けてみた。チラリとその蛇は此方を見たが「何か言ったか、ヒズミ…?!」と言うチヨの怒りの含まれた声に、式神は慌ててその主人を振り返ったのだった。
(──案外、蛇とは臆病なものなのだな………)
そんな事を思いつつ、ミカヅキの手を引きヒズミは部屋を後にした。