〈壱〉の巻 ~上弦の月夜~
〈一〉
「──ふん、唯一神とは…古いな。お前さまは何処の生まれだ」
縁側にて開け放たれた戸へ背を預け、胡座を掻いて座る若い女は杯へと目を落とし、そこへ映る上弦の月を静かに揺らした。
「もう、此処よりずっと…」
静けさに虫の音だけが響いて来る。チヨは愛おしげに、ヒズミの膝へ縋り眠りに就くミカヅキへと首を傾けた。
「…その白狐姫様とやらは、さぞかし美しかったのであろう……この娘を見れば分かる───」
「……………」
秋の近付いた涼しげな風にミカヅキの髪が揺れ、チヨは静かに笑んでその幼い顔へと掛かった髪をソッと指先で退けた。
「里へ置いて来た娘を思い出すよ…」
暫しの間その寝顔を見つめ、それからチヨは杯の酒を一気に飲み干した。
「ご馳走さん」
「ああ、もう一杯…」
ヒズミは酒瓶を軽く上げてみせた。
「いや。有り難いが、遠慮して置こう」
立ち上がったチヨは軽く上げた手でそれを制する。
「酒には弱い方で…?」
「いや、私はウワバミだ」
チヨは屈託なくニカリと笑んだ。
「何故か、幾ら飲んでも酔えんのだよ。…ああ、それに私は甘酒や果実酒の方が好みだからな。お前さまの唯一の楽しみなら、私に気など遣わず取って置け」
「は、はあ…」
ヒズミとミカヅキを縁側へと残し、チヨはフワリと衣を翻す。
「──ヨミ、寝るぞ。出て参れ」
スルリと何処ぞの闇から現れた黒い妖が、チヨの後を追う。
「…その様な者、もし家主に見られでもしたら……」
「何、案ずるな。普通の人間にコヤツらの姿は見えぬよ───」
そう言葉を残し、チヨは衝立の向こうへと姿を消した。