「この村の馬達は、そのアカの子孫（しそん）達だと伝えられているんですよ」
　片（かた）した薬箱を抱（かか）え、アヤメは何処（どこ）か誇（ほこ）らしげに微笑（ほほえ）んだ。
「この村の者達は馬に限らず、命あるものを大切にする──。故（ゆえ）にこの土地は豊かなのだよ」
　胡座（あぐら）の上へ頬杖（ほおづえ）を突（つ）き、中庭にて蝶（ちょう）や蜻蛉（とんぼ）と戯（たわむ）れるミカヅキを眺（なが）めながらチヨが静かに呟（つぶや）く。
「……そう言えば」
　不意（ふい）に何かを思い出したチヨが頬杖（ほおづえ）から顔を上げた。
「アヤメ、この村の今年の農作物の被害はどうだ…？」
自分の仕事へ戻ろうとしたアヤメにチヨが問（と）うた。
「…他の村々では、此処（ここ）の所の長雨（ながあめ）による被害が甚大（じんだい）との事だったが……」
「そう、ですねぇ…。ウチの村では被害はさほど。例年より雨は沢山（たくさん）降りましたが、大きな被害は見られませんです」
「そうか…」
「はい」
「───なら。安心して、その豊かさに甘えさせて貰うとするかな。フフフフフ……」
「はい？」
　チヨは、何処（どこ）か黒い笑みを零（こぼ）した。
「…………、(汗)」
　ヒズミは思わず、その意味深（いみしん）なチヨの笑みへと釘付（くぎづ）けとなる。
（──何やら…、余（あま）り良くない予感がするのだがっ………）
　チヨの影掛（かげが）かった顔の吊（つ）り上がった口角（こうかく）に、ヒズミはひたすら冷や汗を垂（た）らし落とし続けていた…。