〈弐〉の巻 ~馬神と犬神~
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その昔、今の村人の先祖へあたる者達がこの土地へと移り住んで来たばかりの頃──。その者達はまだ手付かずの土地を切り開く為、数頭の馬を連れ、この山へと入った。
その馬達の中、他の雄馬に引けを取らない、体も大きく逞しい一頭の雌馬が居た。名前はアカ。
それは見事な、赤みを帯びた栗毛色をしていたのだという。
その気性は実に勇ましく、他のどの馬達も登れぬ急斜面の山肌をアカだけは登り、他の馬が引けぬ重い荷を引いて、どんな悪路も物ともせず、アカは誰もが認める程どの馬よりも良く働いた。
アカは頭も賢く、村人に対しては実に穏やかで、村人達に取ってもなくてはならない存在であった。
──しかし、それはあと少しで土地が拓けるという頃。
この山一の大楠木を切り倒した時の事だった。何をどう過ったのか、その大楠は本来倒す筈であった方向と全く正反対へと倒れてしまったのだ。そこには一仕事を終え、その最後の大仕事を見守りながら休む村人や馬達が居た──。
メキメキという恐ろしい音を響かせ倒れる大楠に村人は腰を抜かし、馬達は当然逃げ出したが、その馬達の中、アカだけは、その逞しい四肢をしっかりと踏み締めて、倒れる大楠から逃げ遅れた村人達を守ろうとしたのだ。
無論…、その重みに堪えられる訳などなくアカは大楠の下敷きとなったが、体の大きかったアカがその身を呈してくれた事により、村人達の中から怪我を負った者は只の一人も出なかった。
だが、アカだけは負った怪我により数日後、その命を落とした。
後、アカのお陰で漸く拓けたその土地へ村人達は祠を建て、その一頭の“牝馬”を村の土地の神として奉ったのだった──。