〈弐〉の巻 ~馬神と犬神~
〈一〉
「──だいぶ傷口の方も、お乾きになられたみたいですね」
若い使用人の娘が、チヨの傷の包帯を取り替えながら言った。チヨは当然といった笑みを浮かべる。
「ふん、私も若いからな。傷の治りは早いのだ」
そうですね、などとすんなり返す娘にチヨは呆れ、困ったという顔をする。
「…と言うのは、戯れ言で──…」
全く、この娘には参った…、と苦笑を零し、それからチヨは穏やかな目をして言葉を続けた。
「……そなた達のお陰だ、礼を言うぞ─」
屋敷の者達による適切な看護により、チヨの傷口は順調に回復へと向かっていた。
「でも、無理は決していけませんよ? 直ぐに傷口がまた、開いてしまいますからね」
「分かっている」
使用人の娘・アヤメは、取り替えた包帯らを片し始める。
「そう言えば、ヒズミ。村の土地神の所へは、もう、行ったのか?」
部屋の外、縁側へと座るヒズミにチヨが声を掛けた。
「いえ。…ああ、しかし。ミカヅキを連れて村の中を見て回った際に、村の奥の方へ立派な鳥居を見ました」
「そうか」
着物を纏い襟首を整えつつ立ち上がると、衝立の向こうだというのにも関わらず律儀に此方へ背を向けたままのヒズミの姿に、チヨはフッと軽く笑った。中庭ではミカヅキが遊んでいる。
「──此処の土地神は、それはそれは立派な馬の姿をしていてな」
「馬、ですか」
チヨは、ヒズミの隣へと腰を下ろした。
「そうだ。燃え盛る炎の如く暖かな赤い毛色をした、美しくも気高い馬の神だ──」