〈壱〉の巻 ~上弦の月夜~
〈十〉
ヒズミがミカヅキを連れて部屋へ戻ると、丁度、チヨの方も文を式神の蛇へと託し終えた所だった。
「…ヒムカどの、実は話があるのだが───」
チヨの連れとして、もう此処へ世話となり三日にはなる。
「何だ一体? その様に改まって──、」
チヨは文の道具をさっさと片すと、今度は代わりに煙管煙草を取り出した。
「……実は。金が、底をついてしまったのだ」
チヨは“自称・退治屋”を名乗っていた。それも“妖”専門の──。
先日の怪我も、その妖との戦いで負ったものだったのであろう。更には、こんな屋敷に客人扱いと来たものだ───。
「……ふむ、」
チヨはコツンと煙管から灰を落とし、煙を静かに吐き出した。
「───奇遇だな、私もだ。」
煙管煙草片手に頬杖を突き、チヨはニカッとヒズミの方を向いた。
「……はっ!?」
後ろめたくもあるが、助けた恩義に幾らか金を借りられればと考えていたヒズミは一瞬、言葉を無くした。
「──し…、しかし…。前の村で、その怪我と引き換えに。倒した妖が……おった、のでは………」
あからさまに動揺するヒズミの姿を、如何にも楽しげにチヨは眺める。
「───そのっ、報酬…とかは、無かったのですか……?」
「あったぞ」
「………なら、」
チヨは、自分の背後をクイッと親指で指差した。
「──だから。それが先程、泡となったのだよ」
チヨの指差す先で屋敷に合わせ豪華だった半壊の衝立が、その限界をとうとう迎えたらしく、三人の見守るその目の前にて遂に全壊し果てたのだった───。
「──とうさまっ…、」
「…………ひ、ヒムカ…どのっ──、」
「あっはっはっは。──すまないな、当てが外れたか? はっはっはっはっはっはっは」
あっけらかんと笑うチヨに、ヒズミは次の言葉が出て来なかった───。
■幻想一夜・百鬼夜行帖 〈弐〉の巻 へと続く…