〈壱〉の巻 ~上弦の月夜~
〈八〉
細い月の昇る真っ暗な夜の山道を、青白い狐火がユラユラと道案内するかのように灯されては消え灯されては消えを静かに繰り返している。主人である女を背負うヒズミを気に掛け、また気遣うように。ヒズミの歩く速度に合わせそれをしてくれているのは恐らく、ミカヅキを負ぶった狐の片割れなのだろう。行く先、行く先を僅かに先回りしつつ、足元をボンヤリとした狐火にて照らし出しては目的地へとヒズミ達を誘う。
「──ううん。平気、大丈夫…、」
夜道に響くのは只一人、ミカヅキの声のみ──。
「うん。もう、怖くないよ───」
ミカヅキを負ぶっている狐面の少年との会話のようだが、その場へミカヅキ以外の声は聞こえてこない。狐面の言葉を理解出来るミカヅキが特別なのか、ミカヅキにしか聞こえぬ特別な声または言葉にて狐面の彼が話し掛けているのかは謎ではあるが。
「──ヨミ、め。…また、随分と………」
ミカヅキの声に薄目を開けた女はやっとの微かな声にて呟き、漸くながらも力ない声にて笑う。
キャンッと一吠えし、パタパタと尾を振ってみせるコロコロとした小さな子犬は負ぶわれたミカヅキの少し前を行きつつも、やはり時折、振り返りながら愛くるしい素振りを振り撒いている。──ヨミ、と呼ばれていた黒い大きな山犬はミカヅキを怖がらせまいと少しずつ小さく弱いものへと姿を変え続けている内に、どうやら遂にはそのような姿にまでなってしまったらしい。
「時に。貴女さまの名前を聞いてみても宜しかろうか───」
何の気なしに、ヒズミは背中の女へと声を掛けてみる。相変わらず、この者達の得体は知れなかったが、それでも何となく悪い者達ではない事だけは確信していいように思えた。
しかし……
「──もし…?」
背中の女を軽くヒズミが肩越しに振り返ると。ヒズミの首へ回されていた筈の女の腕がそれを機に、ダラリと首元から滑り落ちて力無くぶら下がった──。
「!」
ヒズミは思わず一度、その足を止める。
「…………………、」
微かに聞こえてきた女の弱い息遣いへと、ヒズミは安堵し溜め息を吐いて胸を撫で下ろした。此方を振り向く狐達とヨミへ対し、一つ頷き「大丈夫だ」と呟きつつも。
「───少しばかり、先を急ぐとしよう」
ヒズミは、女をソッと背負い直した。