短編集
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降りしきる雨。陰鬱な真夏の雨は、もう三日三晩と降り続いていた。
「雨…、雨…、雨……。ほんと、嫌んなっちゃうわ───」
どんよりと暗い空、窓に打ちつける大粒の雨粒たち。そんなガラス越しの外の様子を恨めしげに睨めつけつつ、シャオリンはまた一つ大きな溜め息を吐き出した。
「せっかくのスケジュールも、何もかも台無し……」
窓辺へと伏して。イスの上、プラプラと足を力なく揺らす。
そこへ。聞き慣れた、どこか忙しない靴音を響かせ、一人の人物が足早にシャオリンの元へとやってきた。
「お嬢様! こんな所に!」
「探しましたよ」と青年は呆れ半分の困り顔で小首を傾け、彼女を見下ろした。
「私なら、ずっとここに居たけど…。何か用事?」
「いえ。いや、しかし。この場所は寒うございます。…そのような薄着で──」
「……、私の勝手」
彼女の世話役、使用人であるウィリアムは笑顔を作り、手にしていたブランケットを広げた。
「ウィル…」
「はい。何でございましょう?」
「お父様に言われたの?」
ウィリアムはただ笑みを浮かべ、ブランケットにてシャオリンの小さな体を優しく包み込む。
「旦那様に仰られるまでもなく。…ご迷惑でしたでしょうか?」
「…過保護。ウィルは心配性なのよ」
「そうでしょうか?」
「そう」
それにもウィリアムは笑顔で返した。
「──ねぇ。ウィル…」
冷えたシャオリンの細い腕が、ウィリアムの袖口を掴んだ。ウィリアムは軽く瞬き、「どうなさいましたか?」と口にし掛けたが………
「いけません。シャオリン様…!!」
押し留められ、シャオリンはウィリアムを上向いた。
「体が冷えちゃったのよ」
「こ、紅茶を…お持ち致します……」
ウィリアムから先程までの笑顔は完全に消え失せていた。
「………。ごめんなさい、冗談よ…」
シュンと声色を落とし、寂しげに笑ってみせ、シャオリンはウィリアムの袖口を離した。
───時に。人の“血液”が無性に欲しくなる。そういう血筋をシャオリンは両親の下、継いでいる……。
シャオリンの父親である“クローリー卿”は英国でも有数の“ヴァンパイア伯爵”で、母親はアジア系の俗に“カーミラ”とも称される女吸血鬼だ。そんな二人の血を引くシャオリンが、衝動的に他人の血液を欲したくなるのは今に始まった事ではなくて………。
「謝らないでください。俺もつい、取り乱しました──」
ウィリアムの身の上は、クローリー家に拾われ引き取られた孤児だった。身分違いではあるがシャオリンは彼を実の兄のように慕っていた。それは、ウィリアムの方も……? いや…、彼にあるのはシャオリンの父であるアーサーへの恩義故のそれで………。
「シャオリン様?」
すっかり、いつもの調子でウィリアムがこちらへと笑い掛けてくる。
「お茶請けは何に致しましょう?」
「ウィル…」
「はい?」
俯いたシャオリンをウィリアムは身を屈め、顔を覗き込むようにする。
「どうなさいましたか?」
シャオリンはキュッと下唇を噛んだ。
「……お願い。私の事、嫌いにならないでね…?」
小さな小さな声にウィリアムはシャオリンの前へしゃがみ込むと、その小さく冷えた両手をソッと優しく取った。
「なりませんよ。さあ、お茶にしましょう───」
肌寒い日は、人肌が恋しくなる。
「雨が止んだら、街へ行ってみませんか? 俺の買い出しに付き合ってくださいよ。ね?」
「し、仕方がないわね…」
この繋がれた温もりをまだ、離したくはないから──。私は今日もまた、そっと“その衝動”を胸の内へとしまい込むのだ。
『吸血娘 ~シャオリン=クローリーの憂鬱~』