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短編集

 


     *

「……Let's sing. In the dazzling sunshine. This place is a paradise for me──…」

(…異国の唄───?)

 木陰で蜷局(とぐろ)を巻き休んでいたハクダは、ふと頭を擡(もた)げた。微かに聞こえてきたその幼い歌声に導かれるよう、ハクダはスルリと蜷局を解(と)いた──。


 眩(まばゆ)い日差しの中、金糸のような髪を風に揺らし花を摘んでいた一人の幼い少女にハクダは目を奪われていた。
 摘む花を選び、辺りを軽く見回した彼女の視線がふと、ハクダへと向く。…不味い、とハクダは草むらへと咄嗟(とっさ)に体を伏せた。
「まあ、beautiful…! 白いヘビだなんて私、初めて見たわ」
彼女は青い瞳を瞬かせる。ハクダはそっと少女の様子を窺う。
(……怖がらないのか。…にしても──、)

 時折、異国言葉の混じる彼女の口調は今思えば既にこの頃からだった。



「──アナタ、長生きね。アルビノの蛇は短命だと、昔、父から聞いた気がしたのだけど…」
 ハクダは、チロリと舌を出し入れする。大人びてきた彼女は変わらず、寧(むし)ろ日に日にその容姿を美しくしてゆく。
 英国の血を半分その身へと引く彼女、また彼女一家は。周りの人間達から、奇異の目にて見られていた。──変り者同士、何処となく互いに惹かれ合っていた。
 彼女の父親は英国の出の生物学者で、ハクダに強い興味を持っていたが、彼女がハクダへと父親を決して触らせなかった。…“異端”として見られる自身に、ハクダを重ね合わせていたのかも知れない。





 ある年の夏、その山合いの村一帯は長雨が続いていた。長雨による村の被害も甚大で、村人達は事もあろうに彼女──イザベラを荒ぶる川、水の神への生け贄とし、人柱へと立てた。
「イザベラぁああ…!!」
泣き崩れる母親を支える父も、怒りと悲しみに拳を震わせる。…その場の誰にも、どうせざるも得なかった。


 白い着物一枚を身に纏(まと)い、裸足で濁流へと身を投げる。見守った村人達の元には、尚(なお)も強く降り頻(しき)る雨音と激しい川の流れる音のみがその場へと変わらず響くだけで。

 ──数日の後、長雨は嘘のように止んだ。








     *

「…生け贄で。天災をどうこうしようだなんて馬鹿げてる──」
「でも、雨は確かに上がったわ」
「それとこれとは、全くの無関係だよ。あのまま放って置いても何(いず)れ雨は止んだんだ」
「……、酷い言い草ね…」
 そっと、乱れた彼女の髪に触れる。
「これからどうする。もう、あの村へは帰れないぞ?」
「そうね。今度は、幽霊か化け物扱いされちゃうわ」
 白い男へと寄り添って、イザベラは彼の肩へと身を凭(もた)れた。
「──人間は、愚かだ…」
「その愚かな人間の姿に模して。それは、どうしてかしら……?」
「俺は、あのままの関係でいたかったんだよ。できる事なら、いつまでも…」
「今更だわ──」

 異端と異端が交われば、産まれ出(いずる)ものは更なる異端となり得よう。それでも──。

「触れ合って、繋げる“手”がある事も素敵でしょ?」
 彼の指先を握っていた彼女の手から逃れ、ハクダは。両腕を伸ばし、広げて、イザベラを抱き寄せた。
「……悪かねぇよ。」


 花は咲き誇り、やがて実を結ぶ───。








『果実』
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