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猫の戦艦 ~キャットバトルシップ~

 
   第一話、猫の戦艦 



     * * *

「──彼らがこの場所に留まり、長くなるねぇ」
「全くだ。用が済んだら、さっさと立ち去りゃいいものを」
「まだ、その時じゃないのさ。きっと」
「あ?」
「ほら。彼らがまた災いの種を拾ってきたよ」
「…ったく、あんの厄災憑きが───」
 窓辺から見やり、彼は深々と溜め息を吐いた。





     1.

 凍える空の下、無数の星たちを仰いでいた。かじかんだ指先へ息を吐き掛ける。何処か遠くから、猫の鳴く声がした気がした。──振り返ろうとした瞬間、グラリと視界が暗転。何者らかが腕を、身体を、掴んでは地へと引き摺り込もうとする。僅かに振り向き見えたその先では、無数の赤い眼が地の底から此方を見つめていた……。


 ハッとして、見慣れぬ天井を暫し見つめる。
「…夢──、」
息を吐いた所へカーテンが揺れた。
「目が覚めましたか…」
白衣を着た何処か中性的な人物だった。「大丈夫、ここは安全ですので」と静かに呟いて、一度、カーテンの向こうへと姿を消した。僅かに話し声がして、数人の人の気配を感じた。記憶を遡り、右腕へと視線をやるがそこに巻かれた包帯により傷口は確認できなかった。またカーテンが揺れ、彼…?が顔を覗かせる。
「少し、彼らと……話せますか?」
優人ゆうとは静かにそれへと頷いた。



「──私の名前は、シュバルツ=ラインヒルト。こっちは、ラグ=ソレスタだ。此処は、我らの戦艦“NOA(ノア)”、その第二医務室だ。分かるかい?」
「のあ…?」
「そう。君は事もあろうか、バケモノ蔓延(はびこ)る“零世界”の森の中で倒れていたんだ。…覚えているか?」
「零…世界……」
身体を起こそうとし、痛んだ右腕に小さく呻くとシュバルツが手を貸してくれた。
「ありがとう……ございます…」
 身体を起こし、左手を添えて何とか右腕を脚の上へと置いた。彼は深緑色をした真剣な眼差しにて此方を見つめてくる。
「これは、此方の勝手な推測だが──。君は何処からか、この世界に迷い込んだ。違うかい?」
「………」
 そんな突飛な事を向こうから言われるなど、優人にはただ驚きでしかなかった。
「何があったのか聞かせてくれるか?」
「……………」
優人は左手を握ると小さく小さく零した。
「ごめんなさい…。言えません……」

 彼らに救われた事には感謝している。しかし、だからといってあれこれ話して信じて貰えるとは思えなかったし、話していい事でもないだろう。下手をしたら、彼らを巻き込む事になるやも知れない。優人は俯き下唇を噛んだ──。



「なに。気にする事ぁ、ねぇーよ。いきなり、あーだこーだ言われりゃ誰だって混乱するわな」
 ラグ…と呼ばれていた男はそう言って、あっけらかんと笑ってみせた。その笑顔に優人は少しだけ安堵する。薄い蒼色の髪、にっかりと笑んだ顔には誰かの面影が宿っていた。
「…あの、ありがとうございます。助けて頂いて……」
「おー、気にすんな。あんなとこで寝てりゃ、誰だって引っ張ってきたさ。好き好んで昼寝の場所に選ぶような所じゃない」
「昼寝…?」
「ソレスタ。軽口を叩いて“彼女”をそれ以上、困惑させるな───」
 言葉の意味を一瞬、取り兼ねて。肩を越える下ろした髪に優人は一人、冷や汗をかいた。





     2.

「──あの、僕…。陣内じんない優人っていいます。…皆さんには、何とお礼を述べていいやら………」
 自ら素性を口にした理由には、彼らに感謝していたからなのは勿論で。そして、これ以上、誤解を引き伸ばすのはよくないと優人自身そう判断したからだ。優人とシュバルツ、妙な間が空いた……。
「…んんっ、失礼──」
 些か間を置き、シュバルツは咳払いをすると視線を逸らした。優人は安堵感から一つ、長く溜め息を吐き出す。
「ソレスタ。ちょっと来い」
シュバルツは席を外し、後方に立っていたラグを半ば強引に引っ張って行った。
「………。あの、すみません…。ヘアゴムありましたら、一つ貰えませんか……?」
船医に頼むと彼は優人の髪を束ねてくれた。





「貴様…!! その様子からするに、彼が男だと初めから気付いていたな?! 何故、早く言わない!!」
「いやー、俺もさ。確信はなかったんだけど、負ぶった際に何となく察した程度で? 後は言いそびれちまって……」
「…き、貴様!? まさか、彼を自分が背負うと言い出したのも───そんな、下心あっての事か…!!?」
「ちげぇーよ! 特務隊長さまを気遣って、だろっ…?!」
「信じられるか!!」
「いや、そこは信じとけよ…。なあ?」
「ああああ、とんだ恥を掻いたじゃないかっ!! どうしてくれるんだ、ソレスタッ…!!」
「…まあ、ドンマイ。元気出せよ──」
「やかましいっ…!!!」


 そこへ、医務室から出てきた船医が間に割って入った。
「喧しいのは貴方ですよ…。仮にも医務室の廊下で大声を出さないでください。丸聞こえですよ…? さっきから……」
「…………っ、」
シュバルツはそれ以上、言葉が出てこなかった。
「ほら。行こうぜ、シュバルツ。──優人っつったな。聞こえてた通りだ。悪かったな。言い出せなかった俺も悪い………ほら、シュバルツ……」
「うるさい。全て、貴様のせいだ!! …陣内、気を悪くしたならすまない───」
 優人は一連のやり取りにクスクスと笑う。
「いえ、慣れてますので。僕の方こそ、ごめんなさい。何か…」
緊張感が適度に和らいで、漸く笑顔をみせた優人にラグはシュバルツの背中を叩いた。
「こいつ、馬鹿がつく程に真面目な奴だからさ。悪く思わないでくれ」
「………誰のせいで、」
 恨めしげにラグを見上げたシュバルツの様子に、優人はまた少しだけ笑った。





     3.

「にゃー」
 カタリ、と一つ物音がして。ラグの足元へと擦り寄った“彼”に優人は僅かに瞬いた。
「…猫?」
 グレー掛かった毛並みに縞柄の一匹の猫。シュバルツが此処は戦艦だと言っていたから、そんな所で当たり前のような顔をし、欠伸をして伸びをする彼が何だかとても不思議な存在に見えた。
「何だ、起きたのか毛玉」
そう呟いて、ラグはその場へとしゃがみ込み、彼をモシャモシャと撫でた。
「にゃ~ん」
「ん? 今度はそっちで寝る気か?」
ピョコンとベッドの端へと前足をついて立ち上がり見上げてきた彼に、優人はクスリッと笑みを零す。
「猫、平気か?」
「全然。大好きですよ、可愛いし」
喉や鼻先を左手でソッと撫でてやると、彼は目を細めゴロゴロと優人の手に擦り寄った。
「珍しいな。お前が初対面の奴相手にそんな積極的なの」
「──羨ましいな。いつも、ソレスタにばっかついて回ってるのに」
シュバルツも顎に手を当てて、そんな優人と彼を見守った。
「…そうなんですか?」
 優人が二人を見上げると、「隙きあり!」とばかりに彼は優人の膝の上へと飛び乗り、毛布をモミモミし始めた。
「あははは。此処で寝る気?」
背を撫でる優人に構わず、少し開いた足の間へとグイグイとポジション取りを始め、やがてポテリと太腿を顎置きに決めると上目に優人を彼は見つめた。
「……懐っこいね、君…」
優人に頭を撫でられ満足げな彼を、しかし。ラグは溜め息混じりに抱き上げる。
「こーら。怪我人のベッドで寛ぐなよ、お前は」
 両手でぶら下げて抱え上げると。顔と顔を突き合わせるようにし、ラグは“毛玉”と呼んだ彼の顔を覗き込む。
「何だ? 不服か…?」
プニッという効果音を上げそうに、彼はラグの鼻に両手をついて抗議する。
「おい、怒ってるんじゃないのか猫は。尻尾、大旋回中だぞ」
 シュバルツの言うように、大きく揺れる彼の尾に。ラグはムゥッと顔を顰めた後で、ぶら下げた彼のお腹へ顔を擦りつけた。
「この野郎。浮気だぞ、それはぁ~」
「うなぁーっ」
「フッ、遂に愛想をつかされたんじゃないのか。ソレスタ」
「…許さん。」
 抵抗虚しく、ラグにモフられる彼に優人は笑った。
「何だか、意外です。戦艦に猫だなんて──」
「そうか? ウチじゃ、これが普通。日常だ」
「んにゃ~」
 毛玉と呼ばれた彼は「参った」とばかりにラグの腕の中で液体の如く、蕩(とろ)けた。





     4.

 ラグの腕の中から逃れて、毛玉はラグの頭の上へと飛び乗った。どうやらそこが彼の所定の位置らしい。そこから何処か得意げに彼は此方を見下ろし、目を細めてみせる。
「猫くんの名前は“毛玉”っていうんですか? それとも愛称?」
「毛玉は毛玉さ。シュバルツはまんま“猫”って呼んでるし、タマって呼んでる奴もいればチビスケと呼んでる奴もいる。基本、皆好きなように呼んでるな」
毛玉の尻尾が激しくラグの顔面を叩いている。彼には彼なりの言い分が本当はあるんじゃないのかなぁ、と優人は微かに笑った。



「なあ、優人。お前、これからどうするつもりだ?」
「…そう、ですね──」
 優人は何もない空(くう)を見つめた。
「元の場所に……戻れたらいいんですけど………」
「当てはあるのか?」
シュバルツの言葉に、ピクリと優人の指先が振れた。
「それは…」
暫し黙り込んで優人は目を伏せる。
「このまま、此処に居る訳には──。万が一にも、皆さんにまで迷惑は掛けられません」
「何かに……誰かにでも、追われているのか?」
ふとした問いを沈黙にて返され、僅かにシュバルツの顔色が曇る。その様子にラグも一つ溜め息を吐いた。
「…陣内。我々は、我らが戦艦は。お前が思っている程、非力ではないぞ」
優人はシュバルツを見上げ、ゆっくりと瞬く。
「──困った時は、お互い様だ。どうか。我々をもう少し…、信用して欲しい」
長い沈黙の後、優人は「すみません」と言い掛け言葉を飲むと、笑顔を作って「ありがとうございます」と言い換えた。
優人は笑ってみせたがシュバルツは人知れず眉尻を下げる。
「ま。今夜は、もう遅い。──優人、明日は戦艦ん中、簡単に案内してやっから!」
 ラグは、まだ何か言いたげなシュバルツの背を無理矢理押して「撤収、撤収」と口にし、第二医務室を出て行った。
「気を、遣わせちゃいましたね……」
ベッドで項垂れる優人の元へ、船医が何かを持ってきた。
「怪我人があれこれ悔やむ事じゃありませんよ。彼らの気持ちに応えたければ…、早く元気になるしかないです──…」
 枕元に置かれたアームホルダーに、優人は「そうですね」とだけ船医に答えた。





     5.

「よく眠れたか?」
 早朝。第二医務室を訪れたラグに声を掛けられ、優人は目を擦り身体を起こした。開けられたカーテンにブラインドの隙間から差し込む朝の日差しが眩しかった。身体を起こすと昨夜に比べ、だいぶ身体が楽になっていた。
「その様子じゃ、あんま寝てないな?」
「いえ…」
優人は取り繕いに笑ってみせる。
「無理はしなくていい」
ラグに祟場たたりばの姿が重なったようで、何処か申し訳なさから優人はその場で俯いた。
「腹は減ってないか? 食堂で飯にしようぜ。──それが済んだら、約束してた艦内探索な」





「これが管制室。…凄い、本当に“戦艦”なんだ───」
 ラグに連れられ艦内を見て回っていた優人は、ズラリと機器らの並んだ管制塔内を目の当たりにし、思わず息を飲んだ。
「中に入ってみるか?」
「いえ…。皆さんのお邪魔になるし………万が一、何か壊しでもしたら……」
「はははは。そんなヤワな作りしてねぇーよ、ウチは」
「──ソレスタ」
「あ。シュバルツさん」
 管制室奥にシュバルツの姿を見つけ、優人は小さく手を振った。シュバルツもそれへ軽く片手を上げて応える。優人には笑顔がだいぶ戻ってきていた。
「何だか格好いいですね。シュバルツさん、一人だけあんな若くて。若干、浮いてるのに全然物怖じもしてなくて」
「おー。爺さま連中相手のシュバルツは冷静沈着で頭も切れて、俺もアイツのああいう所は買ってる。伊達に“特務隊長”を担ってねぇーわな」
「あの若さで…、特務隊長──」
「俺の前でギャーギャーやってる時のが稀なんだよ、ここじゃ」
「そうなんですね」
優人はラグを見上げてから、シュバルツへと憧憬の眼差しを向けた。
「──アイツは確かに根が真面目だけど。お前に対しては特別、親切だと思うぜ」
「え?」
「…初恋の相手にでも似てたのかもな──」
「ソレスタぁあッッ!!!?」
「やべっ…、聞こえてた。──アイツ、地獄耳かよっ……」
 周りにいたお偉い様方を驚かせ、我に返り謝罪と取り繕いをするシュバルツの様子に。管制室入り口にて、ラグと優人は共になってクスクスと笑った。





     6.

 管制室を離れて、優人はラグに連れられ廊下を行く。窓から見える零世界…煉獄は、まさに異世界そのものだった。
「船医さんが此処は安全だと仰ってましたけど…。あんなに外は蟲達が蔓延ってるのに……どうしてこの戦艦は無事なんですか?」
「この戦艦の周りには特殊なシールドが張られてる。俺達の国の最先端技術で上手く艦全体をカモフラージュしてるんだ。NOAが正常に機能している限り、外からの襲撃の心配はない」
「そうなんですね───って、ぉわっ?!」

 その時だった。背後から二人を付け回す何者かの気配がグンッと近づいてきて、それが優人の背中へと奇襲を仕掛けてきたのは。

「び、吃驚した………あたたっ、爪…、爪がっ──」
「おいおい。何やってんだ、毛玉」
 ビロ~ンと優人の背中にぶら下がった彼は、全く悪気のない素振りで「にゃー」とラグに返した。
「にゃー、じゃないんだよ。危ないだろ、お前は。──優人、大丈夫か?」
「あはは。な、何とか…」
ラグに捕獲され、目を丸くし。「どうかしましたか?」とばかりに小首を傾げる彼に優人は怒る気になどなれず、その頭を左手にて軽く撫でた。次の瞬間にはピョイとラグの手の中から逃れて、優人の肩からラグの頭の上にへと彼は身軽に飛び乗ってみせる。
「自由だな。ホント……」
「なぁ~ん」
「お前なりのおもてなしのつもりか?」
「おもてなしされたのなら、しょうがありません」
優人は撫でるには些か遠くなってしまった彼を仰ぐ。
「“戦艦”なんて重厚そうな場を和ませる“癒やし要員”ですね、彼は──…」

 猫、戦艦…。優人の脳裏へと、僅かに引っ掛かる“何か”。不意に優人は「あっ」と口にした。
「どうしたんだ?」
「おわぁ~ん」
足を止めた優人を、毛玉と毛玉を頭へと乗せたラグは不思議そうにその様子を眺めた。
「───この戦艦に。“イズルさん”って方はいらっしゃいますか?」





     7.

猫屋ねこや? 何だ、お前ら知り合いか?」
「あ、いえ…。知り合いという訳じゃ……」
 本当にこの戦艦に彼が在籍していた事へ、驚きに優人は息を飲んだ。
「……猫屋、イズル…さん?」
「ああ。整備班のチビだ」
会ってみたい、優人の中にあるのはその一心だった。
「そんじゃ。次の探索ポイントは整備班んとこな? ──毛玉、大人しくしてろよ?」
「んにゃ」
歩き出したラグに毛玉がラグの頭へとへばりつく。
「あの…」
「ん?」
「……シュバルツさんもですけど。どうしてそんなに他人の僕に、よくしてくれるんですか…?」
「俺、何かしたかお前に?」
 ラグは笑って優人を向いた。
「…戦艦、なんて。そんなに簡単に。他人に中を見せちゃいけないものな気がして……」
「…………」
「僕がもし、悪い奴で…。それこそ、この戦艦を調査しにでもきたスパイだったら……とか、考えたりはしないんですか? 危うくないですか? そんなんじゃ………」
「お前がスパイ? …ハッ、まさか。そんなに他人を見る目なくないぜ? 俺達は」
「た、例えです…! 皆さん、親切過ぎて。僕の方が心配になりますよ」
「……、」
 優人の何気ない言葉にラグが不意に歩み寄ってきて。優人は数歩後退るが、ラグは更に歩み寄ってきた。背中が、艦内廊下の壁へと触れる。
「怪我して怯えた迷い猫が居たら。此処は安全だぜ。危なくないぜ、って見せてやらないとな。こっちが気ぃなんか張ってたら、引っ掻かれちまうだろ? だから、相手の警戒心が薄れて、やがて無くなるまで。それを俺達は続けるつもりだ。…隠してる何かを、向こうから素直に話してくれるようになるまでな……」
「ラグさん…」
「──それに。お前一人が何をしようと、この戦艦に与えられるダメージはたかが知れてる。舐めるなよ?」
 落とした声のトーンに一瞬、身を竦めたが。次の瞬間には大きな手に頭を撫でられた。──この人は、この人達は。もっと自分達を頼れって言ってくれてるんだと思う。正直、まだちょっと彼らが怖いけど。もう少しだけ、気を許してもいいのかも知れないと優人は思った。





     8.

「ちょっと! ラグ?!」
 今来た廊下の方から声がして、ラグと優人は声の主を振り向いた。ブロンドの髪をした女の子。彼女は困惑の表情を浮かべていた。
「何だ、吃驚したー。ラグ、陣内くんに詰め寄ってたから。またトラブルかと思っちゃった」
「くくっ─、人聞き悪いなフェリス。そんな普段からトラブってるみたく言うなよ」
「なに? 内緒話してたの?」
「──まぁな…」
「タマを頭に乗せて? タマ、そういう時は空気読まなきゃダメだよ?」
「にゃー」
「うーん。ホントに判ってるのかなぁ~?」

 彼女…フェリスとは先程、食堂で少し顔を合わせた。どうやらラグとは親しい間柄である事は何となくだが窺えた。

「暇だったから、追い掛けてきちゃった。シュバルツも二人の事、気にしてたよ?」
「ったく、お前といい。シュバルツの奴といい──」
「今度はどこ案内するの? 私のお勧めは~…」
「あー、はいはい」
 食堂で見掛けた時にも思った。彼らはまるで兄妹のようであると。
「じゃあ、この後。そこも案内して貰えますか?」
「!、えへへ。任せてー!」
無邪気な彼女に優人もつられて微笑んだ。





     9.

 整備班の詰め所。そこに、あの白い毛並みらしきものは見当たらない。途方に暮れてラグを見上げると、ラグは奥に居た一人の男に声を掛けた。
「ファルター。猫屋は居るか?」
「居るわよ。いるいる」
銜え煙草の小綺麗な顔つきの男は、人垣に隠れた自身の隣を指差した。
「猫屋。ほら、お客さん」
「え、僕にですか?」
「そ。手短にね」
「はーい」
 やって来たのは、うっすらと金色を帯びた白い髪に細い吊り目の少年だった。そこにあの人の面影を見て「間違いない」と逸る気持ちを優人は抑え込む。
「ラグさーん。僕に何か用ですかぁ~? 主任が手短にしろって──」
 ラグがニッと笑って視線で優人の方を指した。
「ん~? どちらさん??」
猫屋は訝しげに優人を向いて鼻先を寄せてくる。その仕草に思わず優人がクスリッと笑うと、警戒したように少年は軽く身を引いた。
「あ、ごめんなさい。──君がイズルくん? 僕、陣内優人っていいます。初めまして。えっと、手短に…」
「待ってな。ファルターに話しつけてきてやる。フェリス、そいつら休憩所にでも連れてってやってくれ」
「ありがとうございます」
ラグの背中に声を投げると「ん、」と片手を軽く上げ、ニヤリとした笑みを優人へまた投げて寄越した。
「ん~…?」
 誰だろう?、そう言いたげな彼の様子に「さあ、何から話そうか…」などと優人も急く思考を巡らせていた。





     10.

「──以前、君のお父さんにお世話になって…。あの、祟場誠人まことさんを覚えていますか?」
「!、にゃ、にゃ…。お前、マコの知り合い?」
「はい。彼は僕の師なんです。昔、君達にとてもお世話になったと言っていました」
「…にゃ」
 僅かに開いた彼の目はやはり綺麗な碧色をしていて、その瞳はキラキラと輝き、真っ直ぐに優人を捉えていた。
「イズルくん…、最初、想像してた姿と違くって──」

 八十万(やおよろず)。以前、迷い込んだ神々の世界。彼の父親は猫の要素の強い、白くて大きな猫の獣人で。息子である彼も、きっとそうだと勝手に思い込んでしまっていたものだから。

「んにゃー。あの手じゃ機械いじりは向いてないからさ」
「ふふっ、まぁ確かに…」
 声を潜めて、二人は笑い合う。



「──はい、二人共。飲み物」
「あ。ありがとう」
「ど、どーも」
 フェリスが気を利かせて珈琲を淹れて運んできてくれた。
「猫屋。珍しく楽しそうだねぇ」
「んにゃ。そりゃあ、まあ。故郷を知る話し相手がいきなり出来たんですもん。多少、話は弾みますよ~」
「多少、ねぇ~?」
猫屋は優人を向いた。
「父さん、元気してました…?」
「ちょっと寂しそうにも見えましたけど、お元気そうでしたよ」
「そっかぁ~……」
「あ。あと、あの子にも会いましたよ。えっと、時計屋さんの男の子」
「!、にゃ! アズサ!?」
「はい──」





「ちょっと、猫屋。幾ら何でも遅過ぎない?」
 詰め所にいた男…ファルターが猫屋を迎えにきて、すっかり話し込んでいた二人はハッと顔を上げた。
「にゃ、にゃー。主任…! すみません! もう、こんな時間でしたか……」
「随分と盛り上がってたみたいだな」
ラグが隣にやってきて優人達の会話に加わる。
「すみません。すっかりイズルくんの足止めしちゃったみたいで」
ファルターに変わりラグが「どうって事ないさ」と笑って応えると、「何でそんな事、アンタが勝手に決めるのよ」とファルターがラグの肩を軽くどついた。
「たまにはいいじゃねーか。なぁ、猫屋?」
「にゃ、にゃー……」
猫屋はあたふたと休憩所の席を立つ。優人も彼に倣った。
「本当にすみませんでした」
ファルターの視線がチラリと優人に向く。ファルターは溜め息を吐き出し、銜えていた煙草を手に取ると頭を掻いた。
「……。今回だけよ?」
「ありがとうございます」



 暫しの楽しかった一時に終わりがきて、優人は猫屋へと手を振った。
「にゃ、ユウト! 後でオレの部屋に来て! また、今の話の続きでも……」
「ファルターは仕事の鬼だからね」
傍らで呟いたフェリスに一度、目をやり。優人はまた二人へと視線を向ける。
「ラグ、後でちょっと話があるわ。猫屋、ほら。往生際が悪い──…」
ファルターに引き摺られていった猫屋の声が廊下へと響いた。
「あー。俺にもお叱りか?」
 何やかんや言いつつ。自身の部下を暫しの間、貸してくれたファルター主任に優人は静かに頭を下げた。




 
第二話へ、続く
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