異邦人大系 (+版) 二章『秋の風へ吹かれ』
月は満ち欠けを繰り返し
季節は、また巡る───。
『──ソーイチ!』
『わふんっ!』と一吠えし、
一匹の豆柴が俺の元へと
一目散に突進して来た。
自分の元へ駆け寄って来た
その豆柴…タケルに俺は、
一度、瞬いてから直ぐに
タケルの後方を仰いだ。
そこへ立ち尽くす人物は
以前会った時と何ら変わらず
只、その場を吹き抜ける夜風へと
両手をパーカーのポケットに突っ込み
黙って俺とタケルとを見つめていた。
「…よ。
そう言って片手を軽く上げると
いつもと変わらない様子で彼は笑う。
任務の合間に立ち寄った真夜中の公園。
吹き抜ける風はもう、だいぶ冷たかった。
視界の片隅で秋桜の花達が虫の音と共に
月明かりの下、静かに揺れている───。
「お前…、」
俺は訳もなく少し、語尾を濁らせた。
そんな俺を特に気に止める様子もなく
相手は「涼しくなったなぁ~」と
小さく零し、両手をパーカーの
ポケットへ再び突っ込むと
ほんの少し肩を竦めた。
「…なぁ、
「んー?」
タケルの頭を屈んで撫でてやりながら、
その陰で人知れず僅かに足を引き摺って
ベンチへと身を預けた陣内の様子へ
俺は無意識に歯を噛み締めていた。
「傷が痛むのか?」
「……っ、」
俺の吐いたセリフに
陣内は不意を衝かれたように
小さく言葉を詰まらせて、
それから無言で俺へ
視線を返した。
「いや。何でもない…」
「
「………、」
こんなんでも。お前以上に
出入りしている身だ。
「俺だってな。いつまでも。そんな、何も知らない訳じゃないんだよ…」
氷堂が陣内達を襲撃した晩から
既に一週間は経過していた───。
「何発、やられた…?」
「…………、」
俺の問いに陣内は只、静かに
首を横へと振っただけで
それに答えようとはしなかった。
「悪い。気になったか?」
「……少し、」
「そっか。そんなつもりじゃ、なかったんだけど…」
陣内は苦笑を零す。
そんな陣内の元へゆっくりと歩み寄り
自分もその隣へと腰を降ろした。
「痛い時は、痛いって言えよ…」
じゃないと…、見てるこっちの方が
却って辛くなんだろーが……。
「………、痛いのは受けた傷口じゃないんだ、鳴神…」
「…………、」
「それはきっと、氷堂指揮も……同じなんだと思う…」
月明かりが二人と一匹を
静かに照らし、暫しの静寂に
虫の音だけが響いた────。