異邦人大系 (+版) 二章『秋の風へ吹かれ』
『俺では、指揮の心を動かす事すら出来ませんでした。ならばせめて、先生や鳴神の“盾”となって力になりたい。その為なら何だってする』
『……何故、赤の他人の為にそこまで必死になれるのです?』
『何故でしょうね。連帯感…でしょうか。他人であって他人ではない、といいますか。氷堂指揮には以前、助けられた事もありますし。──恩を、感じているのかも知れません』
『あれは任務の一環で…』
『だとしても。あの時は本当に頼もしくて。あの、人を馬鹿にしたような笑顔に酷く安心させられたのを覚えています』
優人の脳裏に、あの晩
颯爽と現れた飄々とした
氷堂の姿が浮かび上がった。
『…今、思えば。あの頃から既に氷堂指揮は、その心の闇へ飲まれ掛けていたのかも知れません』
優人は烈将に頭を下げたまま
ギュッと目を閉じる。
『幾ら周りの人間がそれを望んだからって、そんな…』
((……氷堂秋風))
((そう、第三指揮官でやす))
((……会った事は一度も無いけど…凄い人なんですよね))
((ええ。凄い遊び人でやす))
((は?))
((馬鹿で変態で凄まじくノリの軽い人でやす))
((…へ……変態なんですか))
((ええ。彼と周囲がそうありたいと願った故に。彼はそうなるよう努めやした))
((?))
((優人君。人はみな、何か背負って生きてるもんでやすよ。決して曲げてはならない信念を制約として己に架すのです))
((………))
((指揮は哀しい人でやす。哀しいから強さに長けている。非力な人間が、何もかもを守れるようになろうとした結果の成れの果てでやす。失った痛みを知るからこその自己犠牲主義。そんな弱い本性を尚隠して、馬鹿になろうとしたから凄いんでやすよ))
((……みんなの為に、本当の自分を隠してる?))
((否。本当の自分なんてのは本人にしか判らない。ただ、自分自身をねじ曲げる事で亡くしたモノでは無く、…今も尚身近にある輪廻の幸福を願ったんでしょうな───))
『だから。そんな時は、手っ取り早く努力しなきゃならないんです、俺は。例えそれが見当違いな事でも、何もしないで悲嘆に暮れるよりは、ずっと良い事だと信じていますから』
優人はゆっくりと頭を上げ
苦笑を零した。
『───先生の受け売りですけどね』