〈壱〉の巻
〈一〉
とある、町外れへ位置する一つの屋敷。辺りを鬱蒼とした竹林へと囲まれた其処は。一歩、その足を踏み入れると“ギャーギャー”と不気味に鳴き喚く鳥共の声に誰もがその身を竦ませる。常々より、人の出入りもそう多くはないその場所へ稀に見る客人が訪れたのは。厳しい寒さも幾分、和らいだであろうかという、暦は二月も末の頃。夕暮れの刻を僅かに過ぎ、宵闇が直ぐ其処まで迫る時分であった──。
「兄上。どうなされましたか、こんな刻限に」
屋敷の一室にて待たせていた客人の前へと現れた一人の若い男は、“兄”と呼んだ客人の対面へ軽く着物を捌いて腰を下ろすと静かに身を正し、相手の方を向いた。
「使いの者でなく、兄上が直々に我が屋敷を訪れられるとは」
和やかに持て成す男に反し、微動だにせず視線を落としたまま口を閉ざすその男へ、清明は。一つ息を吐くと、兄・輝明へと茶を淹れていた使用人の女を早々に下がらせた。
「何か、宜しくない事でも?」
一礼の後、部屋を出て行った女を見やってから輝明は改めて清明へと向き直った。
「清、お前に頼みがある──」