冷静と情熱の効果
夢小説設定
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屋敷の使用人の数は主の権勢を示す物差しだ。
だから不必要に多くの使用人を権力者はこぞって抱えたがる。
広大な屋敷に膨大な数の使用人。
世の人々に、我こそは御主君の覚えもめでたき何某であるぞ、と主張したくてたまらない人間というのは少なくない。
まったくもって馬鹿馬鹿しい価値観だと、昔から荀攸は何処か冷めた気分で世の風潮を眺めている。
使用人など円滑に家の中の事が回る人数だけで十分だ。
下手に人数を増やせば、使用人同士の不和を招きかねない。
避けて通れる事ならば避けて通る主義の荀攸は、そういう理由で使用人を滅多な事では増やさないのだが。
これもまた、世の人から見れば「変わっている」と思われているのだろう。
何せ曹操の覚えもめでたき荀家の者が、屋敷も小さければ、使用人も必要最低限しか抱えていないのだ。
余人から変わり者扱いをされていたとしても、そのおかげで荀攸の屋敷は平穏である。
朝から使用人同士の不和について家令から報告を受けずに済む。
心安らかに過ごす時間はどんな人間にも必要なのだ。
朝餉を済ませ、小さいが手入れが良く行き届いた庭を眺めながら庭先でのんびりと茶を飲む。
登城しない日の荀攸のささやかな楽しみだ。
この後には、家令から家中の事について報告を受け決裁をせねばならない。
最近はどうにも荀攸には煩わしく思える話が多いのが悩みの種。
曹操の覚えもめでたい軍師であり、名門荀家の出身者ともなれば、あちこちから誼を通じたいという申し入れが少なくないせいだ。
利用価値があれば応じるが、大半は利用価値も何もない相手であるため、角を立てないように断る方法について考えるのは、流石の荀攸であっても骨が折れるし気が重たい思案事である。
軽くため息をついて荀攸は手にしていた茶器を盆の上に置くと、自分の隣でくつろぎきっている猫に視線を向けた。
茶色のトラ模様の猫は荀攸の視線を受けて、ひょいっと視線を上げる。
飼っているわけではなく、いつの間にか勝手に住み着いた住人だった。
悪さをするわけではないので放置していたら、いつの間にか使用人達が餌を与えるようになり、今となっては我が物顔で荀攸の屋敷で気儘に好きに過ごす猫は、荀攸が庭先で茶を飲んでいると必ずと言って良いほど隣に来る。
「ナァン」と一声、猫が控え目に声を上げた。
まるで、「お前も大変だな」と言われているような気がして荀攸は思わず苦笑を浮かべつつ、ある事に気がつく。
いつの間にか、この猫の首に赤い紐が蝶結びで巻かれている。
さて、いったい誰がしたのだろうか?
荀攸が首を傾げつつ、猫の首の赤い紐を確認しようと手を伸ばした時、それまでくつろいでいた猫がすっくと体を起こした。
音も無くしなやかな動きで、荀攸の座っていた長椅子から滑り降りると荀攸には見向きもせずにスタスタと澄まして歩き始める。
何となく、猫のいく先に荀攸は視線を向けた。
「ニャァン」いつになく可愛らしく甘えたような声を上げる猫が向かった先に居たのは千代だった。
普段は邪魔にならない様に後ろで編んで垂らしている髪を今日は結ばずに垂らしている。
相変わらず飾り気が無いを通り越して、粗末で簡素な格好をしている千代。
荀攸の屋敷で暮らし始めた千代は付き人としての仕事が無い時は、率先して屋敷の仕事を手伝う事もあってか、荀攸が思うよりもずっと早いうちに屋敷の使用人達と打ち解けている。
特に、厳しい使用人頭・・・ひょっとするとこの屋敷で一番に厳しいかもしれない・・・は、千代を大いに気に入っているようだ。
ぼんやりと荀攸は千代を眺める。
甘える猫を千代は笑顔で抱き上げた。
猫の首の赤い紐は十中八九、千代がつけてやったものだろう。
どうやら残念娘を発揮しているのは荀攸に対してだけらしい。
まぁ、あの残念なイタズラぶりを省けば、働き者ではあるし、頭も悪くは無い方だし、粗末な格好をしていても隠せない程度に見目も良いのだから、人から好かれる要素は多いのだろうが・・・・。
毎日必ず一日一度はイタズラ被害に遭っている荀攸からすると複雑な心境になってしまう。
昨日は筆に油を塗りたくられていた・・・手に持った瞬間にぬるっとして非常に気持ちが悪かった。
すっかり懐いているらしい猫に対する千代の表情は優しげで、とてもではないが知能が高いのだか低いのだか分からないイタズラを雇い主に日々仕掛けるようには見えない。
何の気は無しに観察している荀攸の存在に千代は気がついたのか、視線が交わった。
好奇心の強そうな琥珀色の目は、その腕に抱かれた猫とよく似ている。
「おはようございます。」
はきはきとした明るく軽やかな朝の挨拶を口にすると、千代は遠慮も何も無く猫を腕に抱いたまま荀攸の方へと足を向けた。
この屋敷の多忙な主の憩いの一時に踏み込むような真似をする人間など、この屋敷では千代くらいなものだろう。
「おはようございます。」
荀攸も静かに朝の挨拶を返す。
「・・・随分と懐いているんですね。」
ちらりと千代の腕の中の猫を指摘する。
すっかりくつろいでいるらしい猫は、千代に喉の下を撫でられてゴロゴロと喉を鳴らしている。
「可愛いですよね。」
「そうでしょうか?」
生憎と、荀攸には猫の良さが今一つ分からないので首を傾ける。
「可愛いですよ。」
うふふ、と笑い声を漏らしながら千代は言う。
「猫が好きなのですか?」
「動物は全般的に好きですよ。」
千代は動物が好きらしい。
新たに知った事柄を荀攸は頭の中の帳面にしっかりと記録しておく。
千代の事を知ろうと思ったのは良いのだが、実際に千代を知るために時間を作る事は非常に難しく、またきっかけも作れないままイタズラに日数だけが過ぎている。
これは良い機会かもしれない、と荀攸は考えた。
「少し、話をしませんか?」
「お話ですか?」
きょとんとした千代の顔はあどけなさが勝っている。
「せっかくですし、隣に座って下さい。」
家の中の最終決裁をしなければならないが、今はそれよりも千代の事を知るために時間を使いたくなって、荀攸は自分が腰を落ち着けている長椅子の隣を軽く手で叩いた。
本来であれば、雇い主と使用人が同じ椅子に腰を下ろすなどあってはならない事ではあるが。
この家の主は他でもない荀攸である。
見咎められて何かを言うような事をするような者は居ないだろう。
千代は少し考えたようだが、しかし荀攸に促されるままに隣に腰を下ろした。
猫は「にゃうにゃう」と甘えきった声を上げながら千代の膝に収まっている。
「で?何を話すんです?
あ、郭嘉様の修羅場とかですか?」
「それは結構です・・・想像が簡単につきますから。」
「じゃぁ、何を?」
いざ雑談をしようと思えば、驚くほどに荀攸と千代の間には話題がない。
こてっと小首を傾げる千代に、荀攸はしばし考える。
千代くらいの年の頃の娘が好みそうな話題とは何であろうか?
「貴方は、流行りに疎いのですか?」
「流行りって何の流行りですか?
私の中では絶賛この子の肉球を延々と触るのが流行りです。
あ、あと、荀攸様にみっともない悲鳴を上げさせたいと日々精進しています。」
「そんな流行り捨ててしまいなさい。」
雇い主にみっともない悲鳴を上げさせようと努力する付き人など聞いたことがない。
一刻も早くそんな流行りは廃れてほしいと荀攸は願わずにはいられない。
今後も、城では気を引き締めて千代のイタズラを警戒し続けねばならないのかと思ったら少しだけ憂鬱になった。
「例えば、流行りの着物の色などには興味無いのですか?」
年頃の娘とはもっと己の身形に気を使うものだ。
少なくとも千代と出会うまで、女とは己の身形を日がな一日気にして、意中の相手を振り向かせるために思考錯誤しているだけの生き物だと荀攸は思っていた。
世の中に身形を気にせず、雇い主に性質の悪いイタズラを仕掛けたり、密偵を単独で捕まえて縄で怪しげな縛り方をするような女が存在するなど想像すらした事がなかった。
「別に興味無いですね。
流行ってる色が似合う色というわけでもないでしょうし。
人間、自分に似合った格好をするのが一番ですよ。」
「それでは、貴方はその色褪せた粗末な着物が自分に一番似合っていると思っているんですか?」
「姉上が、都会では着飾ってはいけないって教えてくれたんですよ。」
「それはまた何故?」
「綺麗な格好をしていて近寄ってくる奴は高確率でロクデナシだって。」
なるほど、と荀攸は納得する。
ここ許昌も大きな都市だ。
董卓討伐の連合軍が解散した後に、曹操が本拠地とした事も手伝い今では洛陽よりも賑わっているかもしれない。
今の洛陽はかつての華々しさなど何処へやら。
すっかり荒れ果てて復興の目途すら立っていない有様だ。
賑わっている都市に若い女、それも見目の悪くない女が出てくれば危険と誘惑は多いだろう。
「姉上は心配性なんですよ。
郭嘉様を知っていれば、どんな人に注意すべきかくらい私だって分かります。」
「どんな人に注意するんです?」
「顔が良くて親身になってくる口のうまい男は、基本的に警戒しますよ。
女衒なんてそんな奴ばっかりですしね。」
右も左も分からない田舎から出てきたばかりの娘を口八丁手八丁で誑かし色街に売るというのは珍しくもなんともない話。
実際に色街に行けば、そんな経緯で春を鬻ぐ事になった女は多い。
「そういえば、幼い頃は色街で過ごしていたと言っていましたね。」
「えぇ、姉上が見世の用心棒をしていたんで。」
幼少期を色街で過ごすなど、育ちが良い荀攸には考えが及ばない出来事である。
荀攸が色街に足を踏み入れたのは、当時は深く付き合っていた悪友が誘ったからだ。
女の一人も知らないで、何が男だ。
そんな事を言われて勢いで女を買いに出かける程度に若かった頃。
初めて見た色街に大いに驚かされたのは今でも良く覚えている。
「だから、女衒とかすぐに分かるんですけどね。
姉上はそれでも心配だから、都会では着飾らないようにしろって。
郭嘉様にも、私を着飾らせて連れ歩いたら二度と女を口説けない体にしてやるって言ってましたし。」
ようやく郭嘉が気に入っている娘の格好について何もしなかった理由が分かって、荀攸は少しだけスッキリした。
「なら、今度もう少しマシな着物を誂えましょう。」
今まで考えなかったわけではなかった事を荀攸はようやく口にした。
雇っている人材に華美な格好を許すつもりはないが、流石に千代の格好は問題がありすぎる。
千代はただの使用人ではない。
主に従い公的な場にも伴う事がある付き人だ。
ある程度の身形と振る舞いは必要であり、それをきちんと用意するのは雇い主である荀攸の仕事である。
今は未だ良いが、先々では今の千代の格好では何かと不都合な事も増えるだろう。
何よりも今は乱世の只中である。
帝の消息が分からない今、少しでも自軍の領土を拡大する事に諸侯は躍起になっている。
曹操も許昌を中心に領土を拡大するつもりだ。
まずは徐州に勢力を広げるのが得策だが、今は未だ名分が手に入らないため大人しく機を窺っているにすぎない。
もしも攻め込むに相応しい名分が手に入れば、またたく間に曹操は動くだろう。
そうなれば荀攸は軍師として戦地へ赴かねばならない。
その時に付き人である千代をどうすべきかと当初は悩んだものの、今は伴う気でいる。
「荀攸様?」
「あ、はい。」
近づきつつある出来事に思わず思考を走らせた荀攸は千代に声を掛けられて我に返った。
「すみません、少し考え事をしていました。」
いずれ諸将の前に出す事も踏まえれば、千代の日頃の身形はもう少し整えた方が良いだろう。
荀攸は現実に思考を引き戻しつつ考える。
「貴方でしたら、派手な色合いより落ち着いた色合いの方が似合いそうですね。」
若いのだから淡い明るい色などが良いかもしれない。
「荀攸様。」
「何ですか?
あぁ、帯も必要ですね。
着物の色を抑えるなら、少し帯は派手なくらいが良いか。
ついでに簪も幾つか用意しておきましょう。」
「荀攸様!」
「はい、だから何ですか?」
まじまじと千代を眺めながら、どのような物がどれほど必要かを淡々と思案する荀攸に千代が焦れたような表情を浮かべる。
化粧くらいしても良いかと思ったが、化粧などせずともこの娘は良いのではないかと荀攸は思う。
下手に化粧をして千代の持つ健康的な明るさが失われるのは何だか惜しい。
化粧を用意しない代わりに、耳飾りの一つくらいは用意しよう。
酒宴に出た時に、身を飾る装飾品の一つも無いでは流石に可哀想である。
「もぅ、荀攸様、私、着物を仕立てるようなお金なんて持ってませんよ!
一から仕立てるなんて幾らすると思ってるんですか?
そんな大金持ってません!
格好をどうにかしろとおっしゃるなら、古着屋で都合をつけてきますから!!」
さて、千代に似合う簪や耳飾りとなるとどのようなものか?
肌の色が白いので鮮やかな色合いがさぞや栄えるであろう。
そんな荀攸の思考は、千代による顔面に猫を押しつけるという行為で一時停止を迎えた。
「ブニャ」と猫が不細工な悲鳴を上げる。
ふかふかとした猫の毛並みを顔面で体感した後に、荀攸は冷静に片手で猫をどかせた。
どうやら千代は荀攸が言った事を、全て自己負担だと思っているらしい。
男が着物を仕立てよう、と言ったなら、即座に流行りの色だとか腕の良い職人が良いだとか、自分の希望をこれでもかと詰め込んでくるのが、荀攸の知る女である。
自己負担に恐れおののき慌てるなど、やはり千代は残念娘だ。
しかし、日頃は表には出さないものの割と荀攸を慌てさせたり驚かせたりしている千代が、目の前であわあわしている様は見ていて気分が良い。
「安心してください。全部俺が負担しますから。」
真面目な顔をして言う荀攸に対して千代がさあっと青褪めた。
着物や装飾品を買ってやると言われて青褪めるという反応を見せる女というのを荀攸は初めて見た。
そこは喜ぶところではなかろうか、とすっかり冷めた茶を啜る。
青褪めた千代は猫を何故か上下に振る。
猫がちょっと迷惑そうな顔をしたように荀攸には見えた。
「い、いや、あの、その、慎んで御断りしても良いですかね?」
珍しく言葉が出ない様子の千代に、荀攸は小首を傾げた。
「理由を聞いても良いですか?」
「男の人が着物や装飾品を買ってやると言ったら、脱がせる事が目的だから断りなさいと姉上から言われてるんです。」
世間一般で男が女に着物を贈る意味としては、まぁあながち外れてもいないだろう。
空になった茶器を盆の上に置いて、荀攸は軽くため息をついた。
「今回に限っては、貴方の姉上の言は杞憂です。
単純に今後の貴方にさせたい仕事を考慮した場合、少し身形を整えておいた方が都合が良いので、雇い主である俺が用意をすると言っているだけですよ。
支給品だと思えば良い。
徴兵された兵が軍に入ったら、装備を支給されるのと同じだと考えれば良いんです。」
「だからって、一から仕立てたらお金かかりますよ。」
少し落ち着いたらしい千代は猫を再び膝の上に下ろす。
ほっとしたのか、猫は毛繕いをはじめた。
割と乱暴に扱われても千代の膝の上から下りるような事がないあたり、よほどに猫に懐かれているようだ。
荀攸にとって着物を一から仕立てるのは当たり前のことだ。
古着を着た事など一度も無い。
千代がおろおろとするのは、おそらくはこの娘が金銭的に裕福な生活を送っていないからだろう。
日々を食べていく金には困っていないが、身形に金をかけられるほどの余裕は無い。
「金銭に対する心配はしなくても結構ですよ。
貴方の身形を整える一式を用意するくらいどうという事はありません。」
「でも、勿体ないですよ。
お洒落着じゃないんですし・・・古着を見に行った方がお得ですよ。」
「駄目です。
今や貴方は荀家に雇われているんです。
それ相応の身形はしていただかなければ、俺が困ります。」
渋る千代に荀攸はぴしゃりと言い放つ。
そう、千代には荀家の人間を主にしているという自覚を持ってもらわねば。
「この件については貴方の意見は全て却下して、俺が用意しますから。
職人が来たら大人しく採寸をされるように。」
良いですね?と念を押す荀攸に千代が嫌そうな顔をする。
何となく出会って以来、初めて残念娘を完膚なきまでにやりこめた気分になった荀攸は機嫌よく立ち上がった。
千代の身形を整えるとなると、やるべきことは多い。
一刻も早く千代の身形を整える為には、悠長に茶を飲んでいる暇は無い。
可及的速やかに、荀攸の決裁を待っている案件を片付ける必要があるのだ。
屋敷の母屋に向かう荀攸の背中に、千代の情けない声が届いたが、荀攸は一切を無視して自分のやるべき事を手早く頭の中で決めていく。
屋敷の母屋へ入れば、竹簡を抱えた家令がそっと荀攸の傍へと寄ってくる。
あれだけ暗澹たる気分にさせた竹簡を荀攸は黙って家令の手から受け取ると、口を開いた。
「着物を扱う商人と、装飾品を扱う商人を呼んで下さい。
出来るだけ早く来てもらえるように手配をお願いします。」
日頃、何かと荀攸を困らせる千代を逆に困らせるとなると、まるでイタズラを仕掛ける子供のようにウキウキとした気分で荀攸は自室へと足を向けた。