冷静と情熱の効果
夢小説設定
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最近、荀攸の執務室には執務と関係の無い物がチラホラ目につくようになってきた。
主に仮眠用の寝台の周辺。
所詮は仮眠用の寝台であるから、寝心地はすこぶる悪い。
簡易的な作りであり、この執務室を与えられて以来、荀攸はまず使う事が無かった場所が、どうにも最近やけに手入れが成されている事を荀攸は訝しく思いつつも、付き人が主がいつでも休めるようにと気を利かしているのだと思っていた。
いや、今となっては思いたかっただけなのかもしれないと気がついたのは、仮眠用の寝台の中に動物を模したやけに可愛らしい作りの人形を複数発見したからである。
人形は兎や猫や犬といった如何にも女子供が好みそうな物から、白と黒の配色の熊に似た形状の謎の動物、やたらと派手な色合いの鳥と種類も豊富。
手にとってみれば、布の質も良く、縫い目も細やか。
手触りも良いし、見た目の愛くるしさも手伝って、市場にでも出せばそれなりに良い値段で売れそうな代物である。
問題なのは、何故にそんな代物が荀攸の執務室にあるのかだった。
間違っても荀攸は愛くるしい動物を模した人形を愛好する趣味は無い。
で、あれば、共にこの執務室で過ごす時間の長い荀攸の付き人の私物であろうと推測するのは簡単だった。
本音を漏らせば、少女らしさなど欠片も見受けられない残念性能な付き人の千代が、普通の少女らしく可愛らしい動物の人形を愛好している姿というのは聊か想像しにくいところはあるが・・・荀攸の所持品でないのであれば、やはり千代の私物という事になるのだろう。
さて、どうしたものか。
両手に愛らしい動物の人形・・・犬と猫・・・を持ったまま荀攸は思案する。
生真面目な性格の荀攸ではあるが、融通が利かないわけではない。
特に雑用仕事も無く荀攸が執務に没頭している間、暇を潰すために持ち込んだものであれば、禁止するのも可哀想だ。
過去の付き人達の暇乞いの理由が「息苦しい」「息が詰まる」という内容であったため、むやみに禁止して千代が前任者達と同じ理由で暇乞いをするような事になっては面白くない。
基本的に余計な会話を行わない荀攸の醸し出す雰囲気を、愛らしい動物を模したぬいぐるみで紛わせ、荀攸の満足のいく仕事を続けてくれるのであれば、むしろ多少の私物の持ち込みくらいは許すべきである。
それにしても、良く出来ている。
どこに売っているのだろうか?
両手の愛くるしい動物の人形を荀攸はしげしげと眺める。
男である荀攸にとっては、この手の品は縁が無い。
女に贈り物をした事がないわけではない。
人間味が薄いと余人は言っても荀攸も良い年齢の大人の男なのだ。
幼い女児にそういった感情を抱く趣味も無いので、いつだって無難に質の良い装飾品だとか、茶や香といった嗜好品ばかりを選ぶ。
はたしてこういったものは幾らくらいの値段がつくのだろうか?
品物の適正価格を把握しておくことも軍師にとっては必要な事だ。
戦ともなれば、まず兵糧をはじめとした物資の確保をせねばならない。
限られた軍資金で少しでも儲けたい商人達と物資調達のための商談をする為には、世の商品の適正価格を把握するのは必要不可欠。
現に、今の穀物の相場を聞かれれば荀攸は即座に地域別に答える事が出来る。
だが、今己の手の中にあるような品物の値段となると、とんと見当がつかない。
たっぷりと綿を入れているのか、愛らしい動物の人形はふかふかとしており、握ると適度な弾力と共にふわりと何やら良い香りまでする。
ほのかに鼻を擽るのは何の香りか。
香には強い拘りのある荀彧あたりなら、即座に種類を言い当てるのかもしれないが、生憎と荀攸にはそれが何の香りかは分からない。
だが、嫌いな匂いではなかった。
今度、幼い子供が居る場所に出向く時に手土産に購入してみようか?そんな事を思いながら、仮眠用の寝台の上に丁寧に愛らしい動物を模した人形を戻しておく。
その時になれば、千代に頼んで入手してもらうのも良いかもしれない。
ついでに、千代にも一つばかり買ってやれば、色々と残念かつ悪質なイタズラも終息を迎えるかもしれない。
今日のイタズラは朝一番で、荀攸が執務室の扉をあけると顔面めがけて濡れた手拭が襲撃してくるという内容であった。
ベッチャァ!と良い具合に顔面を濡れた手拭に襲撃された荀攸を見て、腹を抱えて笑い転げる千代には、拳骨を一つ落としておいた。
暴力反対だと泣きごとを言っていたが、その後の様子を見る限り懲りた様子が無いので、また明日も何かしらやらかすだろう。
大声で笑い転げるなど嫁入り前の娘がするような事ではない。
あの調子では、千代が嫁ぐ日は遠そうだ。
いずれ千代も適齢期を迎えるのだし、その時まで千代が荀攸の付き人を務めていれば、縁談をとり持ってやるのも雇い主としての荀攸の役割である。
いつまでも行き遅れにするわけにはいかないだろう。
だが、あんな残念な娘、果たして貰い手が現れるのだろうか?
大人しく黙って座っていれば良いのだが、口を開いて動き出すとアレである。
しかも拷問に使う如何わしい縛り方を習得しているという特殊技能付き。
例え、名門荀家の口添えがあったとして、千代に良い相手を見つけてやるのは相当な難題だ。
荀家の家名を汚すことなく、千代のような奔放な娘を嫁に欲しいという奇特な人間が現れてくれる可能性は極めて低い。
現実とはいつも厳しいものだ。
せめて、千代が適齢期を迎えるまでに多少は女としての慎みを身につけさせねばならないというのも、荀攸にとっては気が重たくなる話である。
しかし、いざ千代が嫁ぐとなったら。
万が一にでもそんな日が来たら。
きっと自分は色々と感慨深く思うのだろう。
まだ浅い付き合いではあるが、何だかんだいいつつ荀攸は千代という付き人を嫌ってはいないのだ。
残念な言動を控えてほしいと思っているだけで。
何となくしんみりしつつ、荀攸は仮眠用の寝台に腰を下ろした。
すこぶる寝心地の悪いはずの寝台は、手入れの行き届いた寝具により意外にも座り心地が悪くない。
これならば、徹夜仕事になる場合はここで仮眠をとるのも良いかもしれない。
その場合、付き人である千代をどうするか。
付き人とはいえ嫁入り前の年若い少女であるから、評判に傷がつくような事にならないためにも、早めに帰宅させるのが良いだろう。
他人に対して大雑把なようで、細やかな配慮ができる荀攸はそんな事を思いつつ仮眠用の寝台を見まわして、一瞬で自分の考えが甘かった事を悟った。
何故、仮眠用の寝台に小汚い麻の袋が転がっているのか?
先日、千代がイタズラに使った麻の袋である事は間違いない。
他にもよくよく見れば、枕元に竹簡が転がっている。
恐る恐る手を伸ばして竹簡を拾い上げ広げて、荀攸は色々と後悔した。
年若い少女が寝台で猥談集を読んでいる時点で、縁談など望みようが無いではないか。
いったいどこでこんな下らない竹簡を入手してくるのだろう?
荀攸の脳裏に嫌な予感が閃いた。
仮眠用の寝台の下に設置されている収納用の引き出しを引く。
出てくる日用品の数々。
櫛や色褪せた粗末な着物に裁縫道具。
間違いない、千代はこの執務室に住み着いている。
熱心に仮眠用の寝台の手入れをしていたのは、雇い主の荀攸を気遣っての事ではなく、自分の生活の場の手入れをしていただけだったのだ。
普段は感情を徹底して表に出さないように努めている荀攸ではあるが、この事実には盛大に頭を抱えて低い唸り声を絞り出した。
郭嘉の屋敷で下働きをしていたと言っていたので、てっきり今も郭嘉の屋敷で暮らしているのだろうと思っていたのだが・・・・。
「ただいま帰りました。
あれ?荀攸様、どうしたんです?そんなところで頭抱えて。
頭痛なら何か薬でも煎じてもらいましょうか?」
あの残念娘をどうすべきか、本気で荀攸が悩み始めた頃合いで使いに出していた千代が戻ってきた。
千代の暢気な口調に、荀攸は腹立ちや苛立ちを通り越して冷静になる。
「ちょっとそこに座りなさい。」
「そこってどこですか?」
低い声で指示をする荀攸にこてっと千代は小首を傾げて見せる。
事情を知らなければ、愛嬌のある仕草だ。
「そこです。」
人差し指を下に向けてクイクイと指示をする荀攸は、しかし千代の外見に惑わされることは無い。
「床ですけど。」
「正座しなさい。」
話があります、と冷淡に告げれば、千代は状況を飲み込んでいないなりに素直に従い、床にちょこんと正座する。
言動に問題視する点が多々ある娘ではあるが、基本的に荀攸の言葉にはいつも素直に従うので、荀攸も長々と説教をするような真似は今日、今、この時まではしなかったのだが。
「今日は貴方に話があります。」
「はい、何でしょう?」
「単刀直入に聞きますが、貴方の住まいはどちらですか?
下らない茶化しをした場合は、拳骨を落とします。」
今までは多少茶化した返答をしても見逃してきた荀攸ではあるが、今日は茶化されると困るのだ。
自分の執務室に年若い異性の付き人を住まわせているなど知れたら、荀攸の評判に障りが出る。
事のほか、世の人というのは他人の醜聞に対して関心が強い。
対人関係に気を使い敵を作らないようにしている荀攸ではあるが、それでも荀攸を目の敵にする人間は存在している。
「私ですか?ここに住んでますよ。」
いったい自分がどれほどに雇い主の社会的な立場を危ぶめているか自覚が無いらしい千代はあっさりと白状する。
おそらく、何が問題なのか理解できていないのだろう。
文字を習得しており、時として荀攸も驚くような敏さを見せる事のある千代ではあるが、一般常識などはあまり備わっていないらしい。
型破りを好む人間にとっては面白いのかもしれないが。
型どおりに物事を測る事を好む荀攸にとっては、聊か千代のそういった部分は持て余してしまう。
「貴方は郭嘉殿の屋敷に世話になっているのでは?」
「私は郭嘉様から荀攸様に譲られたんですから、いつまでも郭嘉様の御屋敷に住むのはおかしな話ではありませんか?
それこそ女癖の悪い郭嘉様の屋敷に、荀攸様の付き人の私が居るのは変に思う人が出ると思うんですけど。」
この時代、女とは男の持つ財産の一つである。
郭嘉が荀攸に千代を紹介して、荀攸が千代を付き人としてやとったという事を、世間では郭嘉が荀攸に所有権を譲渡した女を荀攸が付き人として使っていると世間は見るだろう。
千代から指摘されて、荀攸は自身の失念に舌打ちをしたい気分になった。
「だからといって執務室に住むのは感心しません。
何故、俺に住まいについて相談してくれなかったのです?」
「だって、荀攸様っていつも忙しそうにしてるし・・・何ていうか、私に興味無さそうなんで、相談とかしたら迷惑かなぁって。」
少しだけ顎を引いて琥珀色の瞳で上目遣いを寄越す千代はばつの悪そうに眉を寄せた。
「人の迷惑を考えるのでしたら、イタズラをやめなさい。」
「それは嫌です。」
「イタズラに使う時間を、住まいの相談に使おうとは思わなかったのですか?」
ああ、まったくこの残念娘の考える事は理解できない。
腹の底に湧きあがった苛立ちは隠したが、荀攸の言葉は幾分か刺々しかった。
大切な事を相談してこなかった付き人に対して苛立っているのか。
大切な事を完全に失念して円滑に執務を行える事に浮かれていた自身に苛立っているのか。
「普通に話しかけても荀攸様は取り合ってくれないじゃないですか。割と。」
言いにくそうに千代は、それでも幾分かむっとしたと言いたげに顔をあげて荀攸を見据える。
琥珀色の瞳は口調とは違って強気だ。
「荀攸様は順調に仕事ができるんなら、別に誰が付き人でも良いんでしょう?
私の事なんてちっとも興味が無いから、今まで私が執務室に住んでいることだって気がつかなかったんじゃないですか。
誰にもバレてませんし・・・問題は無いんじゃないですかね?」
可愛げ無く反論を述べる千代の言っている事は間違っていない。
今まで千代の事を気にはしても、それは一時の事で、千代の事を知ろうとせずに過ごしてきたのは他でもない荀攸だ。
荀攸が知っている千代の事など、両の手の指の数ほども無い。
もしかしたら、この娘なりに一生懸命に己と交流を持ち、円滑な雇用者と被雇用者の関係を構築しようと努力をしていたのかもしれない。
そう思うと、途端に罪悪感が胸を占拠し始める。
一度息を吐き出して、荀攸は罪悪感に従う事にした。
「俺の気が回らなかった事については謝罪します。すみませんでした。
それで、ですね・・・今後について少し話し合いを今から持ちたいのですが、良いですか?」
すっと千代の目の前に荀攸の手が差し伸べられる。
軍師として室内に居る事が多い割には、適度に日に焼けている手はごつごつとしていて男らしい。
「・・・黙って住んでてごめんなさい。
私も、縛りつけてでも荀攸様にちゃんと相談するべきでした。」
荀攸の手に千代は自分の手を重ねつつ、少しだけ落ち込んだ調子で謝罪をする。
問題発言が混じっているが、今はそこを指摘する場合ではない。
日に焼けた手に重ねられた手は、女にしてはやや硬かったが、その手触りに荀攸は好印象を抱く。
この小さな少女の手は懸命に働いて生きている手だ。
そっと力を込めて引き起こしてやった体は軽い。
「それではまずは、貴方の住む場所から決めましょうか。」
さて、女官達が使っている区画に空き部屋などあっただろうか?
徐州にまで勢力圏を伸ばしている曹操軍は最近は特に新しく仕える者が多い。
付き人と女官では業務内容が違うが、千代も同世代の女の中に入れてやれば、多少は慎みを覚えるかもしれない。
「女官の住み込み部屋は嫌ですよ、私。」
「どうしてです?貴方と同じ年頃の女性も多いですし、友人ができるかもしれませんよ。」
出来れば女らしさも身につけてほしいと思っている荀攸に、千代は盛大に嫌そうな表情を浮かべる。
「私、あの郭嘉様の屋敷で世話になっている上に、姉は郭嘉様の知人なんですよ。
郭嘉様の顔だけ見てる女の人にバレたら、その日の夕日すら拝めませんよ。
郭嘉様の事だから、その辺お構いなしに見かけて暇だったら話しかけてくるでしょうし。」
「・・・確かに。」
「女官なんて、アレでしょう?基本的に結婚相手探しに来てるようなモンでしょう?
荀攸様の付き人なんて、良い獲物じゃないですか。
やれ、友達として郭嘉様に紹介しろとか、荀彧様に紹介しろとか言われるに決まってます。
断ったら、陰湿な嫌がらせされるんですよ。」
「女官の部屋はやめておきますか。」
郭嘉や荀彧とお近づきになりたいと必死な女官達は、さながらに獲物を狙う飢えた肉食獣の如く狡猾である。
そんな中に千代を放り込むのは、撒き餌をするようなものだ。
しかし、女官の部屋が駄目となると、荀攸にもあては無い。
城で働く下男や下女の生活する場所もあるが、いかんせんあそこは性に対してかなり杜撰な状態だ。
容姿の良い少女をそんなところに置いたならば、生活を始めたその日の夜のうちに不埒な輩が現れるだろう。
「城の近くに住まいを構えるというのも手ですが・・・これも治安が良い場所となると、空きがあるかどうか怪しいですね。
そもそも、良い場所を見つけるまでに時間がかかりますし。」
「あの、荀攸様の御屋敷の使用人部屋とか空いてませんか?」
「俺の屋敷ですか?」
「はい、私は荀攸様の付き人ですし・・・大体の場合、付き人は雇い主の御屋敷に住み込みしてますし。」
問題は無いと思うんですけど、と千代が付け加える。
基本的に自分の面倒は自分で見る事が出来る荀攸は付き人を円滑に執務を行うための雑用係として使っているが、一般的に付き人とは千代の言うように雇い主の私事の面倒まで見る場合が多い。
付き人が情人を務める事も少なくない。
あらぬ疑惑を回避するために、荀攸としては千代とは城に限り付き人として雇っているという体をとりたかったのだが・・・。
他に何か案は無いだろうか?
素早く思考を巡らせるが、生憎と速やかに千代の住まいを用意する方法は今のところコレ意外には思いつかない。
「まあ、今すぐとなると、それ以外に案はありませんか。」
顎を擦りつつ荀攸は妥協する。
「ただ、イタズラは禁止しますよ。」
「勿論、屋敷では良い子にしています!」
弾けるような笑顔で千代は応えた。
執務室でもイタズラはやめるべきだが・・・そこについては荀攸はあえて指摘しないことにした。
千代が荀攸と交流を持つためにしているならば、今後の荀攸の振る舞い次第で変化がみられるだろう。
「そうと決めれば、荷物を纏めておいて下さいよ。」
「はあい。」
弾んだ返事に荀攸は少しだけ口許を和らげた。
今後は、もう少しこの残念娘を知る努力をしよう。
安全で快適な仕事をするために。