【本編番外】一周年企画短編&設定資料

「ふみゅぅ……」

 ミチルが目を覚ますと、そこには何もなかった。

「え? 何? ナニコレ!?」

 その空間は何もない。上も下も、右も左もない。したがって、ミチルは今立っているのかもわからない。
 ただ、全体がピンク。
 ミチルは桃色空間を彷徨っていた。

「ははあん、さては夢だな?」

 何と言うことでしょう。ミチルは異世界で不思議に慣らされてしまって、あろうことか核心に辿り着いてしまった。
 仕方がないので、彼らを投入します。

 ヒューン……

 上の方で何かが落ちてくる。そう感じたミチルはピンク色の空(仮)を見上げた。

 ヒュヒュ、ヒュヒューン……

 五つの影が、ミチル目がけて落ちてくる。

「ウギャアアア!」

 潰される!
 イケメンにプレスされる!

 ミチルはどうすることもできない。だが逃げるという選択肢はない。

「よっしゃ、こぉおい!」

 イケメンは全て受け止める!
 ミチルの男気溢れる想いと裏腹に、イケメン達は上空(仮)でふわっと止まってから、ゆっくり着地した。

「む? 何が起きた?」

「ジェイぃ……」

「うん? どこだよ、ここ」

「アニー……」

「なんでこんなにピンクなんだ?」

「エリオットぉ……」

「まさかここは儂の煩悩の中か?」

「先生ぇ……」

「ぼく、今、飛んだ?」

「ルーくぅん……」

 五人のイケメンと一人のモブ少年。メンツは揃った。
 いよいよ舞台の幕が開く!



 はっはっは! あーっはっはっは!


 
 何処からともなく聞こえる笑い声。

「とおーう!!」

 元気よくピンク色の上空(仮)から降りてくる人影。
 そのテンション、どっかで見たような?

「ミチルお兄さまぁあんっ!」

 感じたことがある悪寒!
 でも、声が低いような気がする?

「……誰?」

 ミチルは目の前に降り立った人物を凝視した。
 桃色のくせっ毛が伸びて、一昔前のヤンキーの襟足のように肩にかかる。
 真っ赤に燃えるルビー色の瞳。

「ミチルお兄さま、僕です、ミモザです!」

「えっ?」

 ミチルは彼の言っている意味がわからなかった。
 ミモザと言えば、フラーウムで闇堕ちした後、ミチルに恋落ちした十歳の少年。
 しかし、目の前にいるのはどう見ても大人の男性。背も高く、ミチルを見下ろしている。

 特筆すべきはその服装。
 ちょうど、アレだ。ミチルが転移前にバズっていた中華風ファンタジーに出てくる高貴な人の着物。
 田舎の道場で、カンフー服でチョロチョロしていたクソガキの影も形もない。

「お兄さま! 僕は二十歳になりました。そして、ここ、ロセウス桃色の国の王子様になったんです!」

「ハァ……?」

 突拍子もない設定に、ミチルの思考は宙ぶらりん。

「僕は、桃色の国担当イケメン、つまり第6のイケメンに選ばれたという事ですっ!」

「ええええッ!?」

 夢だからって何でもアリか!!
 ミチルも他のイケメン達も、この夢からどうやって覚めたらいいのだろうか!?


 
「ああーん、お兄さま! 僕は成長して立派な攻めイケメンになりましたよぉ!」

 お尻プリプリの癖は変わらず、ミチルに抱きつこうとしたミモザ青年は、当然イケメン達の壁に阻まれた。
 中でも格別の敵意を剥き出したのは、キャラ被りのエリオット。

「おい、コラ、クソガキが。精神的ショタはおれの担当なんだよ。テメエはどっかへ消えろ」

「ええー? でもぉ、エリィ王子はガキ大将タイプでしょ? 僕はぁ、甘々トロトロ系なのでいいじゃないですかぁ♡」

 言いながらミモザは持ち前のすばしこさを生かして、イケメンの壁をすり抜ける。

「エリィって呼ぶんじゃねえ!」
 
 ますます怒るエリオットを華麗に無視して、ミモザはミチルに擦り寄って耳元で囁いた。

「ねえ……お兄さまぁ、今夜は僕がトロントロンにしてあげるねえ……?」

「ふえぇえ……っ」

 思わずゾクゾクしてしまうミチルから、今度はアニーがミモザを引き離す。

「おうコラ、悪ガキが! ミチルを甘やかすのは俺の役目なんだよ!」

「ええー? でもぉ、ホストのお兄さんは好き過ぎて愛に滅ぶタイプでしょ? 重いんだよね、そういうの。もう流行らないよぉ?」

「なんだとぅ!? ミチルはなあ、俺のためなら地獄まで堕ちてくれるんだよっ!」

 ……いや、堕ちるのは普通に嫌だけど。ミチルはつっこみたい気持ちをグッと堪えた。
 アニーを軽くいなしたミモザはまたミチルに言い寄った。

「お兄さま、僕がチョー強いの知ってるでしょ? これからは、僕が守ってあげるねえ」

 ミチルの右手をとって、その甲にむっちゅうとキッスする。

「ひえええ……」

 その唇遣いが生々しくて、基本可愛い系の台詞と合ってない。
 ミモザの舌がベロォと出そうになったところで、今度はジェイが首根っこ掴んで離した。

「待て。ミチルを守るのは私だ」

 強敵。初恋のメインヒーローが仁王立ち。
 だが、ミモザは怯まずにヘッと鼻で笑った。

「最初の男って言えば聞こえはいいけどさ、一番手って基準にされるから、結局お兄さまとのスキンシップが一番少ないよねえ。僕の方が濃厚なんじゃない? カワイソー」

「むむぅっ! 胸が焦げるッ!!」

 メタな会話を惜しげもなく披露するとは、さすが夢の中!

「確かに私はミチルの生×も、生××も、お×りも触れず、キ×マー×すらつけられなかった……ッ!」

「ジェイぃ! お前までなんだぁ!」

 ミチルが真っ赤になってつっこむ後ろで、「気にしてたんだな」「意外だ」「人の心、ない、思ってた」などというヒソヒソ話も聞こえる。
 イケメン1・2・3を突破したミモザはノリにノッて、またミチルに言い寄った。
 ところで、二十歳の男がお尻をプリプリさせているのは、結構卑猥に見える。

「お兄さまぁん、僕ってば可愛い系の攻めでしょぉ? ペットにしてぇ♡ お兄さまを慰めたいんだぁ」

「きええええっ!」

 それって社蓄を癒す系のヤツでしょ!?
 ミチルは働いたこともないのに、なんかちょっと興奮した。

「ダメです! ペット枠は、ぼく、いる!」

 唯一正しくわんこ化できるルークが割って入った。
 しかしミモザはルークを年下扱いして、完全に見下す。

「ハァ? オマエ、お兄さまとタメだからって調子こいてんじゃねえぞ。良い子の振りして夜は狼になっちゃうワン、とかサムいんだよ、ばーか」

「……」

 おぼっちゃまは純粋培養で育てられ、敵意も悪意も受けたことがないので、ミモザの言葉が理解できなかった!

「ああっ! ルークが初めて暴言に晒されて放心している!」

 ミチルの心配をよそに、ミモザはさらにとんでもないセクハラを言い出した。

「お兄さまぁ、好きなトコにクリーム塗りなよぉ。舐めてア・ゲ・ル、からぁ♡」

「キャアアア、やめてぇえ!」

 これ以上は耳が天に召されます!
 ミチルもルーク同様に放心しそうになったが、ズオン、と重たい雰囲気を察したミモザが慌ててパッと離れた。

「おい……黙って聞いていれば、やりたい放題やってくれる……」

 そこには禍々しい気を放つ、最後の砦、毒舌師範。

「むふ、やります? 僕とやり合えるのは貴方ぐらいだって思ってましたよ」

 ミモザは笑って臨戦体勢。
 ジンの銀髪は夢の中なので、本当に天を衝く勢いで逆立っていた。

「中華風は二人もいらん! 東洋系は全て儂の領分だ!」

「なるほど……それじゃあ、中華風オジサンにはご退場いただきましょう!」

『異世界転移なんてしたくないのにくしゃみが止まらないっ!』は今から中華系バトル小説にシフトチェンジします!

「そんなワケないだろぉ! エイプリル・フールにはまだ早いぞぉ!!」

 収集がつかなくなったミチルの叫びが、よくわからないけれど時空を超える。
 ピンクの空(仮)が割れて、突然黒いエネルギーがドカンと落ちてきた。


 
「みぎゃあ! なんじゃあ!?」

 ミチルが上空(仮)を確認すると、次元の裂け目のようなものがある。その向こうは、ドス暗い。

『騙されるな……』

「え? ナニ?」

 その声は耳に直接語りかける。ネタとかじゃなくて、本当に。

「なんだよ、この声……」

 エリオット始め、他のイケメンも耳を気にしながら動揺していた。ミモザにも聞こえているようだ。

『其奴は第6のイケメンではない……』

「あ、まあ……」

 これは夢の中なので、なんとなく気づいてましたけど。
 そんな事よりも今は、この耳の中からとも、足元からとも、遥か遠くからとも聞こえる声に全員が注目する。

「ちょっと! 何だよ、オマエ! 僕はピンクの国の王子、第6のイケメン、ミモザくんだぞぉ!」

 ミモザが地団駄踏んで反論すると、また黒いエネルギーがドカンと落ちた。

「うひゃあ!」

『黙れ、我を騙る餓鬼め! 第6のイケメンは、我のことぞ!』

「えええ!?」

 黒いエネルギーに怯んだミモザを他所に、ミチルは大いに驚いた。

「おい、どうなってんだよ?」
「確かに、あのピンク、何も感じない」
「だからと言って、あの声の主もどうかと思うが」
「どうでもいいよ。どうせ夢だろ」

 ジン以外の四人も動揺しつつ話していると、年長者のサガ、ジンは上を見上げて次元の裂け目に問いかけた。

「第6の男を名乗る、貴様は何者だ?」

『……それはまだ言えぬ』

「おい、ふざけるな! わざわざ出てきたんだから、正体を見せたらどうだ!」

『プルケリマ=レプリカは我のものだ……』

「なんだその暗号は! 人の話を聞いているのか、貴様!」

 ミモザへの怒り冷めやらぬ所へ新たな怒りの対象が出来て、ジンの額は青筋が無数にできていた。

「せ、せんせえ、落ち着いてよぉ!」

「しかしシウレン、あそこからは禍々しい気配を感じるのだ!」

 それは今のアータからも出てますけど! ……とミチルはつっこめなかった。

『我を騙るそこの餓鬼は許さぬ。消えるがいい』

 そうこうしているうちに、謎の声の主が物騒なことを言い出した。
 次の瞬間、黒いエネルギーがドッカンドッカン何発も降ってくる。

「ギャアアアア!」

 ミチルも、イケメンも、標的のミモザも入り乱れて、謎の攻撃から逃げ回る。

『いい機会だ。他の候補者もここで消えろ』

 ドッカンドッカン

「ざけんな、コノヤロー!!」
「おい、これに当たったらどうなんの!?」
「多分、死にます!」
「なんて短絡的な事をするんだ!」
「むむう、ミチルに当たったら大変だ!」

 イケメン達は右往左往。ミモザもキャーキャー言いながら逃げまくる。

「ちょっと、ナニコレぇ! どうしたらいいのぉ!」

 同じく逃げ回るミチルの頭に直接語りかける謎の声。


 
『ミチル……』

「え?」

『ミチル、早くお前に会いたい……』

「誰なの?」


 
『オマエハワレノモノ』

 その言葉、前にも……




 
「ミチル!」

 呆けたミチルの腕を誰かが掴んだ。

「ミチル、こっちだ、逃げよう!」

「アニー!?」

「行こう!」

 力強く引くその手と、アニーの優しい笑顔を目にして。
 ミチルは気がつけばアニーとそこから駆け出していた。
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