【本編8】Meets05 優しいバーサーカー

 憎むべき、黒い影の魔物・ベスティア。
 
 世界にどんな謎が隠されていようとも、自分の運命がどんなものであろうとも。
 ミチルの信じるべき前提──事実は揺るがないと思っていた。

 ベスティアは聖なる獣?
 不浄な存在を一掃する?

 ふざけるなよ!
 それなら、ジェイが、アニーが、エリオットが、ジンが、戦ってきた「事実」はどうなる!?
 大好きなイケメン達の奮闘が、無意味だったなんてオレは信じないっ!!


 
 ミチルの瞳が、不意に蒼く輝いた。だが、ミチル自身はそれに気づかない。
 その様子を見たパオン司教は、微かに笑った後、冷静な声で一礼する。
 
「サケル・プピラ。セイソン様、お怒りをお静めください」

「……は?」

 また意味のわかんないことを。
 ぴえんもぱおんも、どうせオレが異世界から来た変なヤツだって見下してるんだ。

 ミチルが目の前の慇懃無礼な老坊主を睨んでいると、横にいたルークが優しく肩を抱いた。

「ミチル、落ち着いて。目が、少しだけ、蒼く光った」

「へ? オレの?」

 生粋の日本人である自分にそんなことがあるわけない。
 ミチルが驚いてルークを見ると、ルークは微笑んで頷いた。

「とても、綺麗。でも、少し怖い。ミチル、怒らないで」

「怒ってなんか……」

 叱られたような気分になったミチルは、俯いて口を尖らせた。
 なんか、ちょっとバツが悪い。
 オレ、悪くないもん。目の前のハゲちゃびんが悪いんだもん。


 
「セイソン様はすでに充分なお力をお持ちだ。ピエン、急いで儀式の準備を」

「かしこまりました」

 パオン司教がそう言うと、窓枠の前に立っていた神官ピエンは軽く一礼してそこを離れる。

「今夜はこちらでお休みください。明日の朝、ルーク殿の解呪の儀式を行います」

「ほ、ほんとう、に?」

 パオン司教に言われたルークは、驚きつつも喜んでいた。
 けれどミチルは、そんな事絶対信用できないと思っていた。

 なんとかしてここから逃げないと。
 ルークの呪いを解くなんて言っておいて、明日は本当は何をするつもりなんだか。

 ひとまずここは穏便に済ませて、こいつらを部屋から出すこと。
 それからルークを説得して、脱出すること。
 鍵をかけられたって、窓が開いてる。二階って言ってたな。地面が砂地なら、飛び降りてもなんとかなるかも。

 ミチルはささやかな頭で、ここから脱出する計画を立てる。
 全てのカギを握るのはあの窓だ。ハゲちゃびん達が去ったらまずは窓を調べて──


 
 ドッゴオオオオーン!!


 
 ミチルに軍師の真似事など、百年早い。そう嘲笑うように、突然轟音が響いた。
 部屋全体が揺れて、コンクリートの欠片的なものがパラパラと落ちる。

「な、何事かっ!?」

 それまで余裕で笑っていたパオン司教も、部屋を出ようとしていた神官ピエンも焦って言葉を失っていた。


 
 ドグワッシャーン!!


 
 さらにもう一発。窓に黒い大きな鉄球のようなものが当たったのをミチルは見た。
 それで窓枠には大きなヒビが入り、四角い穴の形は崩れて外の景色が大きく広がる。

「ミチル!」

 ルークは異常事態に緊張を高めて、ミチルを庇うように抱きしめた。
 いい匂いに包まれたミチルは、興奮と困惑と混乱で目眩に襲われた。

「なんだあ!? なんなんだあ! ヒトがせっかく脱出計画を立ててたのにぃ!」

 計画もクソもない。
 こんな力技で乗り込んでくるなんて、どこのヒトデナシよ!!


 
「ハーッハッハッハ! アーッハッハッハ!!」


 
 高らかな笑いとともに、壊れた窓の外から人影が乱入!

「き、貴様、ルード・ループス!」

「ええええっ!?」

 憎々しげに叫んだパオン司教の言葉に、ミチルは度肝を抜かれた。
 カラカラと笑いながら仁王立ちする、ルークによく似たまあまあのイケメン。
 黒い癖っ毛を無造作に伸ばしっぱなしで、上半身は短いベストだけ、布の腰巻きにふくらんだズボン。
 完全にアラ〇ン姿の不審人物が登場!

「兄さん!」

 ウソでしょ、ルーク! ウソだって言ってえ!
 キミのお兄さんは、頭の良さをひけらかす知的系陰険なヤツなんじゃなかったのぉ!?

「ルーくぅうううん! 怪我はないでちゅか!? お兄ちゃまが助けに来ましたよぉおおお!」

 ルークの姿を発見した兄は、途端に顔を緩ませて大絶叫する。それはまさに変態の所業。

「……」

 ああっ! ルーくんが無表情でスンとなってる!
 ミチルはもう何がなんだかわからない。
 冒頭のオレのシリアスな怒りはどうしたらいいのさ?


 
「おおい、そこのクソ神父! 俺様の可愛い弟をかどわかすとはふてえ度胸だ!」

「ぬ、ぬぬ……相変わらず破天荒な……」

 ルークの兄、ルードは視線をパオン司教に向けて尊大に言い放った。
 司教は悔しそうに歯噛みしている。威厳が消え失せ、一気に悪代官のようになっていた。

「てめえら魔教会は、越えちゃならねえ一線を越えやがった。ルークに手を出したからには、おしめえだ。破壊の限りを尽くしてやんよぉ!」

「こ、この、道楽息子がぁ……!」

 わなわな震えるピエンとパオン。
 三人の睨み合いに、ルークが割って入る。

「兄さん、ここでは、やめて! ミチル、危険、巻き込まないで!」

「……ああん? ミチル? へえ、そのガキんちょがそうか」

 ルードはミチルを見た後、ニヤリと笑った。

「仕方ねえ、可愛いルーくんのためだ。命拾いしたな、クソ坊主ども。けど、近いうちにやってやるから覚悟しとけよ」

「何をしている、衛兵はまだか!」

 慌てふためくピエンとパオンは、やっと部屋の入口から鍵を開けた部下達に激を飛ばしていた。
 わらわらと人が入ってくる。ルードが笑いながら右手で薙ぎ払う動作をすると、部屋に敷いてある高そうな絨毯もろとも床が裂けた。

「ヒィイイッ!」

 魔教会の坊主達が怯んだ隙に、ルードは弟に向かって叫ぶ。

「ルーク! ジーナちゃんを待たせてる。そいつを連れて飛び出せ!」

「わかった!」

 え? ナニ? 何ですって?
 ミチルが状況を飲み込めずにいると、ルークは素早くミチルをお姫様抱っこして窓の方に駆け出した。

 ちょっと待ってえ! 飛び出すってそういうことぉ!?
 落ちる! 落ちるんじゃないのぉ!?

 ミチルは恐怖に目をつむった。しかし、その体はぼふっと柔らかい振動を感じただけだった。

「ん? 何これ、じゅ、絨毯?」

「ミチル、大丈夫。これ、兄さんの、魔法の絨毯」

 ミチルとルークは、窓の外で浮いている大きな絨毯に乗っていた。
 そ、空飛ぶ魔法の絨毯じゃあっ! ミチルは大興奮で大混乱。

「よーし、一旦逃げるぞ! ジーナちゃん、GO!!」

 最後に飛び乗ったルードの掛け声とともに、絨毯がすごいスピードで空を飛ぶ!


 
「ギャアアアア!!」

 これは、ア・ホール・ニュー〇ールド!
 ……じゃなくて、アホーの予感!!
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