アニーの章 闇射す君が俺の光

「ぴぴぴい……」

 部族ハンサム、ビヨンの腰巻きから出てきたペットのピルミー(天使)。
 彼(?)には何かを検知する能力でもあるのか、アニーの蒼いナイフを見たがった。

 ビヨンからの願いもあり、アニーがその小さなぱやぱや天使の目の前にナイフを差し出す。
 そしてピルミーはナイフをじいっと見つめてから、首を振った。

「ぴぴよー……」

「ああ、やはり……」

 落胆したピルミーはビヨンの元へ。肩にちょこんと座って俯いてしまった。
 飼い主(?)のビヨンも同様に落胆している。小さいのと大きいのがそろってがっかりしている様は、なんだか哀愁が漂っていた。

「話が違う……」

 ビヨンは落ち込んだまま拳を震わせる。

「これではもう、ポルタケラシーではない……」

「だからさあ、ポルタケラシーってどういう意味?」

 痺れを切らせてアニーが問う。
 ビヨンはゆっくりと顔を上げて、アニーを見据えてから悲壮な面持ちで答えた。

「リコリス・ラジアータはケラススの門番。ポルタケラシーはその証だ」

「はあ……?」

 アニーにはビヨンの言う事の何もかもが分からなかった。
 だが、その隣でミチルは驚きで飛び跳ねそうになる。

「ケ、ケラスス!?」

 まさかその名をここでも聞くとは。
 ミチルにとっては、意外で、驚きで、それから何か嫌な予感。

 知らないままでいたかった、世界の秘密が少しずつ迫ってくるような感覚だった。



 ◇ ◇ ◇



「えっとね、だからね、ケラススっていうのは誰も知らない国らしいんだ」

 つい先日、カエルレウムで経験した事をミチルはアニー達に話す。
 とは言え、ミチルもあまりよくわかっていない。あの腹黒ハンサム・クローバーにうまくはぐらかされてしまったからだ。
 ジェイとその叔父のネモフィラの関係がエモ過ぎたせいもある。さらに、墓参りとか実家訪問とか、ジェイ周りのイベントをこなすのに精一杯で、ミチルはケラススについてはあまりわからないままだった。

「ふうん……それで? ジェイが? そのボウコクのオウジサマだってえ?」

 話を聞くにつれ、アニーの不機嫌がコワイ。
 マリーゴールドはもちろん、サルビアさえも少し震えながら様子を窺っている。

「うん。アニー? なんか怒ってる?」

 アニーの体からは真っ暗な闇が噴き出ており、それにおじさん二人は肩を寄せ合って怯えているのだが、ミチルにはその闇は見えていない。時に残酷な鈍感さを誇るのが、ロクマタのミチルである。

「べえぇつうぅにいぃー!?」

 あれっ、なんかそれ、ちょっと懐かしい?
 ミチルは拗ねたアニーを見るのは久しぶりで、嬉しくなってしまった。
 イケメンが拗ねる。良きかな良きかな、という感じである。

「それなら、俺だってまあまあの出自だから! 誇り高きレッドスパイダー一族の長の子孫だからぁ! 俺だって、レッドスパイダー・プリンスだからぁああ!」

 アニーがジェイに張り合っている。
 懐かしい、それから微笑ましい。
 ミチルはキュンキュンが止まらない。

「んもう、アニーってばぁ」

 キザな言動が常のアニーだが、ことジェイが絡むと途端に嫉妬で子どもっぽくなる。
 そんな姿はレア中のレア。ミチルがアニーの気も知らずに萌え萌えしていると、突然怒鳴る、今回のハンサム。

「だから! レッドスパイダーって言うな!」

「部外者は黙っててくんない!?」

 怒れるアニーの矛先はビヨンへ。
 血気盛んな部族の彼は、売られた喧嘩は喜んで買う。

「部外者じゃねえわあ!」

「ぴーぴる、ぴっぴ! ぴっぴっぴー!」

「ふぐっ!」

 そこへ小さき天使のあんよがビヨンのほっぺにヒット。
 どうやら「落ち着け」と言いたいようだ。

「おおう、バイオレンス……!」

 かわゆいペットだと思っていたピルミーの、意外な行動を見たミチルは面食らった。
 もしかしたら、飼い主はこっちなのかもしれない。

「ぴーぴ!」

「と、とにかくだ。プルケリマがケラススを知っているなら話が早い……」

 小さきおててで耳たぶを引っ張られながら、ビヨンは声の調子を平静に戻す。
 それから、息をスッと吸い上げた。
 その音で、場の皆が彼に注目する。

 何か重大な、ミチルもつかめなかった情報を彼は持っている。
 否応なしに期待と緊張が高まった。

「ケラススは、カエルラ=プルーマで唯一、『異世界』に通じる国だ」



 異世界……
 ミチルから見ればカエルラ=プルーマの方が異世界ではある。だが、カエルラ=プルーマから見れば、ミチルのいた地球はまさに『異世界』だ。
 今、ビヨンが言った『異世界』とはミチルの故郷である地球の事なのだろうか。

 ミチルがそんな考えを巡らせているうちに、ビヨンの説明は続く。

「カエルラ=プルーマと異世界の間にある、境界の国。それがケラススだ。ケラススはカエルラ=プルーマの中では異質な存在。それゆえにその存在はケラスス側が秘匿していた」

「んー? それって、ケラススはカエルラ=プルーマに存在を知られたくないってこと? なんで?」

 ミチル、ラノベ脳を発揮するお時間です。
 この場には脳筋嫉妬男(アニー)と世界の事情を全く知らないおじさんしかいない。
 ミチルが話を噛み砕いてやらなければ、彼らは理解出来ないだろう。

 ミチル自身もケラススについてはもう少し知りたかった。
 だから張り切って質問したのだが。

「——知るか。リコリス・ラジアータはただの門番に過ぎない」

 事情通かと思ったらそうでもなかった。
 ミチルは拍子抜けしてしまいそうになるが、なんとか食い下がってみた。

「えー? じゃあ門番、ってどういうコト?」

 そう尋ねると、ビヨンは淡々と自分の知る限りの事を語る。

「リコリス・ラジアータは、ケラススが本土(カエルラ=プルーマ)へ渡るための『門』を管理する一族だ。これは遥か昔からの宿命であり、そこに疑問を持つ事は許されていない」

「ええー、それじゃあ、なんでそういう役目なのかも知らないってことぉ?」

 ミチルが不満を言うと、ビヨンは表情などは変えずに真面目に頷く。

「そうだ。我らに与えられた役目は『門』を護ること。ケラススの者がこちらに渡る際、円滑に来れるようにするのみ」

「ふうん……?」

 なんだかイマイチよく分からない。
 ビヨンの説明は足りないし、それを補う考察なんかミチルに出来るはずがない。



「……で?」

 それまで黙っていた三人衆。その筆頭であるアニーが口を開く。
 嫉妬の感情はとりあえず収めたようだった。

「その、モンバンが俺に何の用?」

 ビヨンを問い詰めるアニーの視線は少し冷たい。
 今の所、アニーにとって彼はナワバリを荒らす者という認識だからだ。
 大恩あるサルビアの屋敷を騒がせた怒りはまだ解けていない。

「……我らは、ケラススに渡りたいのだ」

 ビヨンの言葉は唐突だった。
 ミチルは思わず気分も体もドン引く。



 伝説の国、ケラスス。
 その全容はまったく見えてこない。この場に知る者もいない。

 それなのに。
 目の前のこのハンサムは「ケラススに行きたい」と言った。



 無謀過ぎない?
 部族って本当に大胆不敵!
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