アニーの章 闇射す君が俺の光

「俺はリコリス・ラジアータ、現族長代理のビヨンだ」

 部族ハンサムがどんなに叫んで憤慨を表しても、アニーを始め誰も状況がわからない。
 仕方なく彼は少し落ち着いて、まずは自分から名乗った。

 その名乗りの言葉をミチルが理解できるはずもなく。
 リコッタチーズのアラビアータ!? とろけるチーズがビヨーン、って美味しそう! とか考えてしまう。
 もちろん誰にもわからないだろうから、言わないけれど。

「何それ?」

 アニーは再びすっとぼけている……かと思ったが、どうもアニーも初聞きのようだった。
 首を傾げてきょとんとしている。

 すると、ビヨンは落ち着かせた心を再び興奮させ、声を荒げる。

「お前の曽祖父から預かっている部族だろうが!」

「ええ? 俺の曾祖父さんの部族は『レッドスパイダー』だけど」

「その恥ずかしい名称を使うなっ!!」

「……はあ?」

 どうも会話が噛み合わず、アニーはますます首を捻る。
 とりあえず身近なところから確認したくなった。

「ミチル、レッドスパイダーって恥ずかしい?」

「ううーん……まあ、ちょっと中二っぽいかもね」

 アニーの言動は、普段からの格好つけも含めて中二病が香る。
 さすがアニーのひいじいちゃん。つまりアニーの中二的思考は筋金入りってことか。

「チュウニ、ってなぁに?」

「えっ! えーっと、ほんのりカッコイイ感じ……かも、かなあ?」

 中学二年生を説明している暇はないし、ましてや中二病の意味だなんて。
 ミチルはなんとか誤魔化そうとしていた。

「ほらあ、レッドスパイダーはカッコイイってミチルも言ってるじゃあん」

 ぶうたれるような顔でアニーが反論すると、ついにビヨンはキレた。

「ふざけるなあ! 当時の部族の誰もがその名は承服しとらんわあ!」

「ちょ、ちょっとちょっと! ますますわかんないんだけど、ちゃんと説明してくんない?」

 フーフーと肩で息を吐きながら、ビヨンは呼吸を整える。
 それから少し声の調子を落として言った。

「……お前の曽祖父は、誇り高きリコリス・ラジアータの族長でありながら、部族の名を強引に変えて行方をくらませた裏切り者だ」

「ああん?」

 今度はアニーが憤慨する番だった。
 その身に四分の一しか流れていなくても、アニーは部族の誇りを胸に生きてきた。
 その象徴である曽祖父の、謂れのない汚名を聞いたのだから当然である。

 しかし、アニーの心情を理解できるはずもないビヨンは怒りにまかせて更に言う。

「アニー・ククルス。ポルタケラシーを返してもらおう!」

「……それは、なんだ?」

 少しムカついているアニーは、ジロリとビヨンを睨んだ。
 その迫力に圧されて、ビヨンは控えめな口調で答える。

「お前は、何も知らないのか? 族長のナイフのことだ」

「これが……?」

 アニーは手の中のナイフに視線をやる。
 相変わらず、蒼く光っていた。ミチルを愛する自分の心のように。

 ビヨンは頷きながらも、肩を落としている。

「だが、それはもう……」

 アニーとビヨンの間に流れる、静かな怒りと落胆。息が詰まりそうな雰囲気だ。
 ミチルはどうすればいいのかと立ち尽くす。

 そこに手を差し伸べたのは、サルビアだった。

「まあ、とりあえず少し落ち着きなさい。詳しい事情は屋敷の中で聞こう」

 こうして、サルビア一家はアニーとミチル、それからビヨンという珍客を受け入れた。




「つまり! 結婚報告をしに来たと!?」

 サルビア一家の別荘である屋敷の応接室。
 とりあえず、ナイスタイミングで現れたミチルとアニーの経緯が説明された。
 ミチルもアニーもまあまあアホなので、だいぶ辿々しい説明だったけれど、サルビアは最終的には理解した。

「まあ、はい……」

 改めてそう言われると照れる。
 ミチルは恥じらって俯きながら答えた。

「でへへー」

 アニーは頬を緩めてミチルの肩を抱く。
 以前はミチルを突き放そうとしていたのに。その手を取ることさえ躊躇していたのに。
 今では手どころか、〇〇〇を♡♡♡したのは、勘のいいおじさんならその雰囲気でわかる。

「聞いたか、マリー!」

「ボス! こんなにめでてえ事はねえ!」

 おじさん達、狂喜乱舞。
 アニーが身を固めたのだから、喜びもひとしおだ。

 誰もが喜ぶこの場で、ビヨンだけが渋い顔をしている。
 彼の部下達は屋敷に入る事を許されず、外で待機している。サルビアの部下達と睨み合いながら。
 屋敷を襲来したのだから、責任者のビヨンだけが一人切り離されたのは当然の措置だった。

 だが、彼が渋い顔をしているのはそれが理由ではない。

「こんな、ちんりくりんがプルケリマ……?」

 ビヨンの呟きは幸運にもおじさん達の歓声にかき消されて、アニーには聞こえなかった。

「すいませんねえ、ちんかすモブでえ!」

 しかしミチルには聞こえている。
 わざとビヨンにわからない言葉で悪態をついた。

「お前が、伝説の英雄、プルケリマ……だ、と?」

「あんた、その言い方、中二っぽいぞ」

 微かに震えているビヨンに、ミチルはさらに文句を言った。

「プルケリマが、こんな……こんな小僧とは」

「うるさいなあ。あれ、でも、そっか。ここではチル一族伝説じゃなくて、プルケリマって言うってアニーが言ってたなあ」

 ミチルは遠い記憶を思い出す。
 チル一族とは、今ではプルケリマとほぼ同義だとミチルは理解している。
 カエルラ=プルーマ各地で、呼び方が違うだけで同じ伝説は存在する。アニーの故郷ルブルムでは、偶然にもプルケリマの言葉そのものが残っていたのだ。



「ぴぴぴ!」

 突如聞こえる甲高い声。
 この場にはミチルを除けば、若さの差はあるがおじさんしかいない。

「ピルミーよ、起きたのか」

「ぴーぴ!」

 どうやらソレは、ビヨンの腰巻きから出てきたようだ。
 白いかぼちゃパンツを履いた、赤子のような生き物。背中には白い羽が生えて、ビヨンの周りをパタパタと飛んでいる。

「いいっ!?」

 ミチルはここに来て、初めて度肝を抜かれた。言葉を失うほどの。
 赤子のようだが、大きさは鳩程度か。ミチルの直感が正しければそれは——

「て、てて、天使ぃい!?」

「ぴっぴい!」

 ミチルの言葉がわかるのか、その生き物は片手を上げて良い子のお返事をしているようだ。

「へええー、まだ残ってたのかあ」

 おじ達と喜ぶのを一旦やめて、アニーもビヨンの方を振り向く。

「リコリス・ラジアータの守護天使、ピルミーだ」

「ぴぴぴ!」

 一同、目を丸くしてその生物を凝視。
 それから、最初に口を開いたのはミチルだった。

「かっ、かんわいぃいい♡」

 これが噂の「実在した天使」という生き物。どんなカテゴリかは知らないが、ルブルムには普通に生息していたと言う。

「ぴっぴるぴー」

 褒められた事がわかっているピルミーは、ご機嫌でミチルの周りをパタパタ飛んでみせた。金色の髪がぱやぱやしていて、とても愛らしい姿である。

「ふおお……っ! 眼福じゃああ!」

 感涙しているミチルの周りを飛んだ後、ピルミーはそのままアニーに近づいた。

「ぴっ!」

「ん? なんだ?」

「ぴっぴ!」

 少し真面目な雰囲気になっているピルミー。
 その飼い主(?)であるビヨンが補足する。

「おい、ピルミーにそのナイフをよく見せてやれ」

「あ、ああ……」

 アニーが蒼いナイフを差し出すと、ピルミーは真剣な表情になる。

「ぴっぴい……」



 天使の純粋なおめめに、何が映ったのだろうか!?
3/5ページ
スキ