アニーの章 闇射す君が俺の光

 アニーの故郷、ルブルムに転移したミチルとアニー。
 二人を待ち受けていたのは、ドンパチ合戦および部族ハンサムだった。
 意味がわからない展開に、二人は大きく首を捻っている。

「お前、リコリスの魂を感じる……」

 どう見てもサルビア一家を襲っていた——つまり、ミチルとアニーにとっては多分、敵。
 部族のリーダーと思しきハンサムが、アニーに近づく。

 だが、アニーは意外にも落ち着いていた。
 それから少しふざけた言い方で聞き返す。

「えっ、ウソ。曾祖父さんが憑いてるとか?」

「お前、リコリスの血縁か」

「そうだけど」

 目前の部族ハンサムは、アニーののほほんとした雰囲気が癇に障ったのか、さらに一歩踏み出した。

「証を見せろ」

「証?」

「リコリスの魂だ」

 ずずいとアニーに迫る部族ハンサム。
 濃い肌に、さらに濃い影を落として鋭い眼光で睨みつけた。

「そんなん、どうやって見せるの?」

 アニーのすっとぼけた返しに、いよいよ声を荒げて迫る。

「お前はリコリスの魂を持っている!」

「ええー?」

 アニーは部族ハンサムに殴られそうになりながらも、相変わらずすっとぼけていた。
 カリシムスの余裕……なのだろうが、側で見ているミチルはハラハラものである。

「ああ、あのあの……部族のお兄さん、ちょっと落ち着いて」

 ミチルは間に入りながら、部族ハンサムを観察してみた。

 細マッチョ風の筋肉で半裸の上半身。
 腰巻きとゆったりした布ズボン。武器は槍っぽい。
 足元はサンダル風で無防備。先住民的部族の装いである。

 浅黒い肌には、顔に白いペイント。腕は白い布を巻いている。
 ヘアスタイルは意外にもスッキリとスポーツ刈り。現代を生きる部族という感じだ。
 顔は、まあまあのハンサム。

 だがミチルは前回で経験済みだ。
 ハンサムには裏がある事を。



「お前たち、そこまでだ!」

 三者三様の思惑で硬直してしまったミチル達に、やっとサルビアとマリーゴールドが駆け寄ってきた。
 周りに意識を向けると、マフィアのドンパチ部隊は銃を下げて待機。部族達も武器を納めて棒立ちになっている。

「一体、どういう事?」

 アニーがマリーゴールドを振り返ったと同時に、部族ハンサムはサッと一歩下がって距離を取った。
 その身のこなしは軽やかで、ますます部族っぽいなあとミチルは思う。

「いやあ、こいつら、お前を出せって聞かなくてよ」

「ええ? なんでここに?」

 アニーが訝しむと、マリーゴールドは口篭ってしまった。

「や、その……」

 大男がモゴモゴしている様は、可愛くもあるがちょっと情けない。
 ミチルが苦笑いしていると、サルビアがマリーゴールドを押しのけて真面目な顔で言った。

「彼らは、リコリスの末裔が私の一家にいると聞いたようでな。それで訪ねて来たらしい」

 訪ねて来た……だなんてレベルではない事は、ミチルにもわかっている。
 だがサルビアがそう表現したという事は、大事にはしたくないのだろう。充分ドンパチしてたけど。

「待って。ボスは……俺の素性をそこまで知ってたの?」

 アニーが衝撃を隠せずに聞くと、マリーゴールドが慌てて躍り出る。

「ああーっと! なんだ、ほら、アニーが昔、ボスに言ったんじゃねえの!?」

「マリーよ、誤魔化しは不要だ」

「……すいやせん」

 完全にヒグマピエロ。マリーゴールドはサルビアに嗜められてシュンと小さくなってしまった。

「アニー。その話はまた今度しよう」

 サルビアが観念したように言うと、アニーは肩を竦めて首を振った。

「いや、いいよ。ケチがついた孤児の俺を拾うんだ、マフィアのボスなら当然さ」

 強盗に襲われ両親を亡くし、その家ごとアニーを引き取ったサルビア。
 その身辺調査はマフィアならやって当然かも、とミチルも思う。

「まあ、事情はわかった。この変なヤツらは、俺がとっくに別の国にいるって知らないから、ここに来たって訳だ」

 アニーがそうまとめるとマリーゴールドは罰が悪そうに頷く。

「おうよ。アニーはここにはもういねえっていくら言っても聞いてくれねえんだ」

「先に仕掛けたのはお前達の方だろうが!」

 距離を取って、様子を窺っていた部族ハンサムはやおら槍を取って反論した。

「ひええっ! ヤバン、反対ぃい!」

 槍の先端が怖くて、ミチルは慌ててアニーの後ろに隠れた。
 身構えるアニーを更に背にして、サルビアは物怖じせずに槍の前に立つ。

「ここにいるか、いないかは関係ない。私の息子をおいそれと差し出せるものか」

 これがマフィアボスの心意気……!
 ミチルはアニー越しに痺れた。その背中にも注目する。
 少し震えて、微かに頬がはにかんでいるように見えた。

 

「……もういい。本人が出て来たのだから水に流してやろう」

 部族ハンサムは再び槍を納めて、サルビア達に向き直る。

「ふむ。武器持参で突然の訪問には感心しないが、こちらも少々やり過ぎたかもしれんな」

 どっちも謝らない!
 ミチルはこの場の収め方に驚愕している。
 それでも鎮静化するのだから、マフィアと部族の社会性は似ているのかもしれない。

「えーっと、それでえ、何だっけ?」

 ピリピリした雰囲気を、アニーは再びのほほんと吹き飛ばす。
 それで、サルビアも部族ハンサムも毒気を抜かれてしまった。

 ミチルは知っている。これはアニーの得意技だ。
 わざと空気を読まずに道化者を演じる。そうしないと生きていけなかったから。
 イケメン達の中にあってもアニーはこういう態度だった。アホと言われてもヘラヘラ笑っていた。
 ……まあ、八割方は本当にアホなんだけど。

「お前、リコリスの魂、持っている!」

 アニーがあまりにずっこける態度なので、部族ハンサムは言いたい事を強調し過ぎて片言を喋っているよう。

「ええー? 曾祖父さんの魂ぃ?」

 とぼけ続けるアニーに、ミチルは辛抱たまらず言ってやった。

「ねえアニー。あれじゃない? ほら、形見だって言ってたじゃん」

 するとアニーは悪戯っぽく笑う。そろそろ真面目にやろうか、と言わんばかりで。
 腰付近に手をやる。そこからナイフを取り出した。

「もしかしてこれかなあ?」

 それは、祖先の誇り。
 そしてミチルへの愛を纏った、アニーの最強武器。
 蒼きナイフである。

「おお……」

 部外者のおじさん二人は、その神々しさに息を呑んだ。
 満を持して登場した蒼き神器。
 これで部族ハンサムも黙るだろう。土下座くらいするかもしれない。

 アニーとミチルはドヤアとナイフを見せつけた。
 それを見た部族ハンサムの反応は——

「な……なんだ、これは?」

 怪訝に震えながら、ナイフの刃部分を見つめている。

「確かに……リコリスの魂も感じるが。それよりも強い何かで上書きされている……?」

 部族ハンサムの洞察力は見事と言う他ない。
 ミチルの力を感じ取れた相手に、アニーは少し心を近づけて得意げに笑った。

「だからあ、これはね、俺達の愛♡の証!」

「やだあ♡」

 肩を抱かれたミチルも素直に恥じらう。
 蒼き武器は二人の絆の証。指輪とともにエンゲージの意味を持っているのだ。



 だが、部族ハンサムは。

「ああん!?」

 顔をしかめて、悲壮に満ちた声で叫ぶ。

「リコリスの誇りに、なんという事をぉおをぉぉ!」
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