01 ミチルがマスクをかけました

「アニー!」

 珍しく声を荒げてミチルが二階に上がってきた。
 アニーはダイニングでナイフの手入れをしていたところ。ミチルのやや怒っているような剣幕に、ビビリ散らかしていた。

「な、なに、ミチル? マスクなんかして」

「一階の居酒屋部分、掃除してなさ過ぎ! 戸棚が埃だらけだったよ!」

 見ればミチルの格好は少しくたびれている。パーカーからは塵のようなものが舞って、頭には蜘蛛の巣がついていた。


 
「あららぁ、もしかしてミチルってば、掃除してくれたの?」

 呑気な調子でアニーが言うと、ミチルはプリプリ怒って足で床を鳴らして訴えた。

「見るに見かねてだよ! 売り物の酒瓶が埃まみれで真っ白じゃん! あんなのでお客に出せるワケないでしょ!」

「うんうん」

「ていうか、いつ買ったお酒なの? まだ飲めるの? オレは飲めないんだから、アニーがちゃんとチェックしてよね!」

「うんうん」

 ミチルは結構真面目に怒っているのだが、それを聞いているアニーはニコニコ笑って頷くだけ。
 いいかげんにちゃんとして欲しい。居酒屋の営業をする気がなくても、せめて清潔に掃除して欲しいのだ。


 
「アニー、聞いてる!?」

「うんうん、怒るミチルもカワイイねえ♡」

「ふぁ……ッ!?」

「そんなに一生懸命俺のために・・・・・怒ってくれるなんて、ミチルの頭は俺で一杯ってコトでしょ。幸せだなあ♡」

 色ボケ倒すアニーにとってはミチルが何をしても愛が溢れてこのザマである。
 甘い言葉をかけられたミチルは一瞬怒るのを忘れてしまった。その隙を逃すアニーではない。


 
「こんなに埃だらけになってまで俺のために・・・・・お掃除してくれて……」

 アニーは言いながらミチルに近づいて、パーカーをはたいてやる。それから頭についている蜘蛛の巣も払って、ミチルの赤くなりつつある顔を両手で包んで瞳を合わせた。

「ありがと、ミチル。愛してる」

「にゃぁ……!」

 忘れがちだがアニーの属性は「ホスト系」である。口説き文句はミチル限定でお得意の戦法。ミチル限定でその効果は天井知らず。

「ほらほら、こんなマスクは外そうね」

 アニーの細い指がミチルの耳にかかり、その顔を覆う無粋なものを取り除く。
 澄んだ碧い瞳が、桃色に染まるミチルの唇を捉えにかかった。


 
「……可愛いお口にやっと会えた」

「ふにゃ……」

 親指でミチルの唇をふにふにしてから、ちゅっちゅっちゅー♡

「ううぅ……」

 あまーいご褒美をもらったミチルはもう何も言えなかった。



「ミチル、座って。あったかいハニーミルク、作ってあげるね」

「むむぅ……」

 甘いのの連続で黙らせる気だな、と思いつつミチルは素直にダイニングに座る。

「今夜はご褒美に極上トロあま♡にしてあげるねえ」

「キャァアー!!」

 結局ミチルのお掃除大作戦は今日も失敗に終わるのである。
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