05 おてて繋いで散歩しよ

 二人っきりになれる場所がある。
 アニーはそんな事を言いながらミチルの手を引いて歩く。
 もうすぐ日が沈みそうな時間になって、たどり着いたのは海が見える通りだった。

「ふわあ、海風が気持ちイイ……!」

 アニーの手の温もりを感じながら、潮風を頬に受け、ミチルは海辺のお散歩コースを堪能していた。

「良かった。ミチル、気に入った?」

「うん……ん、うへへ……♡」

 ご機嫌で見上げたアニーの顔。
 夕暮れのオレンジ色の日差しを受けて、なんかもうそれはもう、カッコイイ。
 ミチルは思わずぽっと頬を染めて、照れながら俯いた。

「ふふふ。家の中にいればいつでも二人っきりだけど、それも閉塞的でしょ? たまには外もいいよね」

「そうだねえ。確かに外の空気を吸うのはイイよねえ」

 なんとなくアニーと家にいるばかりだと、ちょっと危険な思考に陥りそうになる。
 引きこもる、とか。
 閉じこもる、とか。
 そんなプレイに耽ってしまう事があるので、外には積極的に出たいミチルであった。


 
「でもさ、なんで海辺だと二人っきりになれるの? 外なのに」

 ミチルは素朴な疑問を投げた。二人っきりになりたいから外出する、と言うのは矛盾を感じる。
 ところが、今現在、誰ともすれ違わないのも事実。
 この場所は何なんだろうか、とミチルは不思議に思っていた。

「それはねえ、この海岸の今の時間ならでは、なんだよ」

「うん? どゆこと?」

 うふふ、と笑いながらアニーはスラスラとこの海岸のいわく(・・・)を語る。

「ここら辺ではね、黄昏時にこの海辺にいると橙色の悪魔(ディアブル・オランジュ)に攫われるって伝承があるんだ」

「オレンジ色の……悪魔?」

「そう。だからね、地元の人は夕方は絶対に海辺には近づかないの」

「ははあ……」

 なるほど、それで、誰も見ないという訳だ。ミチルは納得した。
 だが、ちょっと待ってよ。

「じゃあ、オレ達も来たらヤバいじゃん!!」

 焦るミチルをアニーは笑い飛ばした。

「アハハ! そんなのに俺が負けると思う?」

「勝てるモンなの!?」

「──フッ、そんな悪魔でさえも、俺のミチルへの愛を消すことは不可能さ……」

 キザったらしい精神論だった。だがそれがアニーらしい。
 まあ、伝承(いいつたえ)という事は、御伽話に近いんだろう。とミチルは思い直した。
 地元の人はそれを信じているので出てこない、というだけの話だろうと。


 
「どんな悪魔が出て来ても、君のこの手は離さない……」

「ふにゃ……あぁ」

 夕陽の海をバックに、映えるアニーの顔面の良さ。
 ミチルは握られた手以外から力が抜けそうになる。
 だめよ、こんなトコロで腰砕けたら! ダメなのよー!!

「ああ……見てごらん、ミチル」

 アニーは砕けそうになるミチルの腰を引き寄せて、海辺に視線を移した。
 この動作でミチルの腰はすでに砕けている。

「ふわ……」

 そんなミチルの眼前には、オレンジ色の光を放って堕ちていく太陽の姿が。

「橙色の悪魔(ディアブル・オランジュ)のお出ましだ……」

「これが……?」


 
 ああ、そういう事か。
 海面へ堕ちゆく太陽の、あまりの美しさに誘われる。
 これに魅入られた者はきっと水底(みなぞこ)へ吸い込まれてしまうのだろう。

「悪魔が……堕ちていくよ」

 その後には、真っ暗な宵がやってくる。
 アニーの心にいつまでも燻る、宵闇が。

「ミチルも……堕ちる?」

「え……」

「……俺に」

 甘いキスで惑わせて。
 アニーはミチルを己の心の中に堕とそうと企てる。


 
「うん……」

 いいよ。
 堕ちてもいい。

 でも。

「アニーは、このままでもいいよ」

 わざと暗がりに行かなくていい。
 無理して陽当たりを目指さなくてもいい。

 ミチルはそう願って手を伸ばす。つま先を立ててアニーの唇に触れた。


 
「オレの側にいるだけで、いいよ」

「ミチル……」

 ああ、そうだね。
 ここが何処かなんて関係ない。
 君の隣が俺の居場所。

 陽が落ちて、宵闇が来て、また光が昇る。
 その全てを君と見られたら、それでいい。





 ◇ ◇ ◇

 PS ギャグがほぼ無かったことをお詫びします(笑)
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