ジェイの章 私の誇り尊き天使

 ジェイ暗殺(?)計画の首謀者は、国防大臣ブッドレア。彼はいまだにジェイの命を狙っているという。
 せっかく祖国に帰還したのだから禍根は断つ、というジェイの勇ましい言葉に光を見出したネモフィラ将軍は、更なる衝撃の事実をミチルとジェイに突きつけた。

「ジェイのお父さんも、大臣に殺された……?」

 ミチルは信じられなくて将軍の言葉を繰り返す。

「父は、流れ矢に当たって戦死したのではないのですか?」

 ジェイの問いに、ネモフィラ将軍は青ざめて少し震えていた。

「……」

 唇から何かを発しようとするが、音にならない。将軍は大きな心の傷を抱えているのでは、とミチルは感じる。

「将軍、続きは私が」

 クローバーが助け舟を出そうと口を挟んだが、ネモフィラ将軍はそれを左手で制して再び口を開く。

「……当時はまだ、ベスティアが未知の魔物で対応策もなかった時代だ」

 将軍は、遠い記憶の悔恨をジェイに語った。

「私と、リンドウ氏の部隊は遠征中にベスティアに遭遇した。剣による攻撃が効かずすり抜ける。それなのにベスティアからは攻撃を受け、我々は混乱の最中にあった」

 ベスティアの厄介な特性はミチルも体験済みだ。カエルレウムではベスティア研究が進んでいるとスノードロップから聞いていたが、それはごく最近の話だったのかとミチルは驚いた。
 ベスティアがいつどこで発生したのか。それまではそんな事まで気にしている余裕はなかった。もうベスティアは発生していないけれど、テン・イーが何を思ってこんな事をしたのかは気になっている。

 あの黒幕ジジイは、何も語らずに消えていった。
 ミチルは宿題をたくさん出された気分だ。

「……味方も敵も入り乱れる中、何処からか矢が飛んできた。敵方に弓兵はいない。だから、私も弓に対応する意識がそもそもなかった。大きな不覚であった」

 少し思考が飛んでいたミチルの意識を、ネモフィラ将軍の生々しい説明が呼び戻す。

「気づいたら、リンドウ氏の背を矢が貫いていたのだ」

「……!」

 ジェイは無言で肩を大きく震わせた。
 初めて聞く父の最期。離れた戦地で散ってしまったために、これまでその「死」をなかなか実感出来なかった。
 だが今は、父の境遇をありありと想像できるようになっている。ジェイがしてきた多くの経験が、父の最期を鮮やかに想像させるだなんて皮肉な事である。

「ジェイ・アルバトロス、すまない。私はその場に居ながら、其方の父上をみすみす失ってしまった」

「いえ……」

 不覚だったとはいえ、部下の死をその息子にまで謝罪する様は少し異様だった。
 何故、将軍はそこまで悔いているのだろう。その理由を聞けるような心の整理はまだつかない。
 だが、ジェイは毅然と直立し、将軍に朗々と今の気持ちを語った。飾らない、ジェイらしい言葉で。

「戦地に赴くからには、我々家族はどのような事があろうと覚悟しております」

「そうか……」

 それから、真っ直ぐな瞳をもって、ジェイは長年言いたかった事をついに恩人に伝えた。

「ネモフィラ将軍は、私に騎士への道を示してくださり、父の形見の剣までくださった。多大な恩義に感謝申し上げます」

「そうか……」

 そこでやっと将軍は少し笑う。
 誰が見ても強く厳しい将軍の、肩の荷が少し軽くなった瞬間であった。



「はいはーい、全然話が進まないので、ここからは私が引き取りますよー」

 パンパンと手を叩くクローバーが執務室の雰囲気を変える。
 亡くなった人は戻らないし、その死を悼んでいるだけでは何も解決しない。そう言わんばかりである。ミチルはもうちょっと見守ってあげたらいいのに、とクローバーの事務的な冷淡さに少し呆れた。

「了解した。よろしく頼む、顧問殿」

 ネモフィラ将軍は表情を普段通りの厳つい感じに戻して一歩下がる。机に戻って腰を下ろした。

「はいはい、任されました。でね、これがその例の矢です」

「げっ!」

 なんというノンデリ。えぇじいちゃん以上かもしれない。
 ミチルはクローバーが再び袖の中から取り出した「凶器」の登場に思わず声を上げた。

「これが、父の命を奪った矢ですか」

 ジェイ……大丈夫? そんなものを間近に見て。
 ミチルはハラハラしていたが、ジェイは特にショックを受けるなどはしていない。

「誰の、矢なのですか?」

 それどころか、闘志が湧いたような鋭い視線をクローバーに向けた。
 ミチルは少し嫌な感じがする。ジェイが憎しみに染まってしまったら、と思うとハラハラが止まらない。

「一般的に、弓の達人はその矢尻にも特徴がある。当時、もちろん捜索はされましたが射った本人はわかりませんでした。だからどこかの傭兵か、暗殺者だと長らく思われていた」

 クローバーの説明は、「今はそうではない」と言いたげで、ミチルもジェイも期待して続きを待った。

「ですが、ここ最近、ブッドレア大臣の元で頭角を表してきた凄腕の弓兵がいましてね。サポニンって言うんですけど、彼は矢尻も自作で特殊な魔法石を使うんです」

「ほっほう……」

 早く結論を言って欲しい。ミチルは不謹慎だが少しワクワクもしていた。

「虎の子の部下ですからね。なかなかサポニンの矢を入手する事が出来ず、当時の矢と照合出来なかったんですが……ついにっ!」

「えええー!」

 引っ張り上手のクローバーは、ミチルの興味を最大限に引き上げた後、軽快にそれを披露する。

「サポニンが使っている矢尻をくすねる事に成功し、凶器の矢尻と照合したら……完璧に同じモノだったんですよー!」

「ワーイ、バンザーイ!」

 ノリノリクローバーにまんまと乗せられたミチルは、喜んで手を上げてしまった。

「あっ、ごめんなさい……」

 急降下で自己嫌悪。
 オレのバカッ! ジェイの気持ちを考えろ!
 ていうか、軽薄に説明したクローバーのせい!!

「……ふっ、プルケリマ殿は面白い御仁であるな」

 なんか将軍に笑われた!

「私が気落ちしないように明るく振る舞ってくれた。さすがミチルだ」

 ジェイはなんかいい感じに受け取ってくれた!



「……という訳で、リンドウ氏を射ったのはサポニンで間違いない。そのサポニンを大臣が重用し始めたのも同じ頃」

 クローバーは最後にそう説明して、締める。

「ブッドレア大臣がリンドウ氏を殺めた状況証拠は揃いました」

「おおお……」

 長々と誰ですか状態だった、ブッドレア大臣。
 ミチルはついに、まだ見ぬ大臣を黒幕だと認定する。

 すると執務机に戻っていたネモフィラ将軍は、その上で両手を組んで決意を述べた。

「私はなんとしても、リンドウ氏の仇を討ちたい。其方はどうする?」

 問われたジェイは少し首を傾げて将軍に聞き返す。
 
「何故そこまで父の死を悼んでくださるのですか?」

「それは……」

 急に言い淀むネモフィラ将軍。
 すると横からクローバーが、また軽薄な感じでミチルに言った。

「まあまあ、仇とかは置いといてね。大臣が今もアルバトロス君の命を狙っています。とにかくこれをなんとかしないとダメですよね、ミチル様?」

 なんでオレに先に聞くの? とミチルは思ったが、やはり乗せられて頷いてしまった。

「そ、それはそうですね」

「さすがプルケリマ様! では、貴方の愛する伴侶のために御尽力いただけますね!」

「もちろんです、ジェイ♡のためなら!」

 ノリノリクローバー、結局ミチルをノリノリで乗っからせてしまう。
 そんなテクニカル魔法顧問は、細い目をやや開けて不敵に微笑んだ。

「よろしい。それでは、『プルケリマ様歓迎パーティー』を開きます!」



 ……ん?
 ぱーちー?
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