ジェイの章 私の誇り尊き天使

 国防大臣ブッドレア。
 カエルレウムの軍事を司る両翼のひとつ。ちなみにもうひとつはネモフィラ将軍である。
 攻めのネモフィラ、守りのブッドレア。カエルレウムは長らくこの体制で国内平和を維持している。

「……なるほど、そうなのですか」

 ジェイの相槌は実に心許ない。
 何を「そう」だと理解したのか。大臣に命を狙われていた事を理解したなら上々。
 だがぽんこつなので、「大臣はブッドレアって人」くらいの理解度だったらどうしよう。

 ミチルはその辺も込みでハラハラしながら話を聞いていた。
 すると、クローバーがあっけらかんと笑って続ける。

「そうですねえ。ざっくり言うと、ブッドレア大臣は私の直属の上司でしてね」

「えええ!?」

 あっさりと言われて、ミチルは思わず大きな声が出た。

「ルブルムから供与される魔法技術は主に国防に注がれます。カエルレウムは軍事大国ですから、魔法による攻撃なんかはまどろっこしいって言われましてね」

「はあ……」

 ちょっと話題が難しくなってきた。
 ミチルが不安になりながら頷くと、クローバーはカラカラ笑って更に続ける。

「ルブルムから出向の魔法顧問も一応国防ラインに配属されてるんですよね。でもお、国防大臣はじめ、あっちはなんか陰気でねえ」

 貴方も十分陰険そうですが、とは言えないミチルである。
 胡散臭いクローバーがこう言うのだから、ブッドレア大臣という人はもっと卑劣な陰険さなんだろうか。まあ、ジェイの命を狙うくらいだしなあ。
 そうするとクローバーがこの場にいるのはマズイのでは? と思ったミチルは慌ててそのまま口に出してしまった。

「だ、大丈夫なん? クローバーさん、自分の上司を告発してるんじゃ……?」

 ミチルの疑問に、何故かクローバーは大爆笑した。

「アッハッハ! まさにそうですねえ。でもねえ、ハッキリ言って私、あっち側キライなんですよねえ。私は将軍サイドの方が居心地がいい。実に良く働く人材もいますしねえ」

 最後の言葉とともに、クローバーはラベンダーをチラリと見た。それを受けてお疲れラベンダーは、呆れながら目を逸らす。

「所属は大臣の下なんですけど、そもそも魔法顧問はカエルレウム王配下の自由職。魔法が必要なら何処にでも行く仕事なんでね、裏切りとか告発とかには縛られないんです、私」

「そ、そうなんですねえ……」

 やっぱり話が更に難しくなってしまった。
 ミチルは「クローバーは自由」という所だけ飲み込んで愛想笑いを浮かべる。
 すると、それまで黙っていた将軍が少し焦れた様子でクローバーを促した。

「顧問殿、その先を頼む。ブッドレア大臣がジェイ・アルバトロスの命を狙った証拠だ」

「そうだ! それ、知りたいっ!」

「むむう!」

 ミチルとジェイは色めき立ってクローバーに再注目した。
 カエルレウムの軍事なんとかは難しいからご馳走様。早く本題が知りたい。


 
「わかりました。ではまずこれを」

 そう言うと、クローバーはローブの袖口をごそごそやった後、ズタボロの紙束をテーブルに置く。
 これだけのものが、なんでそんなトコに? ああ、魔法かあ。とミチルが一人で納得していると、ようやく覚醒し始めたジェイがそれを指差して聞いた。

「なんですか、このゴミは」

 ジェイぃいい! 言葉のチョイスぅうう!
 証拠だって言われただろおおぉお!!

 ミチルがそう突っ込む前に、クローバーはフフと笑って頷いた。

「そう。これはジェイが書いた報告書の数々です」

「……む?」

「内容も、だいぶゴミどヘタクソ文書です」

 以上の会話から、ミチルはかなり忖度して理解する。
 これが、噂のジェイ作成書類ゴミ同然か……!

「ブッドレア大臣は、これらの書類を全て握り潰していました。君に部下がなかなか配属されなかったのは、概ね・・大臣のせいです」

「そうだったのですか……!」

 ジェイよ。顔が晴れ晴れとしているな。
 自分のマズイ書類のせいじゃなかったのが嬉しいんだろうな。

 だがミチルは「概ね」という副詞が気になった。
 けれどジェイの喜びに水をさす事もない。そこはあえて飲み込んだ。

「君の部下が良くトブのも、大臣が工作したんでしょうが、それはさすがに確証が得られませんでした。ですが……」

 クローバーが両手で水を掬うような仕草をする。
 すると、手の周りが薄く光り、その空中に一枚の書類が現れた。以前、スノードロップの小屋で、アルブス王が寄越したホログラムのようなものに似ている。

「これは、こっそり隠し撮りしたんですけど、例のベスティア大討伐の計画書です。決裁欄にはブッドレア大臣のサインのみ。何故ならネモフィラ将軍はこの時出張中でした。専決制度を使って、大臣が独断で決行したのです」

「せんけつ……?」

 難しい言葉の連続で、ミチルの頭はこんがらがりそう。
 それをネモフィラ将軍が丁寧に教えてくれた。

「本来なら、大臣の前に私がその書類にサインするべきだった。だが、私の留守を利用して、私を飛ばして大臣が決定してしまったのだ。身分はあちらが完全に上位なのでな」

「ほーん……」

 それでもミチルには全部はわかっていない。
 とりあえず、大臣が勝手にジェイをとんでもない死地に送り込んだ事だけは理解した。

「ベスティアの数十体もしかければ、アルバトロス君は必ず戦死すると見込んだんでしょう。だが、彼にはミチル様が与えた武器があった。それで無双してカエルラ・ベラトール蒼き戦士の称号を得た事は大臣の大きな誤算です」

 ホログラムを仕舞いながら、クローバーがそう締める。
 その後、計画が将軍の知るところとなり、ジェイが軟禁に近い保護を受けた事などが説明された。



「なるほどですねー……」

 自分と別れた後、ジェイにそんな事があったとは。
 なんかアニーにベスティア討伐数でマウントとってた印象しかミチルにはなかった。ぽんこつに自分の境遇を語らせても無駄だったかもしれないが。

「それで、これからどうするのですか?」

 ようやく自分の置かれた立場を知ったジェイは、真面目な顔で将軍に聞く。
 ネモフィラ将軍もまた、真面目な顔で頷いた。

「うむ。其方は以前と違ってカリシムスというとてつもない身分を手に入れた。今の其方にはさすがの大臣も手が出せないだろう」

 その言葉を横から奪って、クローバーが続ける。

「そうそう。だからね、ペルスピコーズにいた方が安全なんですよね。カエルレウムに来るべきじゃなかったかなあ」

「えええー!? 今更ぁ!?」

 それ先に言ってよお。ミチルは大袈裟に憤慨した。
 せっかく凱旋したのに「来ない方が良かったよ」では、立つ瀬がない。

「だが、せっかく戻って来たのだ。禍根は断つべきでは……!」

 しかし、ジェイは能動的な態度を示す。命を惜しんでペルスピコーズに隠れるのは性に合わない。
 ミチルはもちろん大賛成でジェイの意思を尊重する。

「そうだね! ジェイ、かっこいいっ!」

 すると、ネモフィラ将軍は深くため息を吐いた後、真っ直ぐ二人を見つめて言った。

「良くぞ申した。ではもう一つ、重要な真実を教えよう」

 え……っ
 まだ、なんかあるの……?

 ミチルは非常に嫌な予感がした。
 部屋の空気がピシリと三度ほど冷たくなったような気さえする。

 その張り詰めた空気を裂くように、ネモフィラ将軍の視線は鋭い。
 悠然と動く唇が、残酷な真実を紡ぐ。



「其方の父君、リンドウ・アルバトロス氏もブッドレア大臣に殺されたのだ」



 ……えっ?
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