ジェイの章 私の誇り尊き天使

 ネモフィラ将軍の執務室は王宮の奥にある。
 クローバーがミチルとジェイを先導し、最後尾に遅れてラベンダーがよいよい歩いていく。
 まあまあ長く廊下を歩いたが、途中で誰ともすれ違わなかった。ペルスピコーズ教会ならあり得ない事だ。

 ひょっとして、人払いが行われている……?
 
 ミチルはクローバーの様子を窺うが、細い目のデフォルト笑顔を浮かべているだけ。
 ジェイはど緊張で顔が土気色。
 そしてラベンダーは、足腰を引きずりながらもやはり緊張を孕んだ面持ちだった。ジェイの緊張とは少し違う気もする。

 そんな事を総合して考えるが、結局ミチルにはあまり良くわからなかった。
 そしてついに、将軍の執務室への扉に到達。クローバーのノック音が鳴り響く。

「将軍、プルケリマ様がお越しになりましたよ」

「……」

 扉の向こうはシーンとしていた。
 クローバーは更に微笑んで付け足す。

「カリシムス・ジェイ・アルバトロスも参上していますよー」

「……入れ」

 ——しっぶ!
 声、激渋!

 低いのによく通る渋い声。まるで大御所声優の佇まい(まだ姿は見ていない)。
 ミチルはファンタジーアニメに出てくる、ダンディな将軍の姿を妄想していた。


 
「はいはい、失礼しますねー」

 クローバーはかなり軽いノリで扉を開けた。
 カエルレウム魔法顧問がどれくらい偉いかは知らないが、そんなんでいいの?
 ジェイは顔がどどめ色になるくらいに緊張してるのに。

 ミチルのそんな疑問は、あっという間に砕け散る。
 執務室に一歩踏み入れ、中にいる人物の、荘厳な姿を見たからだ。

 地球には、かつて皇帝にまで上り詰めた軍人がいた。
 そんな風格を漂わせ、肩にかけた長いマントがとてもカッコいい。
 年の頃は五十代後半か。だが背筋をしゃんと伸ばして長身の体躯を誇る。頭の上から足の先まで。ルネッサンス期の彫像のように麗しい将軍が。
 ミチルの目の前に、どどんと登場。

 特筆すべきはその……

「パンチパーマ!!」

 どんなに麗しい将軍だろうとも、ミチルにとってはただの人。
 きっと元ハンサムに違いないけれど、イケメンには遠く及ばない(※ミチルの尺度です)。
 なので、ミチルはまず目に飛び込んできた将軍の短髪天然パーマを遠慮なくそう形容してしまった。

「コラア! 誰がパンチパーマだ、将軍のヘアスタイルに何という事を!」

 疲れた体をおして、ラベンダーがミチルを叱責する。
 すると先にクローバーが興味深そうに呟いた。

「おや、ラベンダー君は今の言葉の意味がわかったのかな?」

「いいえ、わかりません! ですが絶対に褒めてない事はわかりますっ!」

 なんかイチャイチャ(?)しているラベンダーとクローバー。
 無言で荘厳に立ち続けるネモフィラ将軍。
 立ったまま気絶してるかもしれないジェイ。

 混沌とした現場で、ミチルは一生懸命考えた。

「あああ、ごめんなさい。よく見たら違う! えーっと、えーっと、もっとオシャレな言い方があったはず……そうだ、濡れパン!」

 説明しよう!
 濡れパン、とはポマードやクリームなどでちょっと固めて濡れたように見えるパンチパーマである。
 ゴリゴリ不良やチンピラの印象はまるで無く、オシャレなイマドキ男子がセットするヘアスタイルだ!

「パンを濡らすなあ! マズくて食えんだろうがアァ!!」

 だが、ラベンダーに通じるはずもない。オシャレに無縁なおじさん……以前の問題である。

「違う違う!」

 慌てて首を振るミチルに、今度はクローバーからの追撃。

「ま、まさか……えっちな意味のヤツ?」

「ちっがーう! バッカじゃないのお!?」
 
 ぎゃおぎゃお言い合う三人は、将軍が全く動かないので次第にトーンダウンし、誰からともなく大人しくなる。

 

「「「…………」」」

「……ふむ。場が静まるまでに三分、か」

 ようやく口を開いたら、厳しい校長先生みたいな事言いやがった!
 濡れパン校長将軍だ! 長いっ!

 ミチルは心の中でそんな葛藤をしていた。
 すると、ネモフィラ将軍は手を差し出して礼を尽くす。

「初めてお目にかかる、プルケリマ・ミチル様。私が将軍ネモフィラです」

「あ、ど、ども……」

 差し出された手を握る。ゴツゴツして大きい手だ。そしてとても温かい。
 目元は厳しい校長先生だが、心は生徒への愛に溢れた素敵な校長先生なんだろう。
 あ、違う。将軍だった。

「そして、カリシムス・ジェイ・アルバトロス」

 校長将軍ネモフィラは、ジェイの方を向く。目元は打って変わって慈愛に満ちていた。

「ついに会えたな。私の予想を遥かに超える功績である。ご苦労だった」

「む、むふう……ッ!」

 憐れ、ジェイ。憧れの大将軍を前に、為す術なし。
 ギギギ、っと筋肉を軋ませながら将軍の手を握るだけで精一杯。

「む、むふふう……ッッ!」

「……?」

 何も喋れないジェイの様子に首を傾げるネモフィラ将軍。
 堪らずミチルが通訳を試みた。

「あのう……ジェイは緊張マックスでして、『お会いできて大変光栄です、ネモフィラ将軍閣下』って言ってます」

「ふむ。そうか」

 ネモフィラ将軍は、ミチルを眺めて同じように慈愛の眼差しを向ける。

「ミチル様は、ジェイ・アルバトロスと心通わす、並々ならぬ関係であるのだな」

「ええー♡ それほどでもおー」

 褒められてミチルは上機嫌。
 だがジェイの緊張は全く解けていない。

「むふ、むむ、むふう……ッ、むう!」


 
 えーかげんにせいよ!
 とりあえず落ち着け!
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