ジェイの章 私の誇り尊き天使

 カエルレウム女王・クレマチス。
 執務室にて、窓から魔法による遠視をしている。
 その視線の先は、ミチルとジェイが王宮を出ようとしている所。
 
 叔父である将軍ネモフィラと、上司であるラベンダーに見送られて、柔らかな笑みを見せるジェイ。
 親友によく似た黒い髪と黒い瞳。その姿に意識せずとも笑みがこぼれる。

 親友の孫はこの上ない、尊い伴侶を得た。
 屈託なく笑う様子はとても愛らしい。
 どうか、末長く幸せに。クレマチスは遠い孫を見送るような気分でそれを眺めていた。

「ようやく、終わりましたね」

 突然背後から現れた、人の声。
 女王の部屋に、音もなく入ってこれる人物は一人しかいない。
 クレマチスはそっとため息をついて、その人物をたしなめた。

「貴方ねえ、女性の部屋に勝手に出入りしないでちょうだい」

「おや、ここは執務室だからいいじゃありませんか」

 飄々とした顔で笑うクローバーに、クレマチスはちろりと睨んで返す。

「当たり前です。私室などに来たら、一瞬で首を刎ねますよ」

「わーこわーい」

 棒読みで笑ったクローバーは、その後少し真面目な口調で尋ねる。

「ヨシノ様の孫はいかがでしたか?」

「そうね……」

 言いながら女王はありし日を思い出す。
 ケラスス王女・ヨシノがカエルレウムに亡命した頃、二人はほんの少女だった。年も三つ違うだけ。実の妹のように慈しんだ日々。

「あの子は早逝してしまい、その息子も長く生きられなかった。身を裂かれるように悲しかったわ」

 ゆっくりと王宮を出ていくジェイの背中を視線で追いつつ、女王は安堵のため息をもらす。

「だけど、あの子の孫は……とても長生き出来そうね」

「カリシムスですからね。物理的には不死身ですよ」

 クローバーがおどけてそう言うと、女王クレマチスは「まあ」と笑って目尻に深い皺を作った。

「頼もしいこと……」

「ええ。ですから、『フロース=ケラシー』の封印は解かれる事はないでしょう」

「そうね。厳重に、以後も保管を頼みます」

「御意……」

 クローバーは一礼した後、また音もなく部屋を去った。
 残された女王は再び深いため息を吐く。

「ヨシノ……これで、いいわね?」

 クレマチスは親愛なる妹に問いかけた。
 
 ケラスス王女がもたらした、もうひとつの遺産。
 それは、カエルレウムの奥深くに今も眠る。
 醒める事のない、醒めてはならない眠りに。



 ◇ ◇ ◇



「ようこそおいでくださいました、プルケリマ様」

 ミチルとジェイは、教会の大僧正とずらっと勢揃いに並んだ僧たちからの歓待を受けている。
 ジェイの両親が眠っている教会に、王宮を後にしたその足でやってきたのだが、さすがはプルケリマへの対応。多分これ、法皇からなんらかの下知がいってない? と思いたくなるようなビビりっぷりである。

「あ、あ、どうも……」

 ビビっているのはお互い様。
 まだまだ一般庶民感覚のミチルは、偉そうなお坊さんが自分に平身低頭する様にど緊張である。
 ジェイもたいして変わらないはずなのだが、表情筋が不活性なので、なんだかどんと構えていてこの場では一番偉そうに見えた。

「アルバトロス様、いつもお世話になっております」

「む……?」

 大僧正に頭を下げられて、ジェイは不思議そうに首を傾げていた。

「ネモフィラ将軍のお使者から、時節ごとに御寄進をいただいております」

「叔父上から……」

 ジェイは驚いていた。ミチルはその横で「そりゃそうか」と納得する。
 こんな立派な教会に、没落したジェイの家が墓を持てるわけがない。共同墓地ではなく、ちゃんと屋内に葬られている。
 それも将軍が全部段取りしてくれたのだ。ジェイが両親の事とはいえここまで気がきくとは思えない。

「そういえば、父上の時も、母上の時も、知らせていないのに教会から人が来て全部やってくれた……」

 至れり尽くせり!
 将軍、サイコー!!

 ミチルは大いなる叔父上からの愛に、またもや萌え萌えキュンであった。
 そんな会話をしているうちに、一行はひっそりとした一対の墓碑へ辿り着く。

「こちらがリンドウ・アルバトロス様、リナム・アルバトロス様の墓碑でございます」

 そう言うと、あれだけぞろぞろ並んでいた僧正たちが一斉に引いていった。
 ミチルはほっと一安心。こんな衆人環視の中ではあの言葉はとても言えない。

 ジェイもミチルも、教会が用意してくれた花束(※至れり尽くせり!)を墓碑に備える。
 作法はよくわからない。でも、この場には坊さんはいないのだから、ミチルはそこに跪いて手を合わせた。


 
 ジェイのお父さん……
 ジェイのお母さん……

 はじめまして。ミチルです。
 ジェイのことが大好きです。


 
 ミチルは目を閉じて、ジェイの両親に今の想いをこめる。
 初めて出会ったあの日、初めて恋をしたあの時、想いが通じたあの瞬間。全てがミチルの宝物だ。



 ジェイは、いつでもオレを守ってくれる。
 オレは不安になった事がありません。
 
 ジェイが側にいてくれれば、オレは何も怖いものはない。
 ずっと、これからも二人で一緒にいたいんです。
 
 もちろん、オレもずっとジェイを守ります。
 オレはプルケリマってやつで、多分ちょっとだけすごい力があると思うから。


 
 だから。

「お義父さん、お義母さん」

 オレがジェイを幸せにするから。

「ジェイを、オレにください……!」

 二人で幸せになります。



「ああ、これだ……」

 ミチルが祈りを終えると、ジェイは立ち上がっていて、教会のフレスコ画を見上げていた。

「私には、ミチルがずっと天使に見えている。それは、心にずっと天使の面影があったから」

 その指差す先には、輝く羽を携えた清廉な天使の姿が描かれていた。
 子どもでもなければ、大人でもない。そんな曖昧な少年の顔立ちは、どこかミチルに似ている。

「カエルレウムでは、天から舞い降りてくるカミの遣い。それがあの天使だ」

「これが……ジェイの天使?」

 ミチルがそう聞くと、ジェイは微笑みながらその手を握って言う。



「今は、ミチルだけが私の天使だ」



 誇り尊き、私の天使。
 永遠に変わらぬ忠誠を誓う。



「えへ……えへへえ……」

 照れ笑いしか出来ない。
 幸せ過ぎて、オレが天に召されそう。

 ジェイはミチルの手を握ったまま、両親の墓碑に背を向けた。
 それから光り輝くスマイルで未来を見る。

「帰ろう、ミチル。私達の屋敷に」

「うん!」

 Go to sweet lovely home……♡



 ◇ ◇ ◇



 ジェイの実家は郊外の、のんびりした農園が広がる土地にあった。
 ミチルはその外観を見て、歩き疲れたことも一気に忘れてしまう。

「ふおお! お金持ちのカントリー風洋館!」

 ミチルがラノベで見てきた、○役令嬢とかが住んでいそうな貴族の館である。

「ジェイ、ジェイ! 早く入ろっ」

 早く豪華な玄関とか、螺旋階段とかが見たい。
 ミチルは大興奮でジェイを急かした。

「む……少し緊張する」

 ジェイは頬を染めて、躊躇っていた。それがなんだか少年のようで可愛らしい。
 きっと、色んな思い出が急に蘇ってきたのだろう。

「むふ」

 ミチルはジェイの珍しい反応を見て、逆に落ち着いた。
 それから、先に歩き出して門の前まで行く。

「ジェーイ!」

 振り返って手を伸ばせば、ミチルの最愛がそこに立っている。
 今はもういない、ジェイの両親の代わりになって、ミチルは満面の笑みで彼を迎えた。



「おかえり!」










 異世界転移なんてしたくないのにくしゃみが止まらないっ!
 1.5部〜イケメンの故郷凱旋ハネムーン編
 ジェイの章 私の誇り尊き天使

 終



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