ジェイの章 私の誇り尊き天使

 ネモフィラ将軍が何故、そこまでジェイに目をかけていたのか。
 やっとその理由がミチルにはわかった。

 ネモフィラ将軍は、ジェイのお父さんの弟だったんだ!
 つまり、将軍はジェイの叔父さんで、つまりつまり、「ホンマモンの足長叔父さん」だったんだ!
 確かに足は長い! それはどうでもいいっ!

 あまりに急激な事実にミチルの意識は混乱していた。
 だが、再び騒がしくなってきて意識を慌てて元に戻す。

「ジューリアン、くーん! だから落ち着きなさいってえ!」

 ガルルル、シャガガガとクローバーを振り払おうとするネモフィラ。
 血管浮き出るほどに怒り狂っている。
 将軍の本名はジュリアン・ネモフィラ。まだまだ血気盛んな三十八歳だ!

「放せえ! あいつ、あのクソハゲ大臣をぉ、ぶち殴ってやるのだあぁあ!」

 やばい、騎士の剣で脅すとかはとっくに超えていらっしゃる!
 拳が出そうになってるぅ!

 ミチルはおじさん(将軍)がお爺さん(ブッドレア)を殴る場面などには遭遇したくないっ!



「将軍……いえ、叔父上! どうかお鎮まりください!」

 地下の一室。暗く冷たい石に囲まれた部屋。
 凛としたイケメン——ジェイの声が響いた。

「叔父上がどんなに怒ってくださっても父は討たれました! もう帰って来ない。だからこそ、私は貴方を失いたくない!」

 ジェイの訴えは少々飛躍しているようにミチルには思えた。
 だが、言われて気づく。ブッドレアが少し異様な空気を纏っている事を。

「親類縁者などとうに無いと思っていたこの身に、貴方がいてくれた。私はそれだけで大変な果報者です!」

 そう言った後、ジェイは何か術を発しようとしていたブッドレアに向かい合って、その両肩を掴んだ。ギシリ、と音が聞こえるほどに強く。
 次の瞬間、指輪から蒼い光が走る。すると、ブッドレアを取り巻こうとしていた黒い靄は跡形もなく消え去った。

「あ、ああ……」

 力を失くした大臣は、目の前の大いなる存在に圧倒される。
 ジェイはその「仇」に相対して最後の言葉を放った。

「これ以上……私の大切なものを、奪うな……ッ!」

 誇り高いカリシムス(蒼き英雄)の視線に、妄執に支配された老人の全てが潰えた。



「ひ、ひああ……」

 ほぼ廃人のように喘いでいるブッドレア。
 ようやくネモフィラ将軍から手を放したクローバーは、哀れな老人に一歩近づく。

「元国防大臣・ブッドレア。確かに貴方の国を守るという信念は立派です。ですが、ケラスス王女ヨシノ様は、正式にカエルレウムに亡命していました」

 まあ、絶対の絶対に秘密だったんでしょうがないんですけどね。と少しおどけて付け足した後、クローバーは細い目を開けて、お役御免となった老人に説く。

「ヨシノ様は国賓としてカエルレウム内に滞在されていました。そのご子息も同じ。身分は陛下が保障していたのです」

「あああ……」

 ブッドレアの口元からは涎が滲み出る。もはや、この老人は何も出来ないだろう。
 そんな存在に、陰険性悪魔法顧問・クローバーは容赦ない責めの言葉を浴びせるのだ。

「貴方の行った事は国防ではない。陛下の意思に背く、反逆罪なのです!」

「あああああ……ッ!」

 縛られたままの老体が、咽び泣く。そして震えながらも、彼は最後に自分なりの「信念」を口にした。

「王子の息子……! お前も消せれば、私の『国防』は完璧だったのに……ッ」

 ジェイを真っ直ぐ見る、その怨讐にまみれた声に、ミチルもまた呑まれそうになった。
 だが、クローバーの手刀が老体を停止させる。

「ぐふっ!」

「……出ましょうか。ミチル様はもうこの部屋に用がないでしょう?」

 にっこり笑う、冷淡な飄々顔。
 ミチルは頷くしかなかった。

「はいぃ……」



 ◇ ◇ ◇



「ああー、やれやれ。終わりましたねえ、長かったですねえ」

 時間の流れの感じ方は人それぞれ。
 年長者のクローバーが言うと、どうも含みがあるように聞こえてしまう。

「叔父上……」

 だが、クローバーの事はとりあえずどうでもいい。
 ミチルの目の前には、今、最上級の萌えシーンが起ころうとしていた。

「ジュリアン叔父上、今までのご厚情に感謝申し上げます」

 やや固い気もするが、ジェイとネモフィラは騎士なのだ。
 こういうやり取りがやはりエモい。ジェイがネモフィラ将軍の本名を呼ぶ所なんてもう最高。
 ミチルは萌え萌えキュンキュンが止まらなかった。

「……兄上は、腹違いの弟である私を殊更に可愛がってくれた」

 もうすぐ泣きそうなネモフィラの言葉。「腹違い……?」と首を傾げるミチルに、クローバーが耳打ちしてくれた。
「ヨシノ様はネモフィラ伯爵の前妻なんです。リンドウ氏を産んで早逝してしまった後、再婚されたのが将軍の御母上ですよ」と。
 ……なるほど。

「兄上は、ご自身の息子……つまりお前に、私と同じイニシャルを付けてくださった。その時、私は全身全霊かけてお前を守ろうと誓ったのだ」

「叔父上……」

 さすがのジェイももうすぐ泣きそう。
 ネモフィラは、その肩をがっしりと掴み、微かに首を垂れる。

「だが、あまり守ってやれずにすまない。お前を騎士学校に送ったのは、大臣から隠すためでもあった。名乗り出る事も出来ず、結局、その身分も知られてしまっていた。申し訳ない……ッ」

「いいえ、叔父上……!」

 ジェイは、涙に咽ぶ叔父の肩を優しく抱く。

「私は『再び会える日を待つ』という言葉があったから、今日までやってこれました。本当に、ありがとうございます」

「ジェイよ……」

 約束と再会を果たした叔父と甥。ガッシリと支え合って、今日を迎えた喜びを笑い合う。
 イケメンと、その親戚の放つ美のオーラは半端ない!



 ああもう、なにこれえ……
 エモしゅぎるうぅうぅ……♡



 ミチルは感激で、腰が砕けそう。

「おお、そうだ。二人はアルバトロス家に行くといい」

 スッと涙を引っ込めたネモフィラは、ジェイとミチルに向き直って言う。

「実家はすぐに引っ越せるくらいに整備してある。兄上と姉上の墓前にも報告してきなさい」

「ぴえっ……!」

 そんな事を言われると急に緊張する。
 ジェイの両親の御墓参りですって? 緊張マックスイベントじゃん!

「そうだな、ミチル。実家で少しゆっくりしないか」

「ぴえぴえ……!」

 ワタワタ慌てる心を一生懸命抑えて、ミチルはスーハーと深呼吸してからジェイを見上げた。

「……うん。うん」


 
 そうだ。思い出した。
 オレがこの国に戻ってきた理由を。

「ジェイが生まれた家、行きたい」

 ジェイを育んだ土地に、ジェイに関する全てに。
 お願いするんだった。

「帰ろう!」

 ミチルはジェイの腕に抱きついて、思いっきり笑う。
 ジェイも笑顔で頷いた。

 それは、輝く指針のような。
 ミチルとともに在る、光。



「帰ろう、ミチル」

 二人の場所に……
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