ジェイの章 私の誇り尊き天使
「どうですか、アルバトロス君?」
ジェイの素性を明らかにした後、クローバーはその反応を見ていた。
ミチルもジェイも、思っても見なかった事に動けずにいる。
「あ……」
とりわけジェイは、瞳に動揺の色が浮かび、所在無さげに棒立ちになっていた。
「……サクラの国ケラスス。亡国はそうも呼ばれています」
待っても時間の無駄と思ったのか、クローバーは話題を変えた。
「サクラ、とは亡国にのみ咲くピンク色の花だそうです。私も見たことはない。きっと誰も見た事がないでしょう、国の名前と同じでね」
「……知ってる」
ミチルは呟くような小声で反応した。
「桜は、オレの国の象徴的な花だ。オレの国の人間はみんなこの花が好きで誇りを持ってる」
こんな事を説明したところで何になる。
日本に何か関係があるって言いたいの? でも、今オレが知りたいのはそれじゃない。
ジェイが今、何を考えているのか。ミチルはそれだけが気がかりだ。
彼がこの事態をどう思うのか。それがまだ出て来ないうちに、どんどん話を進めるクローバーに苛立ちが湧いた。
「ほう、そうですか」
睨んでいるミチルに、クローバーは涼しい顔で相槌を打った。
その態度からは感情の底が見えなくて、気持ち悪くなる。それと同時にますます苛立った。
「ジェイの反応を待たないで話題を変えて。オレに関係してそうな事を言う。クローバーさんは何がしたいの?」
そう言うと、クローバーは一瞬だけその細目を開けてミチルを見た。それから揶揄うように笑う。
「……今回のプルケリマは少し足りない という噂でしたが、違うようですね」
「なんだとぉう!?」
明確にバカにされたミチルは苛立ちマックスで思わず叫ぶ。
もちろんクローバーは怯まない。はっは、と声を立てて笑った後、軽い会釈で謝罪した。
「失礼。カリシムスの危機になるとプルケリマとしての能力が発揮されるのですね、貴方は」
「オレの事は後ででいいよ、今はジェイだ!」
ミチル自身に不思議事項が湧いて出てくるのは、もう慣れた。
カエルラ=プルーマ と地球 の関係は分からない事だらけ。
そんな壮大なものよりも、もっと大切なものがすぐ側にある。
「ジェイ? だいじょぶ?」
ミチルが少しその体を揺すると、ようやくジェイは焦点の合った瞳をして聞き返した。
「う、うむ……まだよくわからないが、私に祖母がいるという事か?」
「……ふえぇ」
その言葉に、ミチルは泣きそうになる。
両親をすでに亡くし、天涯孤独だったジェイ。彼がまず気にしたのは、身分素性などではなく、まだ自分に家族が残されている可能性だった。
だが、それをあっさり砕くクローバーの冷たい事実説明が。
「ケラスス王女・ヨシノ様はすでにお亡くなりになっています。リンドウ氏が二歳の頃にね」
「てめえ、黙れえ!」
なんというデリカシーのない物言い! うちのじいちゃんだってそこまでじゃない、多分。
ミチルはジェイの代わりに怒ろうと一歩踏み出す。
しかし、ジェイはその肩を抱き、優しく首を振った。
「いいんだ、ミチル。ありがとう」
「ジェイぃ……」
その心痛を想うと涙腺ちょちょ切れそう。
だけど泣いてる場合ではない。泣く前にやる事がある。
そうだ、オレは怒ってるんだぞ!
「ジェイの素性がこれからどうなるのか。その話も悪いけど後にしてくんない?」
「……と、おっしゃいますと?」
飄々と立つクローバーに、ミチルはキッパリと言い放つ。
「あのクソ大臣だよ! なんでジェイにあんな酷い事したのか。てか、なんでジェイのお父さんを殺したのか! まずはそれを聞かなくっちゃ始まらない!」
「ほうほう」
軽い相槌に、ミチルの怒りはヒートアップしていく。
気づけば拳を振り上げて、地団駄踏んで主張していた。
「一度ならず二度までも! 人の背中を狙った所業、マジ卑怯! 正面切ってオレ達に『王家の末裔なんじゃああ!』とか言ったからには、その説明を本人から聞いてやるんだ!!」
「……なるほどぉ。なんて勇猛果敢なプルケリマ!」
言いながら乾いた拍手を打つクローバーは、笑いを堪えていた。
「うるさぁい! いいからクソ大臣の所に案内しろお!」
怒り爆発でジタバタするミチルに、クローバーは柏手を打つようにパンと高らかにひと叩きした後、微笑んだ。
「いいでしょう。ミチル様ご自身で反逆者ブッドレアの尋問をなさりたい、承知いたしました」
言いながらクローバーは、食堂の出入り口に向かう。その雰囲気を汲んで、ネモフィラ将軍も立ち上がった。ミチルとジェイもクローバーに付いて歩き出す。
扉に手をかけて、クローバーは殊更邪悪な細目でニヤリと笑いながら振り返った。
「まあ、私が尋問しきってしまったので、ブッドレア君にまだ気力が残っていれば……ですがね。ミチル様、目が腐る覚悟はよろしいか?」
「ゾゾゾ!」
おまーはここに来る前にどんな悪辣拷問をやってきたんじゃい!
ミチルは一瞬だけ前言撤回したくなる。だが。
「ミチル……」
すぐ側の、ジェイがまるで迷える子羊さん。
いつもミチルに与えてくれる安心感はそこにはなかった。だから。
「大丈夫だよ、ジェイ! オレがついてるから!」
その大きな手をぎゅっと握ってやる。するとジェイはそこでようやく微笑んだ。
今は、オレがジェイを……ジェイの心を守るんだ。
ミチルはそう決めて、その手を引きながら、暗い暗い怖い怖い地下室へと案内されていった。
◇ ◇ ◇
ブッドレアが幽閉されているのは、ミチルが思い描いた鉄格子の「ザ・牢屋」ではなく、地下のとある一室。
外から鍵がかかる重たい扉を開くと、質素な調度品があるちょっとした部屋であった。さすが元大臣の処遇。
そのど真ん中に、粗末な椅子に縛られてぐったりしている老人がいる。
「はあーい、休憩は終わりですよー、ブッドレアくーん!」
クローバーが陽気な声で右手を一振りすると、ブッドレアは上背を起こし、ギョロっと目をひん剥いて悲鳴を上げる。
「うおおおおッ! 黒いイノシシ☆大暴走!」
どんな夢を見させられていたのだろう。額に滲む脂汗が全てを物語っているように見えた。
「あああ、プルケリマ! アアア、アルバトロス!!」
ブッドレアはミチルとジェイを交互に見て、さらに悲鳴のような怒号を上げる。
「私もいるぞ、ブッドレア」
「ヒアアア、ネモフィラァアア!!」
哀れ、栄光の国防大臣は今や狂気の叫びマシーンと化している。
彼の叫びが恐怖なのか、はたまた怒りなのか。ミチルにはどちらも感じ取れていた。
珍しく……ほんとに珍しく、ミチルが冴えている証拠である。
「あーもー、うっるさい。塞ぎますよ、あらゆる穴を……ねえ」
ヒッヒッヒ、と悪い魔女のように笑いながら、クローバーはブッドレアを黙らせた。
さすがは、森の大魔法使いの弟子である。
「さあ、ブッドレア。もう一度ミチル様の前でおしゃべりなさい。あなた、誰も知らないはずの亡国をどうやって知ったんです?」
どうもクローバーの言い方はまわりくどい。
ミチルは早くブッドレアがジェイを狙った理由が知りたいのに。
「……闇の魔租」
「はあ?」
ブッドレアの言葉は、ミチルには意味がわからなかった。
このおじさん、イノシシに潰される夢を見させられて、頭も潰れちゃったんじゃないの。
怒りに身を任せているミチルの思考は、いつもよりだいぶ物騒だ。
だが、すぐにその怒りさえ冷えていく決定的な言葉が。
「黒き角を司りし、偉大なる御方……」
あの男の影が。
「テン・イー様だ」
再びミチルの前に姿を見せた。
ジェイの素性を明らかにした後、クローバーはその反応を見ていた。
ミチルもジェイも、思っても見なかった事に動けずにいる。
「あ……」
とりわけジェイは、瞳に動揺の色が浮かび、所在無さげに棒立ちになっていた。
「……サクラの国ケラスス。亡国はそうも呼ばれています」
待っても時間の無駄と思ったのか、クローバーは話題を変えた。
「サクラ、とは亡国にのみ咲くピンク色の花だそうです。私も見たことはない。きっと誰も見た事がないでしょう、国の名前と同じでね」
「……知ってる」
ミチルは呟くような小声で反応した。
「桜は、オレの国の象徴的な花だ。オレの国の人間はみんなこの花が好きで誇りを持ってる」
こんな事を説明したところで何になる。
日本に何か関係があるって言いたいの? でも、今オレが知りたいのはそれじゃない。
ジェイが今、何を考えているのか。ミチルはそれだけが気がかりだ。
彼がこの事態をどう思うのか。それがまだ出て来ないうちに、どんどん話を進めるクローバーに苛立ちが湧いた。
「ほう、そうですか」
睨んでいるミチルに、クローバーは涼しい顔で相槌を打った。
その態度からは感情の底が見えなくて、気持ち悪くなる。それと同時にますます苛立った。
「ジェイの反応を待たないで話題を変えて。オレに関係してそうな事を言う。クローバーさんは何がしたいの?」
そう言うと、クローバーは一瞬だけその細目を開けてミチルを見た。それから揶揄うように笑う。
「……今回のプルケリマは少し
「なんだとぉう!?」
明確にバカにされたミチルは苛立ちマックスで思わず叫ぶ。
もちろんクローバーは怯まない。はっは、と声を立てて笑った後、軽い会釈で謝罪した。
「失礼。カリシムスの危機になるとプルケリマとしての能力が発揮されるのですね、貴方は」
「オレの事は後ででいいよ、今はジェイだ!」
ミチル自身に不思議事項が湧いて出てくるのは、もう慣れた。
そんな壮大なものよりも、もっと大切なものがすぐ側にある。
「ジェイ? だいじょぶ?」
ミチルが少しその体を揺すると、ようやくジェイは焦点の合った瞳をして聞き返した。
「う、うむ……まだよくわからないが、私に祖母がいるという事か?」
「……ふえぇ」
その言葉に、ミチルは泣きそうになる。
両親をすでに亡くし、天涯孤独だったジェイ。彼がまず気にしたのは、身分素性などではなく、まだ自分に家族が残されている可能性だった。
だが、それをあっさり砕くクローバーの冷たい事実説明が。
「ケラスス王女・ヨシノ様はすでにお亡くなりになっています。リンドウ氏が二歳の頃にね」
「てめえ、黙れえ!」
なんというデリカシーのない物言い! うちのじいちゃんだってそこまでじゃない、多分。
ミチルはジェイの代わりに怒ろうと一歩踏み出す。
しかし、ジェイはその肩を抱き、優しく首を振った。
「いいんだ、ミチル。ありがとう」
「ジェイぃ……」
その心痛を想うと涙腺ちょちょ切れそう。
だけど泣いてる場合ではない。泣く前にやる事がある。
そうだ、オレは怒ってるんだぞ!
「ジェイの素性がこれからどうなるのか。その話も悪いけど後にしてくんない?」
「……と、おっしゃいますと?」
飄々と立つクローバーに、ミチルはキッパリと言い放つ。
「あのクソ大臣だよ! なんでジェイにあんな酷い事したのか。てか、なんでジェイのお父さんを殺したのか! まずはそれを聞かなくっちゃ始まらない!」
「ほうほう」
軽い相槌に、ミチルの怒りはヒートアップしていく。
気づけば拳を振り上げて、地団駄踏んで主張していた。
「一度ならず二度までも! 人の背中を狙った所業、マジ卑怯! 正面切ってオレ達に『王家の末裔なんじゃああ!』とか言ったからには、その説明を本人から聞いてやるんだ!!」
「……なるほどぉ。なんて勇猛果敢なプルケリマ!」
言いながら乾いた拍手を打つクローバーは、笑いを堪えていた。
「うるさぁい! いいからクソ大臣の所に案内しろお!」
怒り爆発でジタバタするミチルに、クローバーは柏手を打つようにパンと高らかにひと叩きした後、微笑んだ。
「いいでしょう。ミチル様ご自身で反逆者ブッドレアの尋問をなさりたい、承知いたしました」
言いながらクローバーは、食堂の出入り口に向かう。その雰囲気を汲んで、ネモフィラ将軍も立ち上がった。ミチルとジェイもクローバーに付いて歩き出す。
扉に手をかけて、クローバーは殊更邪悪な細目でニヤリと笑いながら振り返った。
「まあ、私が尋問しきってしまったので、ブッドレア君にまだ気力が残っていれば……ですがね。ミチル様、目が腐る覚悟はよろしいか?」
「ゾゾゾ!」
おまーはここに来る前にどんな悪辣拷問をやってきたんじゃい!
ミチルは一瞬だけ前言撤回したくなる。だが。
「ミチル……」
すぐ側の、ジェイがまるで迷える子羊さん。
いつもミチルに与えてくれる安心感はそこにはなかった。だから。
「大丈夫だよ、ジェイ! オレがついてるから!」
その大きな手をぎゅっと握ってやる。するとジェイはそこでようやく微笑んだ。
今は、オレがジェイを……ジェイの心を守るんだ。
ミチルはそう決めて、その手を引きながら、暗い暗い怖い怖い地下室へと案内されていった。
◇ ◇ ◇
ブッドレアが幽閉されているのは、ミチルが思い描いた鉄格子の「ザ・牢屋」ではなく、地下のとある一室。
外から鍵がかかる重たい扉を開くと、質素な調度品があるちょっとした部屋であった。さすが元大臣の処遇。
そのど真ん中に、粗末な椅子に縛られてぐったりしている老人がいる。
「はあーい、休憩は終わりですよー、ブッドレアくーん!」
クローバーが陽気な声で右手を一振りすると、ブッドレアは上背を起こし、ギョロっと目をひん剥いて悲鳴を上げる。
「うおおおおッ! 黒いイノシシ☆大暴走!」
どんな夢を見させられていたのだろう。額に滲む脂汗が全てを物語っているように見えた。
「あああ、プルケリマ! アアア、アルバトロス!!」
ブッドレアはミチルとジェイを交互に見て、さらに悲鳴のような怒号を上げる。
「私もいるぞ、ブッドレア」
「ヒアアア、ネモフィラァアア!!」
哀れ、栄光の国防大臣は今や狂気の叫びマシーンと化している。
彼の叫びが恐怖なのか、はたまた怒りなのか。ミチルにはどちらも感じ取れていた。
珍しく……ほんとに珍しく、ミチルが冴えている証拠である。
「あーもー、うっるさい。塞ぎますよ、あらゆる穴を……ねえ」
ヒッヒッヒ、と悪い魔女のように笑いながら、クローバーはブッドレアを黙らせた。
さすがは、森の大魔法使いの弟子である。
「さあ、ブッドレア。もう一度ミチル様の前でおしゃべりなさい。あなた、誰も知らないはずの亡国をどうやって知ったんです?」
どうもクローバーの言い方はまわりくどい。
ミチルは早くブッドレアがジェイを狙った理由が知りたいのに。
「……闇の魔租」
「はあ?」
ブッドレアの言葉は、ミチルには意味がわからなかった。
このおじさん、イノシシに潰される夢を見させられて、頭も潰れちゃったんじゃないの。
怒りに身を任せているミチルの思考は、いつもよりだいぶ物騒だ。
だが、すぐにその怒りさえ冷えていく決定的な言葉が。
「黒き角を司りし、偉大なる御方……」
あの男の影が。
「テン・イー様だ」
再びミチルの前に姿を見せた。
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