ジェイの章 私の誇り尊き天使

 ジェイを狙った暗殺者、サポニンは捕縛された。
 ここまではクローバーの血の滲む……もとい酒の滲む苦労による計画通り。

 残るは首謀者、大臣ブッドレア。
 それも執務室を衛兵が取り囲み、袋の鼠状態らしい。

 ネモフィラ将軍はジェイを連れて、揚々と背筋を伸ばして大臣逮捕に乗り込んだ。
 その後ろをクローバーとミチルが追いかける。

「ねえ、クローバーさん」

 ミチルは自分なりの不安を、魔法顧問(クソ魔ジジイ小)に打ち明けた。

「あのさ、あの、サポニンが使ってた矢……」

「特殊な魔法石のですか?」

「うん、そう。あれって正体はわかってるの?」

 ミチルがそう聞くと、クローバーはうーんと唸ってから首を少し傾げた。

「そうですねえ……推測なら出来てるんですけどねえ」

「それって——」

 どんなもの、と聞いている時間はなかった。
 先頭の将軍とジェイが、大臣の執務室入口に到達したのだ。



 大臣ブッドレアの執務室。重たく豪華な扉の向こうでは、物音ひとつ無い。

「……静かですね」

 ジェイが訝しむと、将軍も少し唸って顎を触る。

「むう……まさか自決などはしていないと思うが」

 二人が戸惑っている間に、クローバーとミチルも追いついた。
 扉の向こうに異様な雰囲気を感じ取って、クローバーは細い目を開ける。

「将軍、お気をつけくださいね。追い詰められたネズミは何をするかわからない」

 そんな事を言われた将軍は、殊更姿勢を正し、厳しい口調で返す。

「誰に向かって言っている」

 腰の剣を構え、執務室のドアノブに手をかけた。

「私はカエルラ・レグルス青き獅子の心臓の名を賜った将軍ネモフィラである!」

 青き獅子将軍は、大きなドアをドバッターンと派手に開く。

「逆臣ブッドレア! 逮捕す……ウアァア!!」

 派手に開いた扉の中から、どす黒い風がぶわっと吹いて、将軍の体を吹っ飛ばした。

「将軍!」

 駆け寄るジェイに、ネモフィラ将軍は勇敢にも部下を鼓舞する。

「アルバトロス、目を逸らすな! お前の敵は目の前にいる!!」

「はいっ!」

 勇気づけられたジェイは、同じように大剣を構え扉の中にいるであろう人物に向き直った。
 そこにいたのは……

「いけない! 下がりなさい!」

 クローバーの咄嗟の叫びは少し遅かった。
 部屋の中、黒い靄に囲まれた大臣は、暗い瞳のまま、頬をピクリとも動かさない。
 ただ、右手を少し掲げて、静かに言う。


 
「——死ね」


 
 その言葉とともに、黒い刃がジェイの胸に音もなく刺さった。

「……ッ!」

 大臣執務室の扉前。
 ジェイの大きな体が、ゆっくりと倒れ込む。

「ジェイ————ッ!?」

 今、何が見えたのだろう。
 ミチルは目の前の光景が信じられなかった。

 ジェイの胸に、なにか、黒い刃が飛んできて。
 そうしたら、そこでジェイが倒れてしまった。



「ジェイ! ジェイッ!」

 棒立ちのクローバーを押し除けて、ミチルはジェイの元に駆け寄る。

「やだ……っ、しっかりしてえ、ジェイィ!」

 力を無くした大きな体を、ミチルは懸命に抱き上げた。
 仰向けになったジェイの胸元。真っ黒いナイフ……とも呼べないような剥き出しの刃が刺さっている。

「ウソでしょお、ジェイ。やめてよ、ダメだよ……起きてよお……ッ!!」

 ミチルの声にも反応を示さず、ジェイは昏倒していた。
 刺された胸からは血は流れていない。代わりに、黒い靄がジェイの体に入り込んでいるようだった。



「まんまと最後っ屁をかましてくれましたね、ブッドレア……」

 クローバーが一歩踏み出して、大臣に向かい合う。
 ブッドレア大臣は口端に微かな笑みを浮かべていた。

「……異世界へのゲートは閉じねばならぬ」

 ミチルには、ブッドレアが何を言っているのかわからなかった。
 代わりにクローバーが聞き返す。

「異世界……? ミチル様の故郷の事で?」

 名指しされて、ミチルは不安と恐怖の中、急な怒りが湧いてきた。

「だったら! オレを狙えばいいだろ!」

 どうしてジェイを狙ったの。
 プルケリマであるオレならわかる。今まで何度もそんな事があったから。

 最初からオレを狙えばいいのに。
 なんでオレの大切なものを刺したの!?

 涙が溢れる。
 ジェイを失う恐怖に負けてしまいそう。
 こんな理不尽に、一瞬のうちに、最愛を失う恐怖に。



 だが、ミチルのそんな想いを、ブッドレア大臣は冷たく否定した。

「プルケリマの話ではない……」

「え……?」

 大臣は倒れたジェイを指差して、憎しみが混じる声で高らかに叫ぶ。

「そいつはケラスス王家の末裔なのだ!」

 ……はい?

「ナニソレ……?」

 こんな土壇場で、初聞き単語。
 ミチルは思わず目を丸くし、涙が止まる。

「ワケ……わかんねえこと言いやがって」

 涙が止まれば、怒りが加速する。
 大臣の言っている事はわからないが、少なくともジェイへの恨みではない事はわかった。
『ケラスス王家の末裔』とかは知らない。
 ただ、ジェイ自身を見もしないで、知らない理由で殺そうした事が許せない。

「む……」

 ミチルに睨まれたブッドレア大臣は少し怯んで、一歩後ずさる。
 その瞳は、蒼く輝いていた。

サケル・プピラ聖なる蒼き瞳……」

 クローバーは思わずその言葉を口走る。
 ミチルの輝きの前に、跪きたくなるほどにその場の全員が圧倒されていた。



「う……」

 昏倒していたジェイの左手が動く。

「ジェイ!?」

 その指先にはまる指輪。
 ミチルが与えたエンゲージ。

 蒼く光る。
 指輪が光る。それに呼応するように、ジェイの大剣も蒼く光った。

「ふわあぁ……!」

 ミチルの胸が騒ぐ。不安や恐怖が一気に無くなっていった。
 わかる。この蒼い光は、ジェイを助けてくれる。

 指輪と大剣からの光が、ジェイの胸に渦巻いていた黒い靄を取り払った。同時に刃も霧散している。
 ジェイの胸には傷なども一切ついていなかった。

「ミ、チル……」

「ジェイ! 良かった、もう大丈夫だよ!」

 蒼い光が救ってくれた。
 奇跡の行使? それはよくわからない。
 だけど、オレ達はこんな危機、奇跡で乗り越えられる。

「ああ、ミチル……」

「ジェイ……」

 だってオレ達は。

「愛してる……」



 胸をブッ刺され、半狂乱の末に、なんか蒼い光で助かって、むっちゅっちゅ。
 もう恥とか関係ない。ちゅっちゅ、ちゅっちゅで愛を確かめ合うミチルとジェイの姿に、その場の全員がシラけていた。

「な、何故だ……」

 いや、ただ一人。そうではない者がいる。

「お前の父親はこれで殺せたのに!」

 大臣は腰が抜けそうなほどの悲痛な叫びとともに、膝を落とした。
 そこに青い獅子将軍の猛追!

「国防大臣ブッドレア!!」

「ひい、あぁ……ッ!」

 ネモフィラ将軍は、その顔の前に剣先を向け、高らかに宣言する。

「近衛隊長リンドウ・アルバトロス殺害。カリシムス・ジェイ・アルバトロス暗殺未遂容疑で逮捕する!」



 ミチルとジェイが、復活のペロペロチュッチュをしているうちに。
 巨悪がようやく撃ち落とされたのである……!
14/16ページ
スキ