ミチルの章 新しいオレの存在証明

「遠い遠い海を渡って、そのままお空に行ってしまったよ。お空の高いところにね」



 青い空。それよりも遥かに深い青い海。
 船の上で同時に見た青が、時折鮮明に思い出される。

 法皇は、机の上にペンを置いてため息をひとつ。
 幼いままで残してきた大切な存在の、もう思い出せない声が聞こえた気がした。


 
 遺した世界で、あの子はどう生きたのだろう。
 時折は自分を思い出してくれただろうか。

 いや、その必要はない。忘れていて欲しい。
 今の自分は、あの子とは全く別の存在になっているのだから。



「ねえ、じーちゃん、この人だれ?」



 あの子によく似た声がした。
 とても近い所で。

 そうだ、あの子もそんな歳になるかもしれない。
 孫を膝に乗せて、思い出話を語るかもしれない。



 法皇はそんな想像をして、独り笑う。
 忘れて欲しいと思ったばかりなのに、思い出して欲しいとも願うだなんて。

 椅子から立ち上がって窓を開ける。
 見上げた空は青く澄み渡っていた。

 人の手によって毎日変わらぬ青空。滑稽だと思う。
 それでも空は美しい。あの子の上にも、青空があるだろうか。


 
 もしも、同じ空を見上げる時が来たのなら。
 ワタシは全身全霊で、その空を晴らすだろう。






 ◇ ◇ ◇






「繋がった……」

 闇にまみれた老体が嗤う。

「聖なる孫に、今、印が刻まれた」

 妄執に駆られた老人は、低く喉を鳴らした。



 喚ぶがいい。
 正常ではないイレギュラーと知らずに。
 喚び求めるがいい。



 老人はほくそ笑みながら、撒いてきた種が芽吹く予感に震える。

「血脈を継ぐ者……」

「扉の護人……」

「祈りの血筋……」

「禁断を食した者……」

しゅの授かりもの……」

 それから

「世界を裁く、黒き竜……」



 誰が選ばれるか。
 誰を選ぶのか。

 どう選んでも、答えはひとつ。



「ワシに、世界の全てを教えよ」

 否。



「ワシが全てを知り尽くすのだ……」



 


 ◇ ◇ ◇






「じいちゃん! 行ってきます!」

 ワタシはこの子を送り出す。
 理不尽に喚び寄せた。それでも己を見失わなかった強い子。

「風邪など引かぬようにな」

 この子は己の意思で、取りこぼしたものを探しに行く。
 その手で選び取った伴侶とともに。

「やだもう、じいちゃん! コドモじゃないからぁ!」

 ミチル。ワタシの大切なマゴ。
 お前を阻むものは、全てワタシが取り除こう。

「行っておいで」

 送り出す。
 この子は己の力で羽ばたいて行く。



 空は、蒼く澄みきっている。







 序章「ミチルの章」  終



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 6月29日(月曜日)20時 ジェイの章を開始します!
 以降は毎週月水金20時に一話ずつ公開予定
 どうぞよろしくお願いします

 (陳謝)
 ミチルの祖父(亨)の呼称を「じーちゃん」に変えさせていただきました。
 エーデルワイス(充)の呼称は「じいちゃん」のままです。
 この場を借りてお詫びいたします。
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