ミチルの章 新しいオレの存在証明

 初夏の爽やかな風が吹く。
 カエルラ=プルーマって季節あるかな、とかそんなのは適当に考えよう。
 中庭の木陰でまったり休憩中。ミチルのいつものダラダラプレイスだ。今日はルークも一緒である。

「へっ、へっぷし」

 風を感じ過ぎた。今日はちょっと強い。ミチルはあまり可愛くないくしゃみを連発している。

「ミチル! だいじょぶ? 転移しちゃうっ!?」

 傍らで、そのルークがおろおろ慌てていた。ミチルのくしゃみ→ランダム転移、という思考があるためだ。

「んーん、大丈夫だよ、ルーくん」

 だが、ミチルは知っている。
 どの・・くしゃみが「転移する」ヤツなのか。そうでないのかを。
 ミチルにしかわからない直感なので、イケメン達はミチルがくしゃみをするたびに大慌てである。

 だからミチルはそうでない・・・・・くしゃみを我慢するようになった。
 逆を言えば、我慢できるくしゃみは転移とは関係ない。最近その事に気づいたミチルは、自分のくしゃみ転移体質を少し理解できた気になっている。

「ほんと? ミチル、どこにも行かない?」

 心配でしょんぼりワンコなカレピが尊すぎる。
 ミチルはルークの頭をよしよし撫でながら微笑んだ。

「行かないよお。ルーくんとずーっと一緒だよ♡」

「ああ……ミチル」

 ドキッ。ルークの美麗な顔が近づいて、ミチルの胸は高鳴った。
 コレはアレですね。木陰でラブラブむっちゅっちゅの気配です。
 他のイケメン達、すまない。今は抜け駆けを許してくれい!

「ルゥ……くぅん♡」

 ミチルが目を閉じ、むちゅちゅを待っていると、またしても強めの風が吹いた。

「へっ、へあ、いっきし!」

 はい、ムードがぶっ壊れです。往年のコメディおじさんのソレが出てしまいました。

「……ふふ」

 ルークは驚きで一瞬目を丸くした後、ミチルの唇を人差し指でふにっと触って笑った。

 おのれえええ!
 にっくき強風めえええ!
 オレになんの恨みがあるんだ、黙ってチューさせろおおお!

 ……と、怒り狂いたい衝動を抑えてミチルも愛想笑いで誤魔化した。
 惜しい。惜しすぎる。ゆえに悲しい。

「そうか、今、アルテミプリンの花粉、飛ぶ頃ね」

「へっ、ナニプリンだって!?」

 ミチルはあの黄色いぷるぷるデザートを思い浮かべて、急に声を弾ませる。
 こんなんだから「セイソンなのに意地汚い」とエーデルワイスに怒られるのだ。

「ううん、ミチルの好きなプリン、違う。カエルラ=プルーマ、ハーブたくさん生えてる。その花粉、魔力持ってる。今頃の風に乗って、繁殖するよ」

「ほえー、そうなんだなあ」

 では、最近の「我慢できるくしゃみが我慢出来ない」原因はその魔法花粉だ。
 地球で言えばスギとかヒノキ花粉だろうか。おのれ、異世界に来てまでもオレは花粉症なのか。
 ミチルはまだ見ぬなんとかプリンが憎くなった。



「おおーい、ミチルー! このやろー!」

「あ。エリオットだ」

 中庭を歩いてくるおかっぱイケメン。遠目からでもわかる美貌を携えて、ミチルのカレピがもう一人やって来た。

「探したぞ、オメー」

 エリオットは少し肩で息を吐いて、芝生に座るミチルとルークを見下ろした。

「エリオットさん、どうしたの、です?」

「どうしたの、じゃねえよ! ルークは目を離すといっつもミチルにベッタリしやがって」

「うへへ。ぼく、ワンコ枠ね。ワンコはマスターのそば、いつもいる、です」

 ルークの強力な優位性は同い年タメという点にある。エリオットは一応・・年上だが、別側面で考えたら「弟枠」だ。何かにつけてコドモ扱いされる事、しばしば。
 王子様なら絶対しない舌打ちをしてから、エリオットは本題に入った。

「チッ、まあいい。ミチルよぉ、オメーのおはなあむあむ転移だけどよ」

「ちょっと! えっちな名前つけないでよ!」

 ミチルは急に恥ずかしくなってしまった。イケメンにお鼻をあむあむされると、ホンモノ・・・・っぽいくしゃみが出そうになるのだ。

「じゃあ、お♡♡ムズムズ転移だけどさ」

「おおい、伏せ字に悪意があるぞ! おはなムズムズ転移ってちゃんと言え!」

 ミチルは更に真っ赤になった。そこを隠すと違うトコを妄想しちゃうでしょ!

「あーもー、どっちでもいいよ。例のムズムズ転移をさ、今、クソチビ法皇に聞いてるトコ」

「えっ、そうなの?」

 そんな重要な事を曽祖父に聞いているだなんて。ミチルは驚いて立ち上がる。

「今頃は、他のヤツらも集まってるだろうよ。てか、お前がいねえと始まんねえだろ」

「そ、そだね、わかった。行こ、ルーク!」

 ミチルは慌ててルークを振り返る。するとルークはすでに立っていて、「わん♡」と返事してからミチルの手を握った。

「だーかーらー! ルーク、オメー、マジ油断ならねえなあ!」

 エリオットはルークの自然なエスコートに嫉妬しつつ、ミチルのもう片方の手を握る。

「やだあ♡ たまんねえかよぉ♡」

 ミチルはルークとエリオットに挟まれて、悦に入ったまま法皇の執務室に向かった。



「来たか」

 おてて繋いでランララーン、の気分も帳消しになるほどの冷淡さがミチルを迎えた。
 法皇エーデルワイスはミチルの厳しい曽祖父でもある。ミチルがルークとエリオットに甘えながらルンルンしているのを、視線だけで諌めていた。

「……うっす」

 肉親に叱られれば、さすがのミチルもしおらしくなる。イケメン二人の手を離して、後ろ手を組み、左足をやや前に。体育で習った休めの姿勢である。つまり、今のミチルは厳しい体育の先生を前にした気持ちであった。
 そうして落ち着いて周りを見れば、ミチルのカレピ達が勢揃い。ミチルに向けて優しい笑顔をくれるので、口元が緩んでしまう。

「にへへえ♡」

「……では話の続きを。ミチルはオナハヲアムアムサレルトテンイデキチャウ、と言ったか?」

 エーデルワイスが一部棒読みなのは、溺愛マゴと激憎ムコのラブラブ行為を形容したくないからである。
 だが、それを突っ込んでいても話題が進まないので、ムズムズ転移の提唱者であるエリオットがハキハキと答えた。

「おうよ! これはおれの勘だけどさ、例えばおれがミチルのお♡♡をあむあむすると、アルブスに転移出来るんじゃねえかな?」

 だからちゃんと「お鼻」って言って欲しい。変な妄想しちゃう。
 ていうか、コイツらはどうしてそんなに伏せ字が巧みなんだ。

 ミチルがあらぬ興奮を覚えていると、エーデルワイスはさらに眉をひそめて唸った。

「ううむ、本当にそのような転移方法が……? カリシムスの直感だから無下にも出来んが」

 ミチルとイケメン達は世界を救ったプルケリマとカリシムス。
 カエルラ=プルーマにおいて、これ以上の聖人はいない。カリシムスことイケメン達は、あらゆる点において人類の頂点だ。
 その意見を否定する権利は、法皇にもない。世界の真理に近い言葉なのである。



「ええー、ちょっと、いいんですかあ?」
「儂がお鼻あむあむだけで終われると思うか」
「むむ……我々がミチルのくしゃみを誘発するなど、危険なのでは?」
「まあ、やってみない事には何とも言えぬ」



 急遽集められた、アニーもジンもジェイもチルクサンダーも、少し懐疑的ではあるが「ミチルのお♡♡をあむあむ」する事はやぶさかではない。アニーとジンはわかりやすくニヤけているし、ジェイとチルクサンダーは冷静に見えるが鼻が膨らんでいる。

「エリオットさん、そう考える根拠、なに?」

 唯一慎重さを見せたのはルーク。だが、エリオットはあっけらかんとしていた。

「根拠ぉ? そんなもんはねえ。おれの天才魔法使いとしての勘だ!」

「ほんとかなあ……」

 偉そうにふんぞり返るエリオットに、ミチルも不安を隠せなかった。
 だいたいいつも調子に乗って、とんでもない事になるのだから。

 期待と不安が入り混じる空気を、エーデルワイスの杖がカツンと床を突いて中和させる。
 それから、法皇による最終決定がなされた。

「わかった。ではアルブス目指して転移を試みる。あそこにはペルスピコーズへのポータルがあるから、ワタシもついていけば危険はあるまい」

「ええー! そんなん出来るかな?」

 ミチルの不安はますます膨らんでいった。

「むっふう! やろうやろう!」

 ご指名されたエリオットの鼻もますます膨らんでいった!
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