【本編11】Final Meets 舞い降りた愛、生命そそぐ絆

 アーテル帝国に身を置き、チルクサンダー魔教会教祖として暗躍を繰り返していたテン・イー。
 彼はミチルと同じ、地球からの転移者だった。
 エーデルワイスの前世である坂之下さかのしたミツルに助けられた命が、複雑な運命と絡み合って彼を蝕んでいた。
 数えきれない悪事を重ねたテン・イーの、命の灯火は終わろうとしている。



「この世界にやって来て数十年……何故か私はこれ以上の年をとらず、強大な魔力を有していた」

 目の前の老体は、血反吐を吐きながらも喋るのを止めない。
 自分の最期に瀕して尚も自分の軌跡をわかって欲しいと訴える、そんな執念をミチルは感じた。
 背筋が凍る。これほどまでの強い思いを目の当たりにするのは初めてだ。

「世界の各地を転移で飛び回り、少しずつ知っていった。その過程で、ペルスピコーズ法皇のキナ臭い情報を入手した。ワシはすぐさま修行僧として教会に入った……」

「キナ臭い?」

 ミチルが聞くと、テン・イーは血反吐にむせながら答える。危機迫るような顔をして。

「法皇は……特殊な生まれの者である、という事。ワシに与えられた魔力の源が直感したのだ。法皇はに関係する者だと、な」

 与えられた魔力と、それを操る何かを常に感じていたと言うテン・イーは、苦しそうに咳き込みながらも続けた。

「最初はここではない世界……地球に関する事を調べようと思った。転移魔法を自在に扱えるようになっていたワシは、教会の極秘書庫にも難なく侵入した。そこで知ったのだ、現法皇エーデルワイスが異世界転生者である事を……」

 テン・イーの体が次第に崩れていく。体から黒い霧が放出して、それがテン・イーの命が散っていく事を物語っていた。
 それでもその瞳にはいまだ強い光を宿してテン・イーは言う。

「法皇エーデルワイスのかつての名が『ミツル・サカノシタ』だと知った時、ワシは運命の全てを悟った! ワシに命を譲りこの世界に転生した男が、今度はワシから全てを奪ったのだと!」

「そんな事……」

 ない、とどうして言えるだろう。
 ミチルは言葉に詰まってしまった。
 
 曽祖父の転生が全てのきっかけではあるのかもしれない。だけど曽祖父が命を落とさなかったら、クオンの命はそこで終わっていた。
 その方が良かったと彼は言うのだろうか。幸せの絶頂で全てを奪われるくらいなら、最初からいらなかったと。
 ミチルにはどちらが良いのか、わからなかった。



「ワシは教会を飛び出し、ワシにこんな運命を押し付けたカミを探した。盗んだ法皇のアルターエゴを持ち、この強大な魔力をカミの残滓探しに費やした。そんな時、反転したチルクサンダーを見つけたのだ……」

 テン・イーの言葉は次第に弱々しくなっていった。
 自分の内に燻る激情を吐き出したせいなのか、もう彼には時間がないのか。どちらにしても、テン・イーには途切れ途切れに語る力しか残されていない。
 その時が、刻々と確実に迫っている。

「後は知っての通りだ。アーテルに招かれ、チルクサンダー魔教を開き、世界の全てを手中に……」

「それが、其方の望みだったのか?」

 エーデルワイスの問いかけは厳しい口調だった。テン・イーの境遇は同情する、けれどやってきた事は当然許容できないという事だ。
 ここまで語っても相容れない両者。テン・イーは自嘲気味に笑う。

「ふっ、世界を掌握するのは主の望みだ。ワシは……なんだろうな、運命の意味を知りたかったのかもしれない」

「運命の……意味?」

「何故ワシはここまで生きたのか。ワシはこの異世界で何をするべきだったのか。ワシは……必要だったのか」

 テン・イーは瞳を閉じて、最後に呟いた。

「……世界は、教えてはくれないのに」

 それでも知りたかった。自分のを。



「……ワタシは法皇として、其方に許しを請うことは出来ぬ」

 エーデルワイスの言葉は至極当然で、テン・イーは世界の大罪人である。彼に謝る事は出来なかった。
 運命に弄ばれたという意味では、テン・イーもエーデルワイスもミチルも同じ事。そこに責任は発生しない。

 それでも、だからと言って目の前の男を断じる事も出来ない。
 エーデルワイスは最大の譲歩をもって言葉を結んだ。

「だがクオンよ……迷惑をかけた」

「……」

 その言葉で、テン・イーは肩を落とす。満足したのか落胆したのか、それはわからない。
 ミチルはこの黒幕とされる人物の全てを覚えていなければならない。
 それが同じ運命を分けた者としての唯一の責任のような気がしていた。



「──ハハ! ハハハッ!」

 最期の力を振り絞ってテン・イーは起き上がる。
 体から黒い霧が激しく噴出していても、彼は最後まで悪役であろうとした。

「無念! ワシはどうやらここまでだ!」

「テン・イー! もういい!」

 エーデルワイスの痛いほどの叫びを、彼は死出の土産として持っていくのだろう。

「だが法皇よ、油断召されるな。ワシの意思は潰えない……」

「何!?」

 テン・イーはよろよろと倒れそうになりながら、横たわる彼の主のなきがらに近づいた。

「我が君、シャントリエリ様にワシの遺志を託す。必ずや、その野望をお果たしになるだろう」

 ぐっと拳を握る。黒い、黒い闇が一雫、シャントリエリの体に落ちようとしていた。
 それは、体に落ちる直前に微かに蒼く光った気がした。


 
「あ、シャントリエリ……生きてる?」

 ミチルはその体が崩壊を止めたのを見た。
 みるみるうちに、彼は本来の姿を取り戻していく。
 
 すっかり正常な状態になって眠るだけの皇帝を確認して、テン・イーは笑った。
 実に悪役らしい高笑いで、その場の全員に向けて。
 テン・イーという「俳優」は、今、舞台から退場する。


 
「ハハハハッ! プルケリマよ、覚悟しておけ! 我が君は必ず再び立ち上がり、世界に君臨するのだ!」

 最後までイヤな奴!
 ミチルは大声でその「俳優」に別れを告げる。



「バーッカ! 皇帝なんか何度でもフッてやるよ!!」

 ほんとにコレ、言うと思ってなかったんだけど。


 
「オレにはなあ、六つの頼れるつるぎがついてるんだから!!」



 テン・イー、嫌い。
 皇帝はもっと嫌い!
 それでいい。


 
「ハハハハッ! 楽しみだ!」

 チルクサンダー魔教教祖、テン・イー。犯した悪事は数知れない。
 元修道士、スピナ。多数の同士を手にかけた。

 転移者、クオン。最期まで弄ばれた運命に抗っていた。


 
 ミチルはその姿を忘れない。
 その軌跡を辿る事のないように、この世界と共に生きる。



 黒い霧が散って、何も残らなかった。
 空は、青く澄み渡っている。
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