【本編11】Final Meets 舞い降りた愛、生命そそぐ絆

 ペルスピコーズ法皇がプルケリマ=レプリカを召喚するのは、カミの加護が地上から消えたためである。
 だが、レプリカとは言えカミの系譜に連なる存在と同等の者を、どうしてカミからの援助もなく召喚出来るのか。

 いや、援助はあったのだ。数千年も前から、地上には微かだけれどカミの残滓が残っていた。
 その残滓こそが、記憶を失う以前のチルクサンダーだとテン・イーは堂々と宣言する。

 そしてチルクサンダーは既に聖なる力を失っており、エーデルワイスがミチルの召喚を試みた時には、地上にはカミの残滓すらなかった。大きなリスクを背負って召喚されたミチルには数々のイレギュラーが存在する。

 ミチルが召喚後すぐに行方をくらませたのも。
 絆を結んだカリシムスが同性だったのも。
 カリシムスが多数出現してしまったのも。


 
「オレの、召喚は……失敗だった?」

 とんでもない事実に、ミチルは呆然と立ち尽くす。
 テン・イーはその様を見下すように笑って評した。

「フッ、当代レプリカ……セイソン・ミチル。お前はその通り、失敗作だ。だが、それにしてはよくやった。多数のカリシムスを持ちながら、いまだ健在の様子、見事である。普通ならばとっくに魂が砕けているぞ」

「……ッ!」

 偉そうにそんな事を言われて、ミチルはテン・イーを睨みつける。
 
 ふざけるな、オレ達がどんな思いで命の危機を乗り越えて、ここに立っていると思う!?
 みんな胸が張り裂けるほどの覚悟をしてきたんだ。そんな一言で片付けるな!

 ミチルはそう怒鳴ってやりたかった。
 だけど、言葉が出ない。「失敗作」と呼ばれた事が、頭に重くのしかかっている。



「ふざけんなよ! だぁれが失敗だってえ!? この陰険ハゲが!」
「シウレンほど愛らしい合法美少年はおらぬのだぞ!!」
「オメー、自分の顔見てから言うんだなァア!」
「私はミチルだからこそ恋に落ちたのだ!」
「ミチル、ぼくの愛! ミチルだから、ぼくの愛!!」

「……」

 チルクサンダーを除くイケメン五人は口々に怒りのままテン・イーを罵った。
 ミチルはそれで少し心が軽くなる。
 それからようやく、黙り続けるチルクサンダーが心配になった。



「スピナ、ワタシのマゴを侮辱する事は許さん」

 ミチルとチルクサンダーの沈黙を置いて、事態は刻々と変わる。
 言葉が出ないミチルの代わりに、エーデルワイスの鋭い視線がテン・イーを刺した。
 だが目の前の老人は、ますます愉快そうに言う。

「ふふふ、嬉しいですなあ。とうに捨てた名で呼んでいただけるのは……」

 慇懃無礼な口調にわざと戻してテン・イーは笑っていた。
 その後、とても暗い視線でエーデルワイスをねめつける。

「しかし、名の方は覚えていてもらえなかったようですな……」

「何?」

「……まあ、それはよろしい。今は貴方の方が絶体絶命だ。我が帝国の包囲をどうなさいます?」

 再び挑戦的になったテン・イーの言葉に、エーデルワイスは顔色を変えずに聞く。

「その前に、これだけの軍勢をどうやって移動させた? 其方が一人でやったのか?」

 すると、テン・イーはどす暗く口端を上げて笑った。

「……そうだと言ったら?」

 おそらく世界トップレベルのドヤ顔である。
 調子づかせてはならない相手だ。エーデルワイスは勤めて冷静に受け流そうとした。

「あり得ない……とはもはや言えぬ。其方の実力は認めよう」

「おや、驚いていただけないとは少々寂しいですな……」

「先日、チルクサンダーをあのような姿にして見せたのだ。其方にかかれば、数万の兵士を一夜にして移動させるなど容易であろう」

「ふふ。そうですね、まさにと言ったところ……」

 テン・イーのふざけた物言いに、エーデルワイスはついに顔をしかめる。
 呑気に会話で遊んでいる場合ではない。己の背には、世界とマゴの人生がかかっているのだ。
 エーデルワイスは厳しい表情で、杖を構える。それは戦闘体制と言って差し支えなかった。

「これ以上の会話は不要。其方にはワタシが直々に引導を渡してやる」

「えぇじいちゃん!?」

 この場の全ての責任を持つつもりだ。ミチルには一瞬でそう感じられた。
 それが法皇の矜持であると言われたとしても、ミチルにとってはこの世界で唯一の肉親。

 引き止めなければならない、何としても。
 じいちゃんに死んでなんか欲しくない!

「お一人で戦うおつもりで? ワタクシの後ろには数万の軍隊がいるのですよ?」

 挑発してくるテン・イーを真っ直ぐ睨んでエーデルワイスは言う。

「其方を止めれば後は有象無象。後方の軍勢はカリシムス達に牽制させる」

「エッ!?」

 急に振られて、イケメン六人は素っ頓狂な声を上げた。

「当代のカリシムスは一騎当千、いや一騎当万の美丈夫である。たかが帝国の兵士などに遅れはとらぬ」

 エーデルワイスの言葉に、イケメン達は慌て出す。



「勝手に一人一万を割り振るなぁ!」
「……ふっ、面白い」
「おいおい、いいのか? おれの特大雷魔法が聖堂ごとぶっ壊すぜ」
「やるやらない、ではない。やるのみ……ッ!」
「が、頑張ります……!」

 そしてそれまで黙っていたチルクサンダーも、ようやく意を決したように口を開いた。

「……細かい事情を詮索するのは後だ。我が三万はもってやる」

「チルくん……」

 ミチルの胸には不安が広がっていく。
 だが、同じカリシムスである彼らは頼もしげに笑った。

「よおーっし、そんならおれは五万だぜっ!」
「バカ、そんなにいねえよっ!」

 暴れたくてウズウズしているエリオットを、アニーがウキウキで突っ込んだ。
 いやいやいや、一対一万とか、どんな怪獣だお前らは。とミチルも心で突っ込むけれど、不安は消えない。



「誤解を招いたようですまないな……」

 皇帝シャントリエリが言いながら一歩出る。と、同時にテン・イーは一歩退がった。まるで阿吽の呼吸である。
 テン・イーを標的に定めていたエーデルワイスは少し面食らってしまう。
 そんな戸惑いを綺麗に無視して、シャントリエリは言った。

「後ろの軍勢は、大将首を取った後の制圧要員だ。直接戦闘を行う訳ではない」

「何……?」

 では誰が戦うと言うのだ。
 退がってしまったテン・イーではもはやないだろう。エーデルワイスは困惑に眉をひそめる。

「余の忠実な部下であるテン・イーは、大いなる力を振り絞って帝国軍をここまで送ってくれた。此奴の役目はおおかた終わっている」

「へええー! じゃあ誰がヤルってんだ? 皇帝が直々におれ達とバトんのかよ!?」

 戦いが起こるとエリオットはいつもこう。大興奮で頬を紅潮させながらシャントリエリを挑発した。
 それに乗った……と言うにはあまりにも早合点であるが、シャントリエリは静かに口端を上げて頷いた。

「おいおい、マジかよ……」

 息巻いているエリオットの横で、アニーは薄く笑って怯んでいた。
 目の前のシャントリエリから「黒い気配」を感じていたからだ。



「テン・イーはすでに疲労の極地。役不足ではあるが、この余がお前達の相手をしよう」

 金髪ソフモヒ頭が、チラチラと黒く光る。

「まさか……この気配は」

 ジェイはすぐさま一歩前に出て大剣を構えた。
 カエルレウムの騎士である彼だからこそ、目の前で起こるであろう変化の兆しを悟る。

「エーデルワイス、ミチルとともに後ろに退がれ」

 チルクサンダーもジェイと並び立った。
 かつて自分も同じモノであったからこそ、その予感をすでに確信に変えている。



「テン・イーよ! だ!」

 皇帝シャントリエリの命令がその場に響き渡った。

「かしこまりました、我が君……ッ!」

 テン・イーは恭しく一礼した後、懐から黒く禍々しい角を取り出す。
 それは、かつてラーウスでも使われたチルクサンダー魔教会の秘宝。

 チルクサンダーの、奪い取られたもう片方の角。

 テン・イーは黒い角に魔力を込めると、シャントリエリめがけて飛ばす。
 それはシャントリエリの背中に突き刺さり、そのまま体内へと沈んでいった。

「ク、ウゥ……クク、ククク……」

 黒い影に覆われながら、シャントリエリは気丈にも笑い続けていた。

「クハハハ! ハハハハ……ッ!」

 常軌を逸した高笑いとともに、人の姿を失っていく皇帝シャントリエリ。



「あ、なに、これ……」

 ミチルは目の前で起こった事が信じられずにいた。
 今までも何度か見た光景だった。
 けれど、今回は確実に全てが違う。



 太古の獣が目覚める。
 皇帝の誇りとともに、紅い瞳をした黒い巨体が。
 青い空を埋め尽くそうとしていた。
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