【DKBL】お弁当男子が食べられるまで

「あー、うめえ! 切り干しサイコー。もっと切り干し大根に場所とってくれよ」

 リョウの手製の弁当をかっこみながら、ナルミは上機嫌で言った。

「あのなあ、ちゃんとよく噛んで食べろ。野菜の量はそれがベストだ、タンパク質もちゃんと取らないとダメなんだぞ」

 リョウがそう言い返すと、ナルミは箸で切り干し大根を摘んだまま、さらに言い返す。

「わかってるけどさあ、俺を野菜の道に引きずり込んだのはお前だろ。責任とってくんねえと」

「怪しい言い方をするな! それに濃い味付けした野菜しか未だに食べないくせに、生意気言うな」

「ええー」

 少し不貞腐れながらも、弁当を食べる手が止まらないナルミの様子を、リョウは満足して眺める。
 白米に合うように味付けされたもの限定とは言え、よくぞここまで野菜を食べるようになったと、リョウは自分の功績に酔いしれた。

「ほら、今夜のおかず」

 リョウが更に取り出したいくつかのタッパーを見て、ナルミは弾んだ声を出した。

「今日はナニ?」

「きんぴらゴボウと、生姜焼き。それからコールスロー」

「うひょー! 今夜も祭じゃあん!」

 リョウにすれば大したことないラインナップだが、ナルミは両手をあげて喜んだ。
 とても、自尊心が刺激される。

「ちゃんとご飯炊いて食べろよ。それからインスタントでいいから味噌汁も飲め」

「うんうん、わかってる。悪いな、母ちゃんの分まで作ってもらっちゃって」

 二人分のおかずが入っている特大タッパーを、ウキウキして見ながらナルミは笑っていた。

「気にすんなよ。業務スーパーで安く大量に食材買ってるからさ」

 リョウがそう答えると、ナルミは少し躊躇いながら何かを言おうとしていた。


 
「あ、あのさ、リョウ……」

「うん?」

「実はさ、ウチの母ちゃん、今度夜勤から日勤になったんだ」

「そうなの? 良かったね!」

 昼夜逆転で働いているナルミの母のことはリョウも心配していた。
 だからこそ、二人分の完璧なおかずを作って支えていたつもりだ。
 朝ちゃんと起きて、ご飯が食べられる生活になることはかなりの朗報だ。

「そしたら、母ちゃん、ヤケに張り切っちまって。これからは俺に弁当も作るし、夕飯だってきちんと作るって言い出して……」

「え……」

 リョウはその言葉に体の力が抜けた。
 親が食事を作れるようになったのは、本当に喜ばしいことなのに。
 リョウの心には突然穴が開いて、冷たい風が吹き抜けるようだった。

「今までロクに料理したことねえんだから、無理すんなよって言ったんだけどさ。でも母ちゃんがやる気を出したなら、どこまでやれるかわかんねえけど、見守ってやりてえなって思ってさ」

「うん……そうだね。ナルミだって、ご飯炊くくらいは出来るしね……」

 泣きそうだ。
 お門違いは充分わかっているのに。
 自分の「役目」を取られて、リョウは視界が暗くなってしまった。

「で、でもさ!」

 明らかに意気消沈したリョウを見て、ナルミは慌てる。

「俺はリョウの弁当が好きなんだよ、これからも食べたいって思ってる。母ちゃんだって急に毎食用意するなんて絶対無理だ!」

「うん……?」

 早口のナルミの言葉は、ショックも相まってリョウにはよく聞こえなかった。首を傾げていると、ナルミは耳まで真っ赤にして言った。

「だ、だからぁ! 母ちゃんには、昼メシはいらねえって言った。リョウに弁当作ってもらうからって!」

「え──」

 まだオレは、必要とされている?
 そんな期待を込めた目で、リョウはナルミを見る。

「勝手に決めて悪いとは思うけど……それでいいだろ?」

「オレ、まだお前に弁当作って……いいの?」

「俺はお前の弁当じゃないとヤなんだよっ!」

 照れながら言うナルミの顔が、リョウにはとても愛おしかった。

「うん! 良かった」

 ナルミに必要とされていることが、こんなにも嬉しい。

「……あのさあ」

「ん?」

 ふと、ナルミの顔が近づいた。その目は熱っぽくリョウを見つめている。

「俺がお前の弁当が好きなのは、お前のことが好きだから。なんだけど?」

「えっ……」

 ナルミの指が、リョウの頬を撫でた。
 リョウは視線で縫い留められて動けなくなる。
 心臓が、とてつもなく早く動き始めた。

「ここに引きずり込んだのはお前なんだから、お前が責任とってくれるんだよな?」

「え、あ……」

「俺が本当に食べたいのは、お前なんだよ」

 そう言いながら、ナルミはリョウに口付けた。

「あ……っ」

 唇を何度も喰まれて、リョウは体の力が抜けていく。
 そんな願望はあった。
 ナルミに、弁当じゃなくて自分を食べて欲しいって。

「ナル、ミ……」

 リョウの下腹部をまさぐって、ナルミは「ああ、腹、減ったな」と微笑んだ。

「今日の昼メシは、お前だ……」

 青空の下、ランチタイムを延長した二人は午後の授業をサボってしまった。
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