【DKBL】お弁当男子が食べられるまで

 昼休みのチャイムが鳴った。
 リョウが階段を駆け上がり屋上に向かうと、すでにナルミの姿があった。

「おせえ!」

 フェンス前。陽の当たるいつもの場所。
 ふんぞり返って胡座をかいているナルミを見下ろして、リョウは言った。

「お前が早過ぎるんだ! チャイムが鳴ってすぐに来たんだぞ。まさか、お前、サボったりしてないよな?」

「チッ、バレたか」

 悪びれずに言うナルミに、リョウの蹴りによる制裁が飛んだ。

「おーまーえーはぁ! 授業サボるなってあれほど言ってんのに! もう高三だぞ、ちゃんとしろ!」

「だぁってえ、腹減ってよ、授業なんて頭に入らねえんだもん」

 その言い訳に、リョウは肩で息を吐いた。

「朝メシくらい、ちゃんと食えよ……」

「母ちゃんがサァ、メシ炊かずに寝ちまうんだ。そんで全然起きてこねえ」

「おばさんのせいにするな! 米の研ぎ方とタイマーのかけ方は教えただろ!」

 リョウの声が屋上に響き渡る。ここが誰も来ない場所で良かった。
 しかしナルミは全く意に介さず、小指で耳をほじりながら面倒くさそうに言った。

「うるせえなあ、さっさと弁当出せよ」

「お弁当ください、飯塚様だろぉ!」

「へえへえ、飯塚オカン、弁当ちょーだい」

 全く反省しないナルミの顔面に、リョウは持ってきた弁当のうちのひとつをグリグリとこすりつけた。

「むっ、ほっ、ひひにほひはふふ(イイ匂いがする)……」

 鼻声だが、うっとりして喜んでいるナルミの反応を見ると、リョウは今までの怒りがどうでもよくなった。
 それでやっとリョウはナルミの隣に座る。

「わお! 今日は切り干し大根じゃねえか!」

 もらった弁当のフタを開けて弾んだ声を出すナルミに、リョウは呆れて応えた。

「切り干し大根はメインじゃねえよ。唐揚げが見えないのか?」

「バッカ、お前! 切り干し大根だけで白米が何杯食えると思うよ? さらに唐揚げが控えてるとか、祭か? 今日は?」

「ったく、お前は大袈裟だなあ」

 言いながらリョウはまんざらでもない。ナルミがこうして野菜が好きになったのも、自分の努力の賜物だと誇らしくなる。
 一年前は、野菜のやの字も口にしなかったのだから。


 
 ナルミと出会ったのは、二年生の頃。場所はこの屋上。
 その日、リョウは自分の弁当が恥ずかしくなって教室を逃げ出した。

 リョウには母親がいない。父親は海外を飛び回る商社マンで、家に帰らないこともある。
 年の離れた妹の面倒と、家事全般はリョウの仕事だった。

 父がまあまあ高給取りなので、洗濯はたまにコインランドリーで済ませるし、掃除は週に一回ハウスキーパーが来てくれる。
 だが食事だけはそうもいかなかった。家計費に余裕があるから出前をとってもいいのだけれど、育ち盛りの妹の栄養を偏らせるわけにはいかない。

 リョウは独学で料理を学び、就学前の妹のためにバランスのとれた食事を作っていた。
 その延長上に、弁当作りがある。保育園に行く妹のために、高校に入ってからは自分にも。
 最初の一年間は彩りと見映えのいい弁当を作って高校に持っていった。

 通っている高校は学生寮もある男子校で、生徒の食事事情はまあ悲惨なものではあった。
 クラスメイトは欲望のままにパンだの肉だのを食べる。その中で、綺麗な弁当を持ってくるリョウはクラスでは羨望の眼差しを受けた。
 それが、リョウの自尊心を高めてもいたのだ。

 事情が変わったのは二年生に上がった時。ついに妹も小学校に通う年になった。
 リョウ自慢の弁当を持って保育園に行っていた妹が、給食を食べるようになったのである。リョウの弁当はそこで意義を失った。

 弁当を作らなくてもよくなり、朝も忙しくなくなったリョウの心に脱力が生まれてしまった。
 自分だけのために気張った弁当を作る気力がなくなってしまったのだ。
 リョウは昨夜と朝の残りを適当に弁当につめて、適当に握ったおむすびを持って登校した。

 いざ、昼休み。リョウは机の上に弁当を広げるのが怖くなった。
 それまで羨望の眼差しを受けていたリョウの七色弁当はそこにはない。
 気づいたら、リョウは弁当を持って教室を飛び出していた。
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