【DKBL】本当は幼馴染の二人

 初めて入った学生寮は、知らない匂いが立ち込めていて、カナタの緊張を更に煽る。
 エイトの部屋は二階の角だった。二人部屋のはずだが、ネームプレートには「小田エイト」という文字しかなかった。

「お前、同室のヤツは?」

 カナタが聞くと、エイトはドアノブを握りながら短く答える。

「今は空きだ」

「マジで!? え、寮で一人部屋なんて天国じゃね?」

「そうか?」

 よくわからないと言ったような顔でエイトは首を傾げている。
 だって、一人だったらオ〇〇ー出来るじゃん! オレが絶対寮に入りたくない理由はそれが出来ないから!
 そんなカナタの思考に気づくはずもないエイトは、扉を開けてカナタを促した。

「入れ」

 カナタは部屋に入ってまず一回り見回した。
 二人部屋なだけあって、結構広い。両端にベッド。その横にそれぞれの机とタンスが線対象に置かれている。
 片方はフレームだけなので、エイトのベッドはすぐに分かった。
 まるで店に並んでいるかのように、綺麗に整えられていて、人が寝る姿が想像出来なかった。

「適当に座れ」

 部屋の中央には小さな丸テーブルが置いてあった。クッションなどはない。
 カナタは促されるままカーペットの上に胡座をかいた。エイトもその対面に腰を下ろす。

「早速だが、俺はお政はお糸なのではないかと思うんだ」

「は?」

 カナタに読ませた本をいつの間にか借りていたエイトは、それをパラパラとめくりながらそんな事を言った。
 言われたカナタは面食らう。「お政」は作品に出てくるからわかる。「お糸」とは誰だ。

「お糸って誰だよ」

「この作者が、これより前に書いた作品に出てくるヒロインの名前だ。やはり未亡人で幸薄い女性だった」

「ええ? 別の作品のキャラは関係ないだろ?」

 何を言ってるんだ、こいつは。頭が良すぎるのも困る。
 カナタが眉をひそめていると、エイトはそれを意にも介さず続けた。

「お糸もある書生に恋をするのだが、課題の作品と違って全く相手にされず、こっぴどく振られた上に自殺してしまう」

「げ。お前、よくそんなの読んだな」

 ハッピーな結末のアニメやドラマが好きなカナタは、それを聞いただけで気分が悪くなった。
 しかしカナタの様子を気遣うそぶりもなく、エイトは淡々と己の意見を述べた。

「お政も結局は学生とは結ばれない。だが、一応気持ちは互いに通じているし、ラストも自立した女性として描かれている」

「だから?」

「つまり、俺は作者がお糸を幸せに書いてやれなかった後悔を、お政で晴らしたのではないかと考える。それくらい、二つの作品は根幹が似ているんだ」

「へえ……」

 ものすごいことを考えるなあと、カナタは思わず感心してしまった。
 作者に対する深い洞察と、別の作品を持ち出せる知識の豊富さに、素直に凄いと思ってしまったのだ。

「そういう方向でいきたいのだが、いいだろうか」

「いいんじゃねえの、なんかすげえな」

 カナタがそう言うと、エイトは少し照れて俯いた。
 大きな背中が丸くなって、少し可愛いと思ってしまった。

「よし。じゃあ、原稿は俺が作るから、授業での発表はお前がやれ」

「マジで? いいの? オッケーオッケー!」

 楽が出来そうで、カナタは二つ返事で喜んだ。なかなかわかってるな、こいつ、とも思った。
 しかし、そんな楽観視したカナタを軽く睨んでエイトは付け足した。

「発表する前に、原稿をしっかり読んで理解した上でやれよ。リハーサルするからな」

「ええー? めんどくせえな」

「お前なら出来る」

 ……ん?

 今のセリフ、カナタは聞き覚えがあった。
 何か、遠い記憶が呼び覚まされるような気がする。

「……」

 少しだけ意識が飛んでいた。
 カナタが気づくと、エイトは丸テーブルの上にノートを広げて、一心にペンを走らせていた。

 取り残されて暇になってしまったカナタは、ふとエイトの机を覗き込んだ。
 奥の方に写真立てがある。何故か、それがとても気になった。

 夢中で書いているエイトに気づかれないように、カナタはそっと立ち上がって机の前に向かった。
 写真立てを手にとる。小学生くらいの少年が二人、仲良さそうに笑って写っていた。

 一人は当然エイトだろう。
 そしてもう一人は……

 オレ?

 カナタはもう一度写真の少年を見た。
 急に、記憶が波のように押し寄せた。

「はっちゃん!?」

 思わずその名を呼ぶと、エイトが目を丸くしてこちらを向いた。
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