【本編10】Meets Extra 孤独なヴィランと黒い皇帝

 テン・イーの策略によりドラゴン型ベスティアになってしまったチルクサンダー。
 しかし、法皇エーデルワイスの助力により、ミチルは聖なる蒼き瞳サケル・プピラを開花。カリシムスを癒す蒼輝そうき慈雨じうを降らせてチルクサンダーを人の姿に戻した。

「……素晴らしい」

 一部始終をテン・イーの後ろ安全な場所から見ていたアーテル帝国皇帝シャントリエリは密かに感嘆の声を漏らす。
 元の姿を取り戻したチルクサンダーとミチルが愛の抱擁をしている様には心中穏やかではないが、皇帝である彼は冷静な判断をしなければならない。それが自分にとって冷酷なものであろうとも。

「テン・イーよ、一時撤退だ」

「陛下!?」

 そして、何やら腹に一つどころか幾つも抱えている部下に謝ることすら、必要であれば厭わない。

「すまなかったな、余がプルケリマに拘ったために無理をさせた。ペルスピコーズに攻め入るには大掛かりな準備が不可欠。余が浅慮であった」

「そんな……陛下、チルクサンダーは逃せばまた力を取り戻します。これは絶好の機会でございました! ワタクシの力が足りなかったのです!」

 私怨に凝り固まっていた部下からその言葉を引き出した後、皇帝は不敵に笑う。

「そのようだ。チルクサンダーを追うことに躍起になってしまい、法皇の実力を軽視していた我らの落ち度である。であれば、どうするかはわかるな?」

 責めはあえてテン・イーのみならず。そこに皇帝シャントリエリの上手さがある。ここまで下手したでに出ると舐められそうなものだが、皇帝シャントリエリにはそれを遥かに凌駕するカリスマ性があった。

「は、はは……っ! 今ならヤツらの目を盗んで転移が可能です」

 まだ蒼く輝く雨の粒が大気中に満ちている。そんな幻想的な光景に、他のイケメン達は呆けて、ミチルとチルクサンダーが抱き合う姿に圧倒されていた。本人達は言うに及ばず。今は、誰もが敵方を気にしていない。

 テン・イーはすぐさま転移術を発動させて、静かに空間を割った。

「どうぞ、我が君」

「うむ……」

 次元の裂け目に片足を入れつつ、皇帝シャントリエリはミチルの方を振り返る。
 愛しい存在のためにここまでの奇跡を起こす力。彼のミチルへの想いはいっそう募っていた。

「プルケリマ……いや、ミチルよ。次は必ず……」

 余の呟きがこの地に落ちて呪縛となれ。
 そう祈って、皇帝シャントリエリはテン・イーとともにペルスピコーズから消えた。



 

「……」

 敵二人をわざと見送った法皇エーデルワイスは、その消えた場所を見つめる。
 何故テン・イーはあのように簡単に転移術を使っている? 彼の思考はそれに支配されていた。

 アーテル帝国に戻るなら、向こう側に召喚されたのかもしれない。
 だが、いつどうやって向こう側と連絡を取った? エーデルワイスは気づかない振りをしながら彼らの動きを全て見ていた。テン・イーが遠隔魔法などを使って連絡を取ろうとすればもちろんわかる。だが、その素振りはなかった。

 これではまるでテン・イーはペルスピコーズからかのようだ。
 出す技術には自信がある、と言った意味とは。

 エーデルワイスはあり得ない可能性を、思い描いては消す。結局、結論も確証も得られなかった。



 そして、ど真面目なエーデルワイスの思考を破壊するように、目の前では特大ラブ♡が繰り広げられている。

「チルクサンダー……良かった」

 その逞しい胸にすりすりしてうっとり呟くミチル。完全に色惚けている。

「ミチル、オマエの声……我に届いたぞ」

 その細い腰を抱いて溢れんばかりの愛を囁くチルクサンダー。こっちも完全に色惚けている。

「ごめんね、ひとつしかない角、壊しちゃって……」

「よいのだ。逆にアレが無くなったおかげで、我はとても清々しい。それに……」

 チルクサンダーは懐から、拳大の青い石を取り出して見せる。

「それ……」

 ミチルは絆石ウィンクルムを見て、顔を綻ばせた。

「チルクサンダー、やっぱりオレのカリシムスだったんだね……!」

「ああ。我の愛はオマエのものだ……」

 二人の瞳に映るのは、もはや二人だけ……♡

「嬉しい……」

「ミチル……」

 ああーん♡
 唇が引き寄せられるぅ♡
 あっつい、あっつい、むっちゅっちゅが来るぅうう……♡


 
「……っ、うぅ……」

「ミチル?」

 急激に、ミチルの体から力が失われていった。
 意識も、すでに覚束ない。

「ミチル、どうした!?」

 ああ……
 キッスしたかったなあ……

 ミチルは最後にそんな事を思いながら、意識を手放した。



「ミチルッ! クソ、魂に負荷をかけ過ぎたのだ!」

 青ざめて気絶したミチルの体を抱いて、チルクサンダーは己を責めた。

「我が、未熟であった……ッ!」



「おい、ミチルはどうしたんだよ!?」
「シウレン! 何が起こった!?」
「ミチル! また気を失ったのか!?」
「ミチル、大変、です!」
「ミチルゥウ! おい、何なんだよ、こればっかりじゃん?」

 イケメン五人も嫉妬の感情を一瞬で忘れて、ミチルの元に駆け寄った。



「ああミチル、我のウィンクルムを生成したばかりに……!」

 取り乱すチルクサンダーの腕の中で、青白い頬のまま眠るミチル。
 呼吸をしているのかも、もはや疑わしい。

 わらわら集まるイケメン達を、少年が一人恐ろしい形相でかき分けた。

「どけッ!!」

 法皇エーデルワイスは、意識を失い続けるミチルの顔を直に触って確かめる。
 イケメン六人が見守る中、彼は瞳に大きな決意の火を灯し、杖を大地に深く刺した。

「今、助ける……ッ」

 両手を広げ、エーデルワイスは大きな魔力を杖の宝珠に注ぐ。

「まさか……」

 チルクサンダーはそれがどんな術なのかを感じ取っていた。
 けれどそれしか今のミチルの生命を繋ぐ手段はなく、黙って見ていることしか出来ない。



「ワタシの遠い息子……ミチル。お前を死なせはしない」

 宝珠から眩い光が放たれる。
 それは真っ直ぐにミチルの体を包み込んだ。

「ワタシの全てで、この子に息吹を……ッ!」



 カミよ
 いまだそこにおわすなら


 
 貴方の巫子を助け給え……








 異世界転移なんてしたくないのにくしゃみが止まらないっ!
           Meets Extra 孤独なヴィランと黒い皇帝  了
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