【本編10】Meets Extra 孤独なヴィランと黒い皇帝
テン・イーの仕組んだ罠と術によって、ベスティアになってしまったチルクサンダー。
その姿はドラゴンのように高潔だが、全てが真っ黒で、瞳の位置さえもうわからない。
ただ、頭部片方の角に走る不思議な模様だけが不気味に赤く光っていた。
「さあ……チルクサンダーよ、ベスティアとしてこの場を蹂躙するのだ」
両手を掲げ、何かの魔力をこめるテン・イーの後ろで、アーテル帝国皇帝シャントリエリは静観を続けていた。
その瞳は刻々と変わる戦況を分析している。だが、エーデルワイスへの怨讐にまみれたテン・イーも、チルクサンダーの危機で手一杯のミチルも今や彼の存在を忘れてしまっていた。
「さあ、狂乱に踊れ、チルクサンダー!」
グオォオオ……
テン・イーの込めた魔力を受けて、影の竜となったチルクサンダーがミチルに敵意を向けるかと思った時。
パシン、とその魔力を遮る力が飛んだ。
杖を高く掲げたエーデルワイスである。
「……其方がどんな力を持っているかはわからぬが」
少年法皇は、影竜 の後方で面食らっているテン・イーを真っ直ぐに睨んで毅然と言う。
「カ ミ の 子 を弱体化させただけで勝機があると思ったか。過信がすぎるぞ、ワタシが其方ごときに遅れをとるはずがない」
「ぐぅ……」
テン・イーは顔を歪めて小さく唸る。
その間に、エーデルワイスは敵の仕込んだ絡繰を正確に披露してみせた。
「其方、チルクサンダーの角にワタシのアルターエゴから抽出した魔力で刻印を施したな。それでチルクサンダーはワタシと繋がることが出来ていた。だから、ワタシの血縁であるミチルとも繋がったのだろう」
「ふっ……」
テン・イーは歪めた顔のまま不敵に笑う。バレるのは想定内だったと言うように。
「チルクサンダーとワタシを繋いでおいて、さらに其方自身とチルクサンダーが繋がる刻印を付けた。つまり、チルクサンダーの角には二種類の接続魔法がかかっていた。それを今、ワタシとの接続を断ち、其方は己の魔力だけを彼に流し込んでベスティア化させた」
「……その通り。しかし、タネがわかったから今更どうだと言うのだ? チルクサンダーはすでにベスティア化しているのだぞ!」
グオオォアァ……!
テン・イーの言葉に応じて苦しそうに咆哮する影竜。その策略は確かに成功しているように見えた。
だがエーデルワイスはそれでもその瞳から希望を失くさない。
「見事だ、よくぞここまでの技術を身につけた。だが、ワタシとて曲がりなりにも法皇である」
エーデルワイスは杖を再度高く掲げ、ミチルに向けて叫ぶ。
「ミチル! チルクサンダーを呼びなさい! お前が真に彼を想うなら、その声を彼の心の奥に届けよ!」
「あ……」
言われてミチルは想う。
会って間もないけれけど、チルクサンダーは確かに「最愛」だ。
その容姿に惹かれる、その笑顔に惹かれる、そしてその心に焦がれる。
なくてはならない、人──
「チルクサンダーぁああ! 帰ってきてよ、チルクサンダーッ!!」
ミチルは彼を想って、ありったけの想いを込めて叫んだ。
その心に、届くと信じて。
「コアァ……」
影竜の動きが止まる。
一瞬だけ、その角に再び青い紋様が浮かび上がった。
法皇ならば、それだけで充分な光だ。
「ハアァ……ッ」
エーデルワイスの杖、天辺の宝珠が輝く。それに呼応して影竜の角に再び二本の文字列がくっきりと走った。
さらに青い文字が、赤い文字よりも強く輝くと、影竜となったチルクサンダーが大人しくなる。
「な、に……?」
テン・イーは少しよろめいて一歩下がった。
そこにエーデルワイスは威厳を込めて言い放つ。
「セイソンとカリシムスの絆は絶対だ。ウィンクルムがなくとも二人の間に絆が構築されていれば──わずかな光さえあれば、法皇のワタシが増幅させよう」
「えぇちゃん! すごいや、えぇちゃん!」
ミチルは思わずはしゃいだが、振り返るエーデルワイスの表情は未だ深刻だった。
「喜ぶのは早い。ミチル、ワタシはこうするだけで手一杯。お前が角を破壊しなさい。あれが彼をベスティアたらしめている元凶だ」
「ええっ!? ど、どうやって……?」
影竜となったチルクサンダーの体高は五メートルほど。ミチルにはそんな遥か上にある角に触れることすら難しい。ラーウスでは、ミチルはベスティア化したルークに触れる事ができた。だからと言ってよじ登るのか。そうしたとして、どうやって角を破壊する?
ミチルは焦って他のイケメン達を振り返る。
彼らもまた、考えあぐねていた。その蒼い武器ならダメージは与えられるかもしれないが、方法論がない。
そもそもカリシムス同士で傷つけ合うなど、ミチルには耐えられないし頼みたくなかった。
「オレが……何とかしなきゃ……」
責任、という感情がミチルの心に重くのしかかる。
彼を「最愛」とした責任を、ミチルは果たさなくてはならない。
「チルクサンダー……」
どうしよう。どうしたらいい。
帰って戻ってと、泣き叫ぶだけでは何にもならない。
確かな力、「奇跡」を起こす力が欲しい。
「ミ、チル……」
不意に、影竜から声が聞こえた。
それは確かに彼の声だ。
「ミチル……」
愛している、とそう呼ばれた気がした。
「チルクサンダー……!」
その愛を、受け止める。
自分の愛も、捧げよう。
蒼き瞳の光をもって。
「聖なる蒼き瞳 ……」
ミチルの蒼く輝く瞳に、エーデルワイスは思わずそう呟いた。
世界を癒す、蒼い光が天に昇っていく。
大好きだよ、チルクサンダー……
その祈りが天に昇り、光の粒となって降り注いだ。
蒼輝 の慈雨 となって影竜の体をいたわるように濡らしていく。
「あ、ああ……」
その場の誰もが。邪悪に染まったテン・イーでさえ、蒼い雨の前に立ち尽くす。
「アァ……」
黒い、影の竜が蒼く染まる。
その禍々しい紋様を帯びた角が癒されていく。
次の瞬間、黒い角はパァンと弾けた。
粉々になった黒い欠片は、蒼い雨に流された。
「チルクサンダー!」
蒼い瞳を輝かせたミチルが駆け出す。
竜はその姿を見る見る内に縮ませて、再び「人」の形を取り戻した。
それは、ミチルが「恋した」カリシムスの姿。
「ミチル……」
目を開けて、すぐそばに愛しい顔がある。
チルクサンダーは喜びのままそれに触れた。
「おかえり、チルクサンダー!」
飛び込んできた小さく愛しい存在を、抱きしめる。
ああ、これが、最愛なのだ。
チルクサンダーはようやくそう思い至った。
その耳元に、イヤリングが新たに嵌められている。
蒼い、蒼い輝きを放っていた。
その姿はドラゴンのように高潔だが、全てが真っ黒で、瞳の位置さえもうわからない。
ただ、頭部片方の角に走る不思議な模様だけが不気味に赤く光っていた。
「さあ……チルクサンダーよ、ベスティアとしてこの場を蹂躙するのだ」
両手を掲げ、何かの魔力をこめるテン・イーの後ろで、アーテル帝国皇帝シャントリエリは静観を続けていた。
その瞳は刻々と変わる戦況を分析している。だが、エーデルワイスへの怨讐にまみれたテン・イーも、チルクサンダーの危機で手一杯のミチルも今や彼の存在を忘れてしまっていた。
「さあ、狂乱に踊れ、チルクサンダー!」
グオォオオ……
テン・イーの込めた魔力を受けて、影の竜となったチルクサンダーがミチルに敵意を向けるかと思った時。
パシン、とその魔力を遮る力が飛んだ。
杖を高く掲げたエーデルワイスである。
「……其方がどんな力を持っているかはわからぬが」
少年法皇は、
「
「ぐぅ……」
テン・イーは顔を歪めて小さく唸る。
その間に、エーデルワイスは敵の仕込んだ絡繰を正確に披露してみせた。
「其方、チルクサンダーの角にワタシのアルターエゴから抽出した魔力で刻印を施したな。それでチルクサンダーはワタシと繋がることが出来ていた。だから、ワタシの血縁であるミチルとも繋がったのだろう」
「ふっ……」
テン・イーは歪めた顔のまま不敵に笑う。バレるのは想定内だったと言うように。
「チルクサンダーとワタシを繋いでおいて、さらに其方自身とチルクサンダーが繋がる刻印を付けた。つまり、チルクサンダーの角には二種類の接続魔法がかかっていた。それを今、ワタシとの接続を断ち、其方は己の魔力だけを彼に流し込んでベスティア化させた」
「……その通り。しかし、タネがわかったから今更どうだと言うのだ? チルクサンダーはすでにベスティア化しているのだぞ!」
グオオォアァ……!
テン・イーの言葉に応じて苦しそうに咆哮する影竜。その策略は確かに成功しているように見えた。
だがエーデルワイスはそれでもその瞳から希望を失くさない。
「見事だ、よくぞここまでの技術を身につけた。だが、ワタシとて曲がりなりにも法皇である」
エーデルワイスは杖を再度高く掲げ、ミチルに向けて叫ぶ。
「ミチル! チルクサンダーを呼びなさい! お前が真に彼を想うなら、その声を彼の心の奥に届けよ!」
「あ……」
言われてミチルは想う。
会って間もないけれけど、チルクサンダーは確かに「最愛」だ。
その容姿に惹かれる、その笑顔に惹かれる、そしてその心に焦がれる。
なくてはならない、人──
「チルクサンダーぁああ! 帰ってきてよ、チルクサンダーッ!!」
ミチルは彼を想って、ありったけの想いを込めて叫んだ。
その心に、届くと信じて。
「コアァ……」
影竜の動きが止まる。
一瞬だけ、その角に再び青い紋様が浮かび上がった。
法皇ならば、それだけで充分な光だ。
「ハアァ……ッ」
エーデルワイスの杖、天辺の宝珠が輝く。それに呼応して影竜の角に再び二本の文字列がくっきりと走った。
さらに青い文字が、赤い文字よりも強く輝くと、影竜となったチルクサンダーが大人しくなる。
「な、に……?」
テン・イーは少しよろめいて一歩下がった。
そこにエーデルワイスは威厳を込めて言い放つ。
「セイソンとカリシムスの絆は絶対だ。ウィンクルムがなくとも二人の間に絆が構築されていれば──わずかな光さえあれば、法皇のワタシが増幅させよう」
「えぇちゃん! すごいや、えぇちゃん!」
ミチルは思わずはしゃいだが、振り返るエーデルワイスの表情は未だ深刻だった。
「喜ぶのは早い。ミチル、ワタシはこうするだけで手一杯。お前が角を破壊しなさい。あれが彼をベスティアたらしめている元凶だ」
「ええっ!? ど、どうやって……?」
影竜となったチルクサンダーの体高は五メートルほど。ミチルにはそんな遥か上にある角に触れることすら難しい。ラーウスでは、ミチルはベスティア化したルークに触れる事ができた。だからと言ってよじ登るのか。そうしたとして、どうやって角を破壊する?
ミチルは焦って他のイケメン達を振り返る。
彼らもまた、考えあぐねていた。その蒼い武器ならダメージは与えられるかもしれないが、方法論がない。
そもそもカリシムス同士で傷つけ合うなど、ミチルには耐えられないし頼みたくなかった。
「オレが……何とかしなきゃ……」
責任、という感情がミチルの心に重くのしかかる。
彼を「最愛」とした責任を、ミチルは果たさなくてはならない。
「チルクサンダー……」
どうしよう。どうしたらいい。
帰って戻ってと、泣き叫ぶだけでは何にもならない。
確かな力、「奇跡」を起こす力が欲しい。
「ミ、チル……」
不意に、影竜から声が聞こえた。
それは確かに彼の声だ。
「ミチル……」
愛している、とそう呼ばれた気がした。
「チルクサンダー……!」
その愛を、受け止める。
自分の愛も、捧げよう。
蒼き瞳の光をもって。
「
ミチルの蒼く輝く瞳に、エーデルワイスは思わずそう呟いた。
世界を癒す、蒼い光が天に昇っていく。
大好きだよ、チルクサンダー……
その祈りが天に昇り、光の粒となって降り注いだ。
「あ、ああ……」
その場の誰もが。邪悪に染まったテン・イーでさえ、蒼い雨の前に立ち尽くす。
「アァ……」
黒い、影の竜が蒼く染まる。
その禍々しい紋様を帯びた角が癒されていく。
次の瞬間、黒い角はパァンと弾けた。
粉々になった黒い欠片は、蒼い雨に流された。
「チルクサンダー!」
蒼い瞳を輝かせたミチルが駆け出す。
竜はその姿を見る見る内に縮ませて、再び「人」の形を取り戻した。
それは、ミチルが「恋した」カリシムスの姿。
「ミチル……」
目を開けて、すぐそばに愛しい顔がある。
チルクサンダーは喜びのままそれに触れた。
「おかえり、チルクサンダー!」
飛び込んできた小さく愛しい存在を、抱きしめる。
ああ、これが、最愛なのだ。
チルクサンダーはようやくそう思い至った。
その耳元に、イヤリングが新たに嵌められている。
蒼い、蒼い輝きを放っていた。