【本編10】Meets Extra 孤独なヴィランと黒い皇帝

 強く鋭い風が、イケメン達とテン・イーの間を分断するように吹き上げた。
 誰もが、この風が止んだら戦いが始まると予感する。

 そこへ、吹き上げる風を杖で一蹴し、中央に割って入る人物。少年法皇・エーデルワイスだ。

「カリシムス達よ、少し下がれ」

「えっ」

 おいおい、そりゃないよ。
 完全に大乱闘の雰囲気だったじゃん。

 四人と一匹(犬ルーク)は困惑で某立ちになった。
 特に、テン・イーに個人的恨みを持つアニーは出鼻をくじかれて、その小さな背中に怒りをぶち撒ける。

「どけよ、おチビさん! 坊さんのトップに何が出来る!」

 だが、少年法皇の背中からはとんでもない魔力が迸っていた。
 エリオット以外は魔力に関する知見を持たない彼らだが、「強者の気迫」としてそれを感じ、圧倒される。

「下がれ」

「……ッ」

 怒りで頭に血が昇っているアニーすらも従わせるほどの魔力が周囲に漂う。
 四人と一匹は渋々と一旦武器を下ろして一歩下がった。



「おや。法皇様自らがお相手くださるので……?」

 エーデルワイスの乱入に、テン・イーは笑った。
 どこか嬉しそうにも見える、くらい笑みだった。

「其方、テン・イーと名乗っているようだが、神官スピナではないのか?」

「!」

 エーデルワイスの言葉に、イケメン達もミチルも度肝を抜かれた。
 更に、余裕綽々で黒幕ヒッヒッヒ……のようなスタンスだったテン・イーの狼狽は誰よりも大きい。
 肩を震わせて、声を絞り出すようにしてエーデルワイスに答えた。

「これは……光栄ですなぁ。まさか一介の僧ごときの顔と名前までご記憶とは……」

 まさかの肯定に、ミチルはそれまであまり見ないようにしていた敵の姿を窺う。

「ウッソ……テン・イーってペルスピコーズのお坊さんだったの?」

 それまでの情報ではテン・イーは商人のはずだった。
 だが、真っ黒異空間で初めて会ったテン・イーの衣装はラーウスで見た魔教会の僧侶そのものだった。
 その時に商人という肩書きは偽称だと感じたが、元神官であれば新興宗教を開けたのも頷ける。やはりテン・イーの本来の身分は「僧侶」で決定的だ。

「まさか、ペルスピコーズにも潜り込んでいたとはな……」

 そう呟いたチルクサンダーの見解は、ミチルの思考より更に先をいく。
 テン・イーはあくまで「黒幕・皇帝シャントリエリ」の部下に過ぎないと思っていた。魔教会がベスティアを生成して世に放っているのも皇帝の命令があるから。
 だが、その部下であるはずのテン・イーにはペルスピコーズに潜伏していた過去がある。加えて今、法皇エーデルワイスに向ける意味深な態度。もし、テン・イーにエーデルワイスに対する個人的な禍根があるなら。

 今回の、世界に起こった異変のはアーテル帝国皇帝ではないかもしれない。



「馬鹿を申すな。ワタシがペルスピコーズで修練した者を忘れるはずがない。何のための法皇か。加えて其方は神官の地位まで昇っている。時折会話を交わしたのも覚えているぞ」

 エーデルワイスは呆れながら言う。馬鹿にされて心外だというように。
 それを受けて、テン・イーは更に深く昏く笑うのだった。

「ククク……それはそれは大変高潔な姿勢に感服いたします。法皇様のその細やかなご配慮こそが僧たちの希望でしょう……」

「世辞はよい。元神官スピナよ、其方、どうやってペルスピコーズに来た? しかもともまで連れて」

 皇帝を「供」呼ばわりする法皇の胆力!
 ミチルはヒヤヒヤして聞いていたが、後ろに控えたソフモヒ皇帝は顔色を変えずに二人のやり取りを聞いていた。

「ふふふ。やはり、そこが気になるのですね……」

「当たり前だ。其方がここに来れたという事は、こちらペルスピコーズに間者がいる事を意味する」

「あっ!」

 ミチルはそれを聞いて、チルクサンダーから教わった事を思い出す。
 カエルラ=プルーマにおいて、転移の技術は「召喚術」の下位魔法。例えばAからBに移動するためには、B側から「召喚」してもらう必要がある。つまり、テン・イー達がアーテル帝国からペルスピコーズに来るためには、ペルスピコーズ側に味方がいなければならない。

 エーデルワイスはまずそこを確かめずにはいられなかった。考えたくないことだが、ペルスピコーズ内にテン・イー及びアーテル帝国に通じている者がいたら。それは一体いつから? 世界の異変が起きる頃ならば、それは法皇の失態に繋がる。

「なるほど、それであんなに焦って割って入ったワケだ」

 エリオットもエーデルワイスの感じた危惧に気づいてようやく頷いた。
 そしてそう問われたテン・イーは余裕の態度で首を振る。

「ご安心召されませ。ペルスピコーズに今の法皇様を裏切る僧侶はおりません……」

「信じると思うか? まさか間者を庇っている訳でもあるまい」

 エーデルワイスの言葉は冷たかった。
 テン・イーは転移術を使っていると信じて疑わなかったからだ。

 もうひとつの可能性はあり得ない。それはミチルという存在が証明している。
 真の意味での転移術の使い手は、今この時代においてはである。

「本当にいないのです! どうか信じてください。ペルスピコーズの僧侶たちは法皇様に従う者のみです」

 テン・イーは大仰に両手を上げて、高らかに宣言する。
 演技じみた仕草がかえって相手を馬鹿にしていて、イケメン達やミチルはムナクソ状態だった。

 その演説は、不遜な笑みで締めくくられた。

「……ワタクシを除いて」



 それは、確かな憎悪。
 テン・イーは間違いなく、法皇エーデルワイスを恨んでいる。
 その場の誰もがそう確信した。

 だが、当のエーデルワイスには心当たりが無いようだった。

「わからぬ……何故なにゆえ其方はワタシを憎む? そのような素ぶりなど、ここでは無かったではないか」

「ふふふ。法皇よ、そんなにワタクシの事を覚えておいでなら、ワタクシがここを去った時の事も覚えていらっしゃるでしょう……?」

 テン・イーの不遜な笑いは止まらない。挑戦的に言われて、エーデルワイスはハッとなって立ち尽くした。

「まさか……あの件は、其方が?」

 エーデルワイスの顔色がみるみる間に白くなる。
 その様子を満足気に眺めて、テン・イーは正解とでも言うように過去を披露した。再び両腕を広げて。

「そう。三十年前の僧侶による大量失踪事件! その中の一人にワタクシがいました!」

 高らかに宣言した後、テン・イーはおもむろに懐から小さな宝石を取り出して見せた。
 それは、透明な、けれど光を受けて虹色に輝く。水晶のような小さな石だ。

「あ、あぁ……それは、其方が……」

 テン・イーの手元に注目しながら、エーデルワイスはここで初めて動揺していた。
 呼吸も少し荒くなる。それは、ミチルが己の曽孫ひまごであるとわかった時と同じような状態だった。

 小さな宝石を、テン・イーは指先で摘んで見せた。
 そして誇らしげに朗々と言う。


 
「貴方のアルターエゴ聖石とともに……ねぇ」
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