【本編10】Meets Extra 孤独なヴィランと黒い皇帝

 ペルスピコーズの上空には雲がない。特殊な魔法によって排除されているので、ここから見えるのは昼は青空、夜は星空のみである。
 これは、ペルスピコーズ大聖堂からの祈りが確実に天上のカミに届くように、という信仰心からだ。

 だが、今。
 ペルスピコーズ上空にはあり得ないはずの黒雲が立ち込める。
 世界を救う力を持った英雄カリシムス五人と、魔族なんだかカミなんだかわからないので魔神と呼ぶことにするが、魔神・チルクサンダーの、怒りや闘争心といったような攻撃的な感情が、法皇の管轄を超えてどんよりどよどよな黒雲を呼び寄せていた。

 ヒョオォォ……と乾いた冷たい風が吹く。
 怒りで真っ黒に染まった五人とチルクサンダーの睨み合い。
 何かのきっかけがあれば、六人の壮絶な生命のやり取りが始まるだろう。

「異世界転移なんてしたくないのにくしゃみが止まらないっ!」はバトル小説ではなく、ちょっとえっち♡でおバカなラブコメBLです。
 したがって、バトルを開幕させるようなは訪れません!



「バカーーーーッ!!」

 英雄カリシムス魔神チルクサンダーを尻に敷けるのはプルケリマミチルのみ。
 履き直す機会を失っていたぐちゃぐちゃズボンをやっと履き、上着のボタンも留め直して、ミチルは自分そっちのけで喧嘩をおっ始めようとする六人に怒鳴った。

「ミッ、ミチル!?」

 六人は揃ってその方向を向く。
 立ち上がって強気にこちらを睨むミチルは、急にボロボロと涙を零して訴えた。

「……頑張って帰ってきたのに。とんでもない目に会ったけど、みんなに会いたくてやっと帰ってきたのに」

「ミチル……?」

 イケメン、おろおろ。
 チルクサンダーもおろおろ。
 上空の黒雲は次第に薄まって、再び青空と陽射しがミチルを照らす。

「オレに構わないでチルクサンダーと喧嘩しようとするなんて……」

 ミチルの涙に濡れた瞳は、陽光を浴びてキラキラ光る。
 それは、清らかに神々しい、イケメン達の愛そのもの。


 
「まずはオレを抱きしめるのが先でしょうがァア!」


 
 ガガーン!
 まったくもってその通り!
 言われたイケメン達は目に希望の光を宿して走る!



「ミチルッ! よくぞ無事に戻ってくれた……!」

 ジェイがぎゅむっとスリスリ!

「にゃあぁん♡」



「ミチルゥ! おかえりぃい!」

 アニーがほっぺにむっちゅっちゅ!

「はふぅーん♡」



「ミチルー! ズルいぞ、コノヤロー!」

 エリオットは胸元に顔を押しつけてグリグリッ!

「はあぁーん♡」



「シウレーン! よくぞ怒れた、エライぞぉ!」

 ジンはおしりをもみもみっ!

「ひやぁ……っ♡」



「ミチル! すごいです、さすがぼくの、プルクラ!」

 ルークは親愛のペロペロ!

「あ、ああーん♡」



 図らずも、「お清め」が大完了。
 ミチルは大満足でエクスタシー。

「ふあぁ、幸せぇ……♡」

 そんな♡♡♡の一部始終を眺めていたチルクサンダーは、呆然と呟いた。

「ミチル……オマエ、何という五股……ッ!」

「あれが当代のセイソンとカリシムスの在り方だ。理解してやって欲しい」

 ミチル達のおバカ行動に、エーデルワイスが諦観をもってチルクサンダーに話しかけた。

「法皇エーデルワイス……」

 以前から監視するように観ていた対象者に、チルクサンダーが振り向く。

「いかにも。して、其方は何者か?」

「ん?」

 だがエーデルワイスにとっては初見。
 その魔族のような見た目にビビらない所はさすがの法皇であるか。
 チルクサンダーはエーデルワイスの反応を見定めようとしていた。彼は、本当に自分を知らないのかを。



「ち、チルくん……」

 もみくちゃでほっかほかのミチルが、イケメンおしくらまんじゅうからやっと出てくる。

「ミチル、大丈夫か。ヘロヘロではないか」

「うん、大丈夫。オレ、幸せ♡」

 イケメン五人の愛の抱擁を受けたミチルは、二つの意味で足腰が立たなくなっていた。
 駆け寄ったチルクサンダーに遠慮なく寄りかかって、ミチルはエーデルワイスに告げる。

「あのね、えぇちゃん。この人?カミ?……えーっと、彼はチルクサンダー」

「チ、チルクサンダー!?」

 その名を聞いて驚いたのはエーデルワイスではない。ミチルを愛のままにワガママにもみくちゃにしたイケメン達である。
 とりあえず彼らの狼狽は無視して、ミチルは真っ直ぐにエーデルワイスを見つめ、その反応を待った。

「……やはり、そうか」

「えぇちゃんは、気づいてたんだね」

 ミチルが大聖堂の屋上からチルクサンダーによって連れ去られた時、エーデルワイスはチルクサンダーの声に心当たりがあるようだった。ミチルは再び帰って来て、それを思い出したのだ。
 いくらミチルが心配だったと言えども、見た目がザ・魔族のチルクサンダーに最初目もくれなかったことも不自然だと思っていた。

「少し前から『見られている』ことは気づいていた。法皇のワタシを監視する必要があるのはアーテル帝国か魔教会だろうが、『人間』にはできぬ芸当。ならば、ワタシを監視しているのは『魔教の象徴』であろう……と」

 エーデルワイスの説明に、チルクサンダーは少し感心したように頷く。

「ほう、我が見ていた事に気づいていたか。当代の法皇は優秀だな」

「それで、魔教会には『人ならざる者』が囲われているのでは、と思っていた。ミチルはラーウスでも一度攫われているようだから、此度も同じ理由で魔教会が其方を狙ったのだと思った」

「ふむ。惜しいな」

 エーデルワイスの推論に、チルクサンダーは小刻みに頷いて否定する。その意味がわからなかったのか、エーデルワイスが顔を上げてチルクサンダーを見ると、ニヤリと笑ってミチルの肩を抱く。

「我が次元を超えてミチルを召した事と魔教会は関係ない」

「なに?」

 あ、なんかヤバイ事を宣言しようとしている。
 ミチルは嫌な予感がしたが、チルクサンダーの続く言葉を遮ることは出来なかった。

「ミチルは、我がとうの昔から伴侶に望んでいた者。プルケリマとしてカエルラ=プルーマにミチルを召喚したお前の功績を褒めよう」

「うん?」

 さすがのエーデルワイスも、諸々の説明をぶっ飛ばされて言われては、眉をひそめて聞き返すしか出来ない。

「其方は何を言っているんだ?」

「ミチルは、そこのカリシムスどもにはやらぬ。カミの眷属である、このチルクサンダーが召し上げるのだ」



 ああ、言っちゃったよ。
 まだそのつもりだったんだね……



 ミチルは固まるエーデルワイスに対して愛想笑いをするしかなかった。
 すいませんね、この子、まだ常識が危うい赤ちゃんなんです。という気持ちをこめて。

 そして宣言されたエーデルワイスよりも先に反応した者達。
 彼らの「ミチル」と言う単語を聞きつける能力はカミをも超える!



 ハアァァア!?



「おい、テメエ、図々しいこと言ってんじゃねえぞ!」
「真の闇なら負けねえぞ、コラァ!」
「つまり貴様はシウレンのストーカーという事か?」
「チルクサンダー……絶対に魔教会と繋がってる、思います!」
「カミの眷属だろうがミチルは渡さんッ!」



 そしてまた現れる、敵意の黒雲!
 チルクサンダーも再び闘志を向けた。

「ふん、今度こそやるか?」

 

 だがそこに、ミチルの怒鳴り声がまた響く。

「ヤルなあぁああ! お前たち、オレの話を聞けえぇええ!!」



 久しぶりに開かれた青空教室。
 本日の講師はミチル先生である!
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