【本編9】Last Meets 籠の中のレプリカは最愛を探す

 独立宗教国家ペルスピコーズ。
 一言で言えば「カエルラ=プルーマの教会」。
 西大陸の大半の国を帰依させたペルスピコーズが提唱する「チルチル神教」は、世界の統一教義として定着しつつある。

 カエルラ=プルーマ最古とされる小さな土地に、堂々と建っているのは透明な壁で建造された大聖堂。
 それはガラス細工の城のように清廉かつ尊大。その大聖堂の見た目から、ペルスピコーズは「ガラスの世界教会」とも呼ばれている。
 大聖堂に暮らすのは多数の修行僧。民間人は存在しない。つまりペルスピコーズは「国」ではなく、あくまで「団体」だ。
 その巨大な「団体」の頂点に立つのが法皇。修行では辿り着けない聖域に踏み込める「聖人」が団体の頂点に立っている。


 
「ここまでで、何か質問は?」

 ガラスの大聖堂、その中でも大きな塔の屋上で、少年法皇エーデルワイスは淡々とその場の者達を見回した。

「別にないですー」

 ミチルは再び不貞腐れてプイと目を逸らして答えた。

「ていうか何だよ、ここは。いい年こいて青空教室もねえだろ」

 エリオットも不満気に呟いた。地べたに座ることに納得がいっていないからだ。
 ミチル達は屋上に連れてこられてエーデルワイスの「講義」を聞いている。
 よい天気でふかふかの芝生が敷かれた庭園は見晴らしもよく、ピクニック気分になれる。無理矢理連れてこられてピクニックもないが。

「其方たちが暴れるからだろう。ペルスピコーズの大聖堂は世界一の強度を誇るが、英雄候補カリシムスが五人も揃っていたら何が起こるかわからないからな」

「暴れたのはえぇちゃんの方だろ……」

 ミチルがブツブツ呟いたのを、エーデルワイスはジロリと睨んだ。だがミチルは怯みもせずに舌を出す始末。
 いつにないミチルの反抗的な態度に、イケメン達も戸惑いながら二人のやり取りを聞いていた。

「では続けよう。そもそもプルケリマとは、カエルラ=プルーマの創造神であるチル神様が、世界の危機に際して地上に遣わされる眷属の総称である」

「そんなの知ってる」

 ミチルは尚も反抗的。しかしエーデルワイスもそれに怒るでもなく聞き流す。二人の間に微妙な緊張感が漂っていた。

「総称、と言うと、プルケリマとは複数存在するのか?」

 ジンがそう聞くと、エーデルワイスは軽く頷いて答える。

「もちろん。世界が危機に瀕した事は数多く、いにしえの時代よりチル神様はその度にプルケリマを地上に遣わした」

「それは、危機が起こった各地にその都度、という事か?」

「然り」

 ジンが聞き終わると、エリオットがそれを引き継いで独り言のように呟いた。

「だから各国にチル一族の伝説が残ってるんだな」

 エーデルワイスは相変わらず淡々と、軽く頷いて言葉を続けた。

「チル神様は世界の各地を見通し、何処かで危機が起こっていると察知されるとそこにプルケリマを遣わされる。世界中にプルケリマ……チル一族やまたはそれと同等の者が降り立ったからこそ、各地に伝説が残ったと言える」

「……という事は、西大陸で『チル一族』と呼ばれ、フラーウムでは『仙人』と呼ばれているものの総称はプルケリマ?」

 ジンが内容をまとめて確認すると、エーデルワイスも淡々と頷いた。

「然り。世界各地の文化によって呼び名は違うが、世界の危機に際して降臨する存在を、チルチル神教ではプルケリマと呼ぶ。それを世界共通認識として統一することがワタシ達の悲願である」


 
「なんだか、プルケリマって世界を救う何でも屋って感じだな」

 アニーの噛み砕き過ぎた感想は、エーデルワイスの眉をピクリと震わせた。

「ははっ、なるほどな。話だけ聞いてると言い得て妙だ」

 アニーに乗っかってエリオットまで軽口を言う。それをジェイが控えめに嗜めた。

「アニー殿、殿下もあまり失礼な事は言わない方が……」

「よい。下々の感覚を知るいい機会だ」

 スンとなってエーデルワイスが言うと、もちろんエリオットが噛みついた。

「ああ? 誰がシモジモだってえ?」

「……チル神様のもとでは王子も庶民も等しく民である。もちろんワタシでも」

「へっ! チルチル神教の教えってヤツだろ、二言目にはそれなんだな、法皇サマはさ!」

 ミチルよりも始末が悪い反抗児はこっちだった。エーデルワイスはそんな顔のまま黙っている。エリオットに態度を改める様子もない。つっこみ役のミチルはヘソを曲げたまま。

「エリオットさん、お話の続き、聞きましょう!」

 一筋の光は、良い子のニューフェイス・ルーク。その一声で、エリオットは舌打ちしながらも引っ込んで、エーデルワイスは軽く咳払いをした後、また語りだした。


 
「ペルスピコーズの旧教典に曰く、チル神様は世界を創造した後しばらくはプルケリマを地上に派遣することで世界の平和を保っていた。だが、地上の人間が栄えていくにつれてチル神様の御声が遠くなり、プルケリマも降臨しなくなった」

「スノードロップ殿が仰っていたことだな」

 ジェイがそう言うと、エリオットは少し眉をひそめている。

「いや、微妙に違わねえ? クソ魔ジジイはチル神様は地上に干渉しなくなったけど、その代わりに時々人間に試練を与えるためにプルケリマを降臨させるって言ってたぞ」

 するとジンも首を傾げて言った。

「ふむ。今の法皇の話だとプルケリマは降臨しなくなったと言ったようだったが」

「……アルブスのスノーか。あの小僧は研究熱心だな。だがチル神様が人間に失望してお隠れになったという説には賛同しかねる。奴がそう考えるほどの、スノー自身が人間に失望するほどの何かがあったのだろう」

「クソ魔ジジイを知ってんのか?」

 エーデルワイスが少し肩を落として言った言葉に、エリオットが目を丸くする。その横でジェイも驚いていた。

「スノードロップ殿を小僧と仰ったが……」

「あれの実家は神官の家系だ。スノーが生まれた時に洗礼を与えたのはワタシである」

「あの爺さんが生まれた時にもう法皇だったの!?」

 宗教知識ゼロのアニーでも、その言葉には面食らって驚いていた。しかし、次のエーデルワイスの言葉で一同は更に驚くことになる。

「ワタシが法皇に就任したのはおよそ二百年前だ」

「ええええっ!」

「どう見ても小生意気なガキんちょなのに!?」

 知識ゼロのアニーが皆の思っていることを代弁した。バカが最強という事である。

「……ワタシが法皇に就任したのは十四の時。この姿はその当時のものだ」

「なんでそんなガキが法皇になれるんだよ?」

 続け様に言うアニーの失礼発言に、エーデルワイスは大きく溜息を吐いてから言った。

「まあ待て。順を追って説明してやるから聞け」

 そうして一同を黙らせたエーデルワイスは、再び淡々とした口調に戻って語り始めた。


 
「チル神様は確かにお隠れになった。一時期、プルケリマの降臨は止まっていた。だがチル神様によってではなく、別の手段でプルケリマは降臨させることが可能なのだ。それによって今でもプルケリマは降臨し続けている」

 それを聞いた一同はゴクリと息を呑んだ。
 その言い方では、まるでプルケリマが何かの意図によって降臨しているようだ。
 プルケリマは神性なものではなかったのか。

 膝を抱えてじっとそれを聞いているミチルは、ものすごく嫌な感覚が胸に広がっていた。
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