【本編9】Last Meets 籠の中のレプリカは最愛を探す

 なんかさ、全然覚えてないんだけどさ。
 小二くらいだったかな。
 夏休みにじいちゃんちに行った時にさ……
 
 

「ねえ、じいちゃん、この人だれ?」

 祖父の膝の上で、ミチルは古いアルバムを見ていた。
 ミチルが指さした、兵士のような格好をした若い男性の写真を見た祖父は、悲しそうに笑う。

「それは、じいちゃんのお父さん。ミチルのひいじいちゃんだよ」

「ひいじいちゃん? じいちゃんの顔、してないよ」

 ミチルがそう言うと、祖父は寂しそうに微笑んだ。

「そうだね。ひいじいちゃんは年がとれずに遠くに行ってしまったから」

「どこに行ったの?」

「遠い遠い海を渡って、そのままお空に行ってしまったよ。お空の高いところにね」

「えー、すげえ!」

 ミチルが目をキラキラさせてそんなことを言うと、祖父は小さく声を上げて笑った。




 ◇ ◇ ◇


 

 まぶしい……
 頭の中は真っ白だ……


 
『やっと見つけた、プルケリマ=レプリカ』



「!」

 最後に聞いた声を思い出して、ミチルは目を開けた。
 自分はどうなってしまったんだろう。
 横たわったまま、目の前の景色を確認する。

「……教会?」

 ミチルの姿が映りそうなくらい綺麗に磨かれた床。
 清廉な、けれど冷たい床。アルブスで見たお城の礼拝堂に似ていた。

 ミチルはゆっくり身を起こす。
 とても高い天井。綺麗な人間が描かれているフレスコ画。これはカミサマ?
 窓にはステンドグラス。陽の光が幾重にも増幅されてとても眩しい。天界の光?



 カツン



 乾いた、硬質の音が響いた。
 ミチルは上を仰ぐのをやめ、音が響いた方向──前方を向く。

「あ……」

 白い大理石のような柱が何本も連なっている。
 アルブスの礼拝堂の何十倍も豪華な聖堂だった。

 前方奥、聖堂の中心に小さな白い人影。
 その人物が一歩踏み出したことで光の反射が変わり、その表情が垣間見えた。

 大きな白い杖を持った、純白のローブを身に纏ったその人物はミチルよりも年若い。中学生ほどに見えた。
 明るい栗色の髪に茶色の瞳。その面差しが誰かに似ている。
 少し癖っ毛のその少年は、信じられないくらいの威厳でそこに立っていた。

「よく来た、プルケリマ=レプリカ」

 少年の声は鈴が鳴るようによく通り、ミチルの頭にスッと入ってくる。
 ミチルはその少年の清らかさに一瞬怖気付いた。
 けれどすぐに、なんかよくわからない怒りが湧いてくる。
 
「自分で呼んどいてえらそう!」

 ミチルはその少年をまっすぐ見て言った。
 負けるもんか。只者じゃない少年ならすでに一人経験済みだ。

 ミチルがキッと睨むと、白いローブの少年は固い表情を崩さずに言う。
 
「よくわかったな」
 
「声でわかるわ!」

 そう、その声。
 ラーウスで勝利に酔いしれたかったのを邪魔した声だ。
 
 そしてここは絶対にラーウスじゃない。
 くしゃみもしていないのに、いつもの青い羽根に包まれた。

 いくらミチルでも、目の前のコイツが原因だとわかるくらいには異世界慣れしている。
 
「成程。意外と鋭いな」

「あんた、嫌い!」

 淡々として言う少年に、ミチルは思わず叫んだ。
 なんか話が通じなそう!
 それにその服装。まるで地球にいるロー〇教皇みたいな格好。

 ミチルの直感が正しければ、見た目からして、最近話題の人物が浮かび上がる。

「ペル、ペルッピ、ペルピッコロの法皇だな!?」

「ペルスピコーズ法皇だ」

「だからそう言ってるじゃん!」

 ミチルの強気でアホな物言いに、少年法皇は眉をひそめながら静かに目を閉じた。
 それから大きく肩で息を吐いて言う。

「……今回のレプリカは、前代未聞の阿呆か」

「ああん!? おまー、ふざけんなよ! こっちは誘拐罪で訴えてもいいんだぞ!」

 ミチルの脅しは完全に的外れであった。もちろん少年法皇は即座に反論する。

「どこに訴えるというんだ。異世界人の其方を守る制度などないぞ」

「キイィ! やっぱ、あんた、キライ!!」

 ミチルは頭に血が上りかけて、ふと我に返った。
 異世界人、って今言った?
 目の前のコイツはオレが異世界から来たって、もう知ってる!?

「確率の低い男のレプリカのうえに、カリシムス候補も男ばかり。今回は本当にイレギュラーが過ぎる。頭が痛い……」

 男、男って、男の何がいけないのよ! バカにしないでちょうだい!
 ……などとオネエっぽい口調で言いかけたミチルだったが、それよりも気になったのは初めて聞いた言葉。
 それはどうやら自分を指しているようだ。ミチルは心を鎮めて聞いてみる。

「レプリカ……って何だよ。オレはセイソンとか言うのじゃないのか?」

 すると少年法皇は未だその固い表情を崩さずに淡々と答えた。

「確かに其方はセイソンだ。プルケリマの模造品レプリカのことをセイソンと呼ぶ」

「模造……品?」

 その言葉は、人を人とも思わないような冷たい印象をミチルに与えた。

「この世界、カエルラ=プルーマのカミが遣わす者がプルケリマ。そして法皇がプルケリマのとして異世界から呼び出す者をセイソンと言う。つまり、セイソンはプルケリマのレプリカたる者。今回の其方のような」

「……は?」

 少年法皇の瞳は、ミチルを見るようでミチル自身を見ていない。何か、人形でも見るかのような視線をミチルに投げていた。
 その態度にミチルは背筋が寒くなる。

「其方は、ワタシが異世界から呼んだ、プルケリマ=レプリカだ」

 決定的な言葉を浴びて、ミチルは一瞬頭が真っ白になった。
 だがすぐにメラメラと湧き上がるこの感情。

 とりあえず、純粋な怒り。

「おーまーえーかあぁあ……ッ!」



 ミチルの瞳が青く染まった。
 少年法皇はその様に、ピクリと眉を寄せる。

「おまえが本当の諸悪の根源かアァァ……ッ!!」



 ミチルの怒りは少年法皇に通じるのか?
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