第2部 居場所
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「はー、退屈だなー」
スリッピーが机に突っ伏して声を上げる。
「コーネリアを出てからだいぶ経ったが……まあ、もう少し辛抱だな」
フォックスが端末を操作し、次の目的地までの距離を確認する。
「はい、フォックス。コーヒー入れたよ」
デスクワークをこなすフォックスの傍らに、マナがカップを差し出した。
「ありがとう、マナ」
「ファルコは? コーヒー飲む?」
「今、手が離せねえ!」
ファルコはディスプレイに齧りつくようにしてゲームをしていた。 あまりにも熱中している彼に、マナは思わず苦笑する。
皆それぞれに、長い移動時間を過ごしていた。
一行は、とある辺境の惑星にある都市へと向かっていた。
「人間が集まっている都市かぁ……」
マナは端末に表示された情報に目を通す。
以前から、その存在を耳にしたことはあった。 だが、グレートフォックスのような艦船でもない限り、そう簡単に訪れられる場所ではない。
「そこを治める市長も人間らしいぞ」
本を読んでいたペッピーが、マナの呟きを拾って補足する。
「そうなんだ……楽しみだな。他の人間には、あんまり会ったことないんだぁ」
そう言いながら、マナは端末に映る街の写真をもう一度眺めた。
楽しみなはずなのに、胸の奥が少しくすぐったいような、不思議な感覚があった。
*
「うわ……綺麗な街だね」
都市に降り立ったマナは、思わず声を上げた。
立ち並ぶ高層ビルと、行き交う住人たち。 無機質な建物ばかりではなく、公園や緑地も各所に配置され、美しい街並みが彼らを迎えていた。
「ここはアンドルフ襲撃の被害があまりなかったらしいからな。復興も早かったんだろ。さあ、市長に挨拶に行こう」
フォックスが荷物を抱え直し、歩き出す。 他のメンバーも台車やリュックを使い、積荷を運び出していった。
「荷物は丁寧に扱うんだぞ。先方の依頼品だからな」
「分かってるって言ってんだろ!」
ペッピーが何度目かの念押しをすると、ファルコは「しつこい」とでも言いたげに唸った。
今回の任務は、コーネリアで産出された資源をこの都市へ届けることだった。
「マナちゃん、すごいね。本当に人間がたくさんいるよ」
スリッピーが周囲を見渡す。 マナも同じように、きょろきょろと街の様子を眺めていた。
スーツを着て、端末で通話をしている男性。
獣人と人間が入り交じった学生グループが、楽しげに歩いている。
人間の夫婦が、公園のベンチで休んでいる。
そしてマナのすぐそばを、一組の男女が通り過ぎていった。
鳥人の男性が人間の女性の手を引き、人混みを避ける。 女性は楽しそうに笑いながら、その腕に寄り添った。
「……」
マナは思わず、その背中を目で追った。
この街では、獣人も人間も、当たり前のように肩を並べて暮らしている。
「おい、どうした?」
マナのすぐ横にいたファルコが、足を止めた彼女を振り返る。
彼女の視線の先には、先ほどの鳥人と人間の男女がいた。
「……はぐれるぞ。早く来い」
「あ、うん! ごめん!」
しばらく進むと、市長のいるビルへ到着した。
「スターフォックスの皆様ですね。ご足労いただき、ありがとうございます」
受付の女性が礼儀正しく会釈する。
「市長がぜひお会いしたいとのことですので、ご案内いたします」
荷物を受付に預け、一行はエレベーターに乗り込んだ。
「市長って、どんな人なのかなぁ」
スリッピーがエレベーターの外に広がる景色を眺める。
「これだけの都市を治めてるんだ。立派な人物なんだろうな」
ペッピーも同じように、その光景へ目を向けた。
海まで望める景色は夕暮れの光を浴び、さらに美しく輝いていた。
ほどなくして、エレベーターは最上階へ到着した。
「市長。スターフォックスの皆様がお見えになりました」
女性が扉をノックすると、中から「どうぞ」と男性の声が聞こえた。
「ああ、スターフォックスの諸君。待っていたよ」
扉が開かれると、そこには中年ほどの人間の男性が、執務机の前に立っていた。
「私はエリアス・ハーヴェイ。ライラットを救った英雄たちを歓迎するよ」
エリアスは、にこりと柔和な笑顔を浮かべた。
「こんな辺境までアンドルフの一件はニュースになってるんだな。俺はフォックス・マクラウド。今回はご依頼に感謝するぜ。積荷は倉庫に運んである」
「早急に資材が必要だったので、助かったよ」
フォックスが簡単な事務上のやり取りを済ませると、エリアスの目がマナへ向けられた。
「事前にいただいたクルー名簿で見たよ。君がマナ・レイン君か」
「あ、はい!」
「同じ人間として、会えて光栄だよ」
エリアスが歩み寄り、マナに握手を求める。 マナは少し慌てながら、その手を握り返した。
「私もです。綺麗な街で……たくさんの人間が暮らしていました」
「ここは、人間が比較的多く暮らしている自治都市の一つでね」
マナの言葉に穏やかに微笑んだエリアスは、ふと何かを思いついたように表情を変える。
「そうだ。今夜、各界の代表を招いた交流会があるんだ。せっかくライラットを救った英雄たちが来てくれたんだ。君たちも参加してもらえないかな?」
「えっ、舞踏会!? 楽しそうだね!」
「こら! スリッピー!」
スリッピーがいの一番に飛びつき、すかさずペッピーが窘めた。
「ははは。そう堅くならなくていいよ。ぜひ楽しんでいってくれ。では、ホテルを手配しておくから、準備をしてきてくれ」
エリアスはまた柔和な笑顔を浮かべ、フォックスたちを見送った。
*
市長に招かれた会場には、数多くの人間と獣人たちが集まっていた。
会場のあちこちでは、要人たちがグラスを片手に談笑している。
オーケストラの涼やかな音楽が流れ、厳かな雰囲気の中、一角では男女がダンスを楽しんでいた。
「……ったく、なんで俺まで……」
舞踏会に参加するつもりのなかったファルコは、ぶつぶつと文句を言っていた。
正装を求められたため、ファルコも珍しく礼服に身を包んでいる。 窮屈な襟元が、どうにも気に入らないらしい。
「ファルコ、こういう場で顔を売っとくのも仕事のうちだ。我慢しろ」
同じ席に座るフォックスは、ワインを飲みながらファルコを窘める。
「俺が何すんだよ」
「依頼主と関係を作る……要人の娘を引っ掛けたっていいぞ」
フォックスが冗談っぽく笑い、ファルコをからかう。
「けっ……くだらねぇ」
ペッピーは早くも要人たちと談笑しており、スリッピーは料理に夢中になっている。
────早く帰りてぇな。
ファルコが憮然とした顔で会場を眺めていると、マナの声がした。
「ごめん、遅くなっちゃった」
「……」
振り返ると、そこには青いドレスに銀の装飾をあしらったマナが立っていた。
いつもの作業服とも、この間の浴衣とも違う。 肩の出たドレス姿はどこか大人びて見え、ファルコは一瞬、言葉を失った。
「いいじゃないか。可愛く仕上がってる! それで仕事を掴んできてくれよ?」
フォックスが立ち上がり、マナへ近づく。
「あはは! 営業に気合い入りすぎだよ。フォックスも今日は随分決まってるね!」
フォックスは白とゴールドを基調とした、軍服を思わせる華やかな礼装に身を包んでいた。
そしてマナの目が、奥のテーブルにいるファルコにも止まる。
ファルコもまた、深い紺色の礼装に身を包んでいた。 詰め襟には控えめな金の刺繍が施され、普段の荒っぽい雰囲気が少しだけ鳴りを潜めている。
「ファルコ……礼服似合ってるね! カッコイイよ」
彼に近づき、素直な感想を口にする。
「……お前も、まあ……似合ってんじゃねぇか」
ファルコは視線を逸らしながら答えた。
「まあ……ってなに?」
じとりとしたマナの視線が刺さる。
「……褒めてんだよ!」
「褒めるなら、ちゃんと褒めてよ」
マナがはぁ、とため息をついた、その時だった。
「市長がお招きした方ですね。よかったら、少しお話ししませんか?」
振り向くと、若い男性が立っていた。 すらりと背が高く、穏やかな笑みを浮かべている。
「よかったら、一曲いかがですか?」
「え……私でよければ」
マナが差し出された手を取ると、フォックスが笑った。
「行ってこいよ。せっかくの機会だ」
男性にエスコートされ、マナはダンスフロアへと向かっていく。
「……おい、フォックス。知らねぇ奴だろ」
「大丈夫さ。すぐ近くに俺たちがいる……それに、どこかの社長の息子とかかもしれないだろ!」
「がめつい奴だなお前!」
そう言いながらも、ファルコは何となく踊る二人を目で追ってしまっていた。
「私、あんまりダンス得意じゃなくて……」
「大丈夫。リードするよ」
男性はマナの手を取り、音楽に合わせてゆっくりとステップを導いていく。
「君はどこに住んでいたの?」
「ここから離れた、コーネリアという星です」
「コーネリアなんだ。あの辺りは人間が少ないって聞くけど、暮らしにくくなかった?」
「そう……ですね。でも、なんとかやってました! みんな優しかったので」
マナの脳裏に、アカデミーの友人や、育ててくれた母の姿が浮かぶ。
「……この街は、外から移り住んできた人も多いんです。きっと君も気に入ると思いますよ」
男性は優しく微笑みかけた。
彼にリードされながら、マナはぎこちなくステップを踏む。
ふと会場の端へ視線を向けると、テーブルに座るファルコと目が合った。
「……」
ファルコはすぐに視線を逸らす。
なぜこちらを見ていたのか分からず、マナはほんの少しだけ首を傾げた。
「どうかしました?」
「あ……いえ、何でもないです……。私も、とても素敵な街だと思っています。時々また遊びに……わっ!」
「おっと!」
足を滑らせたマナの身体を、男性が咄嗟に抱きとめる。
すぐ目の前に整った男性の顔があり、マナは頬に熱が集まるのを感じた。
「……!」
遠くからその様子を見ていたファルコが、反射的に腰を浮かせる。 その拍子に椅子が床を擦り、テーブルがわずかに揺れた。
「なんだよ、ファルコ? どうした?」
フォックスが訝しげに彼を見る。
「……別に。椅子引っ掛けただけだ」
「ふーん?」
フォックスはファルコの視線の先を辿る。
「そんなに気になるのか?」
「気にしてねぇよ!」
なぜか苛立ったように返すファルコを尻目に、フォックスは席を立った。
「さて、俺も営業するかな。ファルコは? ここにいるか?」
「……ああ。行ってこいよ」
フォックスが去ったあと、入れ違いにマナが戻ってきた。
「随分楽しそうだったな」
笑顔で戻ってきた彼女に、ファルコは視線を逸らしたまま声を掛ける。
「え? うん、話しやすい人だったよ」
ファルコは一瞬だけ彼女へ視線を向けた。
何か言いかけるように口を開きかける。 けれど結局、何も言わないまま視線を落とした。
「……そうかよ。飲み物取ってくる」
マナの前を通り過ぎ、席を立つ。
そのままパーティ会場から少し離れたバルコニーへ出た。
────まただ。コイツに近づく奴が気になる。
フォックスと距離が近かった時もそうだ。 今日もなぜか、胸の奥が落ち着かなかった。
同じ人間の男と踊るマナは、グレートフォックスで過ごしている彼女とは少し違って見えた。
この街には、自分たちの知らない彼女の暮らしがある。
自分たちの知らない場所にも、彼女が自然に馴染んでいくような気がした。
ファルコは、焦りとも苛立ちともつかない感情を持て余していた。
*
その後、舞踏会の会場を一足先に抜けたファルコは、ホテルへ戻ろうと館内の廊下を歩いていた。
「舞踏会はどうだったかな、マナ君」
「とても楽しかったです! 他の人間の方とも知り合えて良かったです」
廊下の奥から聞き覚えのある声が聞こえ、ファルコは思わず足を止める。
マナとエリアスの声だった。
「この街には、人間の古い文化や生活記録を集めた資料室があるんだ。君も興味があるかと思ってね」
そこには、かつて人間たちが営んでいた暮らしを記録した資料が並べられていた。
家族。
学校。
街並み。
何気ない日常を切り取った、いくつもの写真。
「私の両親も……こういう所を歩いたことがあったのかな」
資料を見つめながら、マナがぽつりと呟く。
「君は、ご両親のことを?」
「ほとんど覚えてないんです。小さい頃に亡くなったって聞いてて。育ててくれた母は、本当に大切な家族なんですけど……」
マナの指が、一枚の写真をそっとなぞる。
そこには、母親と幼い子供の姿が写っていた。
「それでも、自分がどこから来たのかは気になります」
「知りたいと思うことは、育ててくれた家族を否定することじゃないよ」
少し寂しげに写真を見つめるマナを励ますように、エリアスは彼女の肩へ軽く手を添えた。
「もし君が望むなら、この街にしばらく滞在してもいい」
マナの瞳が揺れる。
「ここには人間も多いし、君のルーツを調べる手伝いもできる」
────ここに残る?
廊下でその言葉を聞いていたファルコは、わずかに目を見開いた。
脳裏に、先ほど人間の男と踊っていたマナの姿がよぎる。
この街には、彼女と同じ人間がいる。
自分たちの知らない暮らしがあり、自分たちの知らない彼女の未来がある。
なぜか、胸の奥がざわついた。
室内のマナの様子を窺う。 彼女は、少し困惑したような表情を浮かべていた。
────……迷ってんのか。
それ以上聞いていられず、ファルコは足早にその場を離れた。
*
エリアスと別れたあと、マナはフォックスたちと共にホテルへ戻った。
「……どうしよう」
エリアスの誘いを聞いてから眠る気にもなれず、自室へ戻らないまま、ドレス姿で人気のないラウンジに佇んでいた。
「まだ起きてたのか」
「ファルコ……」
ファルコもまた、先ほどの礼服姿のまま現れた。
「眠れなくて」
「……そうか」
ファルコは近くのソファに腰を下ろした。
彼女が眠れない理由には、思い当たる節があった。
そして、彼自身が眠れない理由にも。
しばしの沈黙のあと、マナが口を開く。
「……市長さんに、この街に残らないかって言われたの」
マナはラウンジのガラス窓の向こうに広がる夜景を見たままだった。
その表情は窺えない。 けれど、声がわずかに震えていた。
「……」
「正直……迷ってるんだ……いや、迷ってるんじゃないな」
「どういう意味だ?」
「ここには人間がたくさんいて、まだ少ししか滞在していないのに、すごく安心した……でも……」
「でも……なんだ?」
マナが振り向く。
「私の居場所は、スターフォックスなんだよ」
「……そうかよ」
それだけ返したファルコの声は、思っていたよりも穏やかだった。
「みんなと騒いだり、遊んだり、戦ったりして……その日々がなくなるのは、考えられなかった」
マナが俯く。
「この街にいる幸せも分かるのに……みんなの顔が、もう頭から離れないんだ」
彼女の瞳が潤んでいるのが分かった。
「……そんな自分の気持ちに戸惑ったって感じかなっ! はは!」
泣いているのを悟られまいと、マナはまた窓の外へ向き直った。
「……じゃあ、なんでそんな顔してんだ?」
「だって、両親のことを知れるかもしれないって思ったら……やっぱり気になるよ」
ファルコが、はぁ、と小さく息を吐く。
「別に、ここに住まなくても調べられるだろ」
「……え?」
マナが再び振り向き、目を丸くしてファルコを見る。
彼はほんの少し笑っていた。
「知りてぇなら、また来りゃいい。俺たちだっているんだからよ」
────この先も、一緒にいてくれるって……こと?
ファルコの真意を探るように、マナは彼を見つめたまま動きを止める。
そんな彼女の戸惑いには気づかず、ファルコは続けた。
「……マナ」
そこで一度、言葉を切る。
そして、真っ直ぐに彼女を見つめ返した。
「俺たちは仲間だ」
「……うん」
仲間。
その言葉は嬉しいはずなのに。
なぜか、胸の奥に小さく引っ掛かった。
────私は、何を期待したんだろう。
「一人で背負うな。頼れよ」
「……ありがとう、ファルコ」
「礼を言われることじゃねぇ」
その声は、いつものぶっきらぼうな調子よりも少しだけ柔らかかった。
マナは何かを言おうとして、口を開く。
────もっと、何か。
もう少しだけ、目の前の彼に伝えたいことがある気がした。
けれど、それが何なのか、自分でも分からない。
結局、言葉にはならなかった。
*
「エリアスさん。昨日のお言葉、とても嬉しかったです」
出発前、マナは一人で再び市長室を訪れていた。
エリアスを真っ直ぐに見つめ、彼女は言った。
「私は、彼らと共に旅をしたいです」
「マナ君……」
「ここで暮らす未来も、きっと幸せなんだと思います。でも……」
マナは一度、息を吸った。
「スターフォックスのみんなといることが、今の私の幸せなんだと思いました」
「……そうか。それほど強く、彼らと繋がっていたんだね」
エリアスは穏やかに微笑む。
「君が幸せなら、それでいい。ここは君の第二の故郷だと思って、いつでも帰ってきておくれ」
「……ありがとうございます」
少し涙ぐむマナを見て、エリアスは穏やかに微笑み、慰めるようにその背を軽く叩いた。
*
「ああ、マナ。よく眠れたか?」
姿を現したマナにフォックスが声を掛ける。
市長への挨拶を終えた彼女がホテルへ戻ると、待合室にはすでに全員が揃っていた。
「うん! 舞踏会、楽しかったね!」
そう笑って答えながら、マナは一瞬だけファルコを見る。
ファルコも何も言わず、ほんの少しだけ視線を返した。
────昨日のこと、みんなには言わないでね。
ラウンジで別れたあと、端末に送られてきたマナからのメッセージ。
心配させたくないから、とのことだった。
ファルコは何も言わず、いつも通り皆と笑う彼女を見つめる。
それから、誰にも気づかれないように、小さく息を吐いた。
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