第2部 居場所
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フリー・アズ・ア・バードのアジトで夜を明かし、翌朝。 マナ達は出発の準備をしていた。
「じゃあね、マナちゃん。また会いましょ!」
キャットが屈んで、マナの頬に軽くキスをする。その様子を見て、ファルコが少し目を見開く。
「うん、キャット! また遊びに行こうね!」
「……随分仲良くなったんだな。」
「えへへ。女友達が出来て嬉しいよ。」
満面の笑みでファルコを見るマナ。 キャットにすぐ懐いてしまったことが気に食わず、ファルコは視線を逸らした。
「ぷっ……! 鬱陶しい男は嫌われるわよ?」
その様子を見ていたキャットは、吹き出しながらファルコに言い放つ。
「……っ、うるせぇ! さっさと戻れ!」
怒り出すファルコから逃げるように身を翻し、アジトへ向かうキャット。 少し離れたところで、思い出したように振り返った。
「……あ、そうだ! 実はさ今回の件、放っておいても、あたしたちだけで追えたんだけどねぇ!」
「え? キャット……それは、どういう!」
マナが少し声を張って問い返す。
「ウワサのマナちゃんが気になってねぇ! ファルコと上手くやってるスターフォックスの新人なんて、見ておくしかないでしょ!」
「~っ!! キャット~っ! お前……!!」
からかわれ続けたファルコは、とうとう我慢ならないとばかりにキャットを追いかけようとする。
「いいじゃない! ちゃんと報酬は振り込んだわよ!」
「ははは! やられたな、ファルコ。まあ報酬はきっちり貰った。問題なしだぜ。」
フォックスは口笛を吹きながら、上機嫌でアーウィンに乗り込んでいく。 キャットはいつの間にか姿を消していた。
「……くそっ! 覚えてろよ。」
追いかけることを諦め、ファルコも渋々アーウィンへ向かう。
ふと振り返ると、マナがまだキャットの向かった方向を見ていた。
「ほら、行くぞ。」
「あ、うん!」
スターフォックスに就職してから、初めて出来た友人。 キャットは自由奔放で、初対面にもかかわらず、一緒に話していても退屈することがなかった。
「またね、キャット。」
再会できる日を楽しみに、マナは帰路につい
た。
*
────数日後。
キャットと出会ってから数日。 雑務に追われる忙しい日々を過ごしていたマナにも、ようやく少し空き時間ができた。
「はー、気持ちいい……。」
シャワーが心地よく体を打つ。 作業もひと段落し、気分転換にシャワールームへ向かったのは正解だった。
────「今みたいに甲斐甲斐しく他人をお世話してるアイツを見るのは初めてよ?」
静かなシャワールームで、ふとキャットの言葉を思い出す。
「……私……だけ?」
ぼんやりと考え事をしたまま、脱衣所を出て自室へ向かおうとする。
「おう、お前もシャワー浴びてたのか。」
大きな影がマナの視界を遮った。
「……っ! びっくりした!」
考え事の中心人物が、目の前にいた。 ファルコもシャワーを浴びていたのか、いつものフライトスーツではなく、ラフな部屋着を着ている。
「あ、うん! ちょ……ちょっとスッキリしようと思って……!」
シャワーでリラックスしているせいか、ファルコの目元はいつもより少し柔らかく見えた。 ラフな部屋着から浮かぶ肩や腕の線まで、普段なら気にも留めないことが妙に目につく。
そんな自分に戸惑い、マナは少し挙動不審になった。
「……何だよ?」
「べ、別にっ!」
視線の合わないマナを、ファルコが訝しげに見る。
「変なやつだな……。疲れてんなら寝ろよ。昼飯食おうぜ。」
そう言い残し、先にリビングへ向かっていった。
「うん……すぐ行くよ。」
消え入りそうな声で、マナは呟いた。
*
「スリッピー、もう怪我の具合は大丈夫なのか?」
端末を忙しく操作しながら、片腕をブンブンと振り回すスリッピー。
「もう絶好調だよ! 次の任務から出られるよ。」
フォックスに親指を立てて合図する。
「良かった。でも復帰したからって、急に無理しないでね?」
マナはスリッピーのデスクの傍らに食事を置く。
「わぁー! オイラの好きなフレンチトーストじゃん!」
彼は目を輝かせてマナを見る。 嬉しそうに頬張る様子を見て、マナも思わず笑ってしまった。
「スリッピーも回復したことだし、そろそろ任務に出たいがのう。」
「最近依頼が少ないな。」
端末を覗き込みながら、フォックスが近況を確かめる。
「営業してみるのはどう? 宣伝とかしてる? 他の傭兵部隊は、戦闘以外の依頼も広く受けてるみたいだよ?」
マナが自身の端末を操作し、他部隊の広告を見せる。
「んー、そうだな。今までそこまで手が回っていなかったかもな……。」
「おいおい、フォックス。スターフォックスを何でも屋にする気かよ。」
「まあ、長い休暇もいいんじゃない? たまには! ねぇねぇ、今日も暇ならこのお祭り行こうよー!」
スリッピーがキーボードを叩くと、リビングの中央にホログラムの画像が表示される。
「夏祭り……いいね、行きたいよ!」
出店や花火、パレードもあるようで、マナは嬉しそうに目を輝かせた。
「たまにはいいかもな。息抜きになりそうだ。」
「祭りなんて久しぶりだのぅ。」
フォックスとペッピーは前向きな返事をする。 一方、ファルコは興味がなさそうに視線を逸らしていた。
「……俺はパスだな。」
「なんで? ファルコも行こうよ!」
「俺はいい。」
「えー、みんなで行きたい。」
少し肩を落とすマナ。 しょんぼりとした彼女を見て、ファルコはため息を吐いた。
「……ったく。分かったよ。」
「やったー!! みんなで写真撮りたい!」
ファルコから渋々同意を得ると、マナの表情が一気に明るくなった。
────そんなに嬉しいのかよ……。
口には出さず、ファルコは呆れたように苦笑する。
「いいね! オイラのカメラ持ってくよ!」
ワイワイとスリッピーとマナが騒いでいると、突如ナウスのアナウンスが流れた。
『ペパー将軍の通信が入っています。応答を保留中。』
「ペパー将軍? 突然だな……。みんな、作戦室に向かうぞ。」
フォックスはメンバーに声をかけ、リビングを後にした。
*
『スターフォックスの諸君。健在かな?』
「あぁ。アンドルフのことが終わった直後は、飛び交うように仕事が来たよ。」
『ははっ。それは何よりだ。』
フォックスが親しげに話すホログラムに映し出されているのは、間違いなくコーネリア軍の最高司令官、ペパー将軍だった。
「……なんか、フォックス敬語も使ってないけど……いいの?」
マナは小声で、隣にいるペッピーへ話しかける。 最高司令官に対してあまりにもフランクなフォックスの態度が、妙にヒヤヒヤした。
「まあ、最初からあの調子なんだ……気にするな。」
眉尻を下げて苦笑するペッピー。
『今回はな、事前に知らせておきたいことがあって、連絡したのだ。』
穏やかに話していたペパー将軍の表情が引き締まる。
『最近、ライラットに点在している犯罪グループの動きが怪しい。戦闘機の部品や銃火器などを狙った事件が多発している。』
「……そうか。最近の依頼でも、そんなことがあったよ。」
フォックスの脳裏に、フリー・アズ・ア・バードでの一件がよぎる。 キャットの戦闘機の部品が狙われていたのだ。
『ふむ……。近いうちに大きな戦闘が起きる可能性も否定できない。その時は、また力を貸してほしい。』
「報酬を弾んでくれるなら、どこへでも行くぜ? まあ話は分かった。有事の時には声をかけてくれ。」
両手を広げ、余裕の笑みを浮かべるフォックス。
『頼んだぞ……。おお、そうだ。最近、新しいメンバーが入ったそうだな。』
ペパー将軍のホログラムが、周囲を見渡すように動く。 そして、マナの姿を認めた。
『君がマナ君か。』
ペパー将軍と目が合い、マナは思わず立ち上がる。
「は、はい……!! 私がマナです!」
『アカデミーの親しい教官から以前、君の話を聞いたことがあってね。スターフォックスに入団したと聞いて、気になっていたんだよ。』
緊張して身を固くするマナを見て、ペパー将軍が少し笑う。
『なかなか就職先が君だけ決まっていないと言っていたのが、今では活躍しているようで良かったよ。友人にも伝えておこう。』
「こ、光栄です……!!!」
どう対応していいか分からず、マナは勢いよく敬礼する。
その様子を見て、フォックス、ファルコ、スリッピーが笑いをこらえているのが視界の端に入った。
『有事の際には、君にも存分に働いてもらいたい。ではな。』
マナの敬礼に応え、ペパー将軍も敬礼を返す。 そして通信が切れた。
「もうー! 笑わないでよっ!!」
「マナちゃん、顔真っ赤だよー!」
通信が切れたことで、スリッピーが遠慮なく笑い声を上げ始める。
「『こ、光栄です……!』だってよ、はははっ!」
ファルコが敬礼の真似をしながら、ソファに転げて笑っている。
「ふふっ……マナ、良かったじゃないか! 君の教官も安心しているよ。」
笑い声混じりに、フォックスがマナの肩へ手を置く。
「フォックスまで~!」
恥ずかしいやら悔しいやらで、張り詰めていた緊張が一気にほどける。 皆につられて、マナまで笑い出した。
「あはは、びっくりしたよ、ほんと。いきなり話しかけられたからさ。」
マナはストンとソファに腰を下ろす。
横に座っていたペッピーも声をかけた。
「ペパー将軍もマナ君のことを知っていたとはな。こりゃ君も、もっと頑張らんといかんなっ。」
「また特訓するか!」と、マナの背中を軽く叩く。
「えー! 嬉しいけど、お手柔らかにね……。」
その後もしばらく、グレートフォックスには楽しげな笑い声が響いていた。
*
一行は予定通り、夏祭りの会場に足を運んでいた。
夜の街は、提灯や色とりどりの電飾で華やかに彩られている。 多数の出店が立ち並び、大勢の人々で賑わっていた。
「マナちゃん、まだかなー。」
スリッピーとペッピーは祭りの雰囲気に合わせて、甚平を着ていた。 スリッピーの案で、とある惑星に伝わる『浴衣』を着ようということになり、祭り用の衣装をレンタルしたのだった。
「フォックスも、ファルコも浴衣着ればいいのにぃー。」
「俺は私服が楽だよ。」
「めんどくせぇ。」
そんなやり取りをしていると、マナがレンタル衣装の店から出てきた。
「ごめん! 初めて着るから時間かかっちゃった。」
「良く似合ってるよ、マナちゃん!」
「いいじゃないか。」
淡いブルーの花柄が描かれた華やかな浴衣を着ているマナ。 髪にも飾りを添え、いつもとは違う雰囲気を纏っていた。
「……。」
ファルコを除く三人は、口々にマナへ声をかけている。
ふと、マナは黙ったままのファルコに気づいた。
「ファルコ……? 何か変かな?」
ファルコの視線が浴衣へ向けられていることに気づき、マナは自分の姿を見回す。
「いや、別に変じゃねぇよ……。」
いつもは作業服やフライトスーツ姿ばかりの彼女が、今日は髪まで飾り、薄く化粧もしている。
ほんの一瞬、見とれていたことを悟られたくなくて、ファルコはわざとらしく視線を逸らした。 そのまま屋台の並ぶ大通りへ歩いていってしまう。
「素直じゃないのう……。」
「どうしたんだ? あいつ……。」
ペッピーがファルコの背を見ながら呟き、フォックスは怪訝な顔をした。
「マナちゃん! 早く行こうよ!」
ファルコの態度に少し取り残されていたマナは、スリッピーの声で我に返る。
「あ、うん! 行こう! 待ってよ、ファルコ!」
*
「よーし! フォックス、オイラと射的勝負しようよー!」
「いいぜ? 負けた方が一杯奢りな。」
二人して屋台へ走っていく。
「ワシは酒のツマミでも買おうかの。」
「あ、私もりんご飴食べたいかも。」
立ち並ぶ様々な店に、マナは目を奪われる。 食欲をそそる香りも辺りに立ち込めていて、自然と気分が高揚した。
「おい、あんまり離れるとはぐれるぞ。」
「大丈夫だよー。」
いつの間にかマナのすぐ後ろについていたファルコが呼び止める。 しかし彼女はその制止もそこそこに、店へ近づいていった。
「んー! 美味しー!」
購入したりんご飴を頬張り、満足そうに微笑むマナ。
その様子を見て、ファルコは思わず笑ってしまった。
「そんなに美味いかよ。ただの飴だろ。」
「いやいやー、この雰囲気で食べるから美味しいんだよ。一口いる?」
マナがりんご飴を差し出す。 ファルコは一瞬、飴へ視線を落とした。
「……自分で食えよ。」
「えー、美味しいのに。」
「そんなの、顔見りゃ分かる。」
りんご飴を手に、皆のところへ戻ろうと少し来た道を引き返す。 しかし、フォックス達の姿は見当たらなかった。
「あれ、ペッピーもいない……はぐれちゃったね。」
さっきまでいたはずのペッピーの姿も、いつの間にか人波に紛れていた。
「あいつら……どこ行ったんだ。」
しばらく辺りを探したものの、この人混みの中から見つけ出すのは難しそうだった。
「はあ、ちょっと疲れちゃった……。靴が、草履? でさ、歩き慣れてなくて。」
マナは足元へ視線を落とす。 慣れない草履のせいか、足がいつもより重く感じた。
「早く言えよ……。」
ファルコは周囲を見渡し、少し離れたところにある、人の少ない公園を見つけた。
「お祭りって楽しいね。」
「はしゃぎすぎなんだよ、お前。」
ベンチに座った二人は、遠くに聞こえる祭りの賑わいを耳にしながら休憩を取った。
「ファルコも、なんだかんだ来てくれたじゃん。」
「……うるせぇ。お前が皆でって言うから……。」
────また『お前』って呼んだ。
マナは、ファルコの目を見た。
「ファルコ。」
「……ん?」
「一つお願いしていい?」
「お願い?」
「……名前で呼んでほしい。」
予想していなかった言葉に、ファルコは一瞬目を丸くする。
「は? なんで急に。」
「だって、あの時は呼んでくれたのに、それからずっと『お前』だし。」
マナは少し唇を尖らせる。 責めたいわけではない。 ただ、あの時に呼ばれた自分の名前が、思っていた以上に嬉しかったのだ。
「……別にいいだろ。」
落下から救出した時も、マナは名前について何か言っていた気がする。
「よくない。」
まっすぐ返され、ファルコはわずかに眉を寄せた。 どうしてそこまで名前にこだわるのか、彼にはまだ分からない。
「なんでだよ。」
「……名前で呼ばれる方が、嬉しいから。」
その答えに、今度はファルコが黙った。
────嬉しいから? 俺が名前を呼ぶだけで?
マナは変わらず彼を見つめている。 冗談で言っている様子はなかった。
「…………分かった。」
少し視線を逸らし、観念したように息を吐く。
「……マナ。これでいいか?」
長い沈黙のあと、少し小さな声で彼女の名を口にした。
「うん!」
マナの顔がぱっと明るくなる。
そのあまりに分かりやすい反応に、ファルコは一瞬言葉を失った。
「……なんだよ、その顔。」
「えへへ、嬉しいもん!」
ただ名前を呼んだだけ。 ファルコにはそう思えた。
それなのに彼女は、まるで何か特別なものを受け取ったように笑っている。
「変なやつだな。」
呆れたように言いながらも、その表情はどこか柔らかかった。
「あー! いたー! もう、どこ行ってたんだよ二人ともー。」
公園から出てきたファルコとマナを、スリッピーが見つける。 ペッピーとフォックスも、先に合流していたようだった。
「お前らがいなくなったんだろ。」
ファルコが鼻を鳴らす。
「もうすぐ花火始まるぞ。会場まで移動しようぜ。」
フォックスが地図を見ながら、目的地を指差した。
*
────ドンッ、ドンッ!
海岸線の夜空に次々と打ち上がる花火が、美しい閃光を放ちながら大輪の花を咲かせていく。
「花火入れて、写真撮ろ撮ろ!」
スリッピーがセルフィー用にカメラを構える。
「はいはいー、みんな寄ってー! はい、チーズ!」
「見せてスリッピー……ファルコこっち向いてないじゃん! ペッピーも見切れてるし! 撮り直しー!」
マナがカメラを構え直す。
「難しいのぉ……。」
「……まだ撮るのかよ。」
文句を言いながらも、ファルコは今度はきちんとカメラの方を向いた。
「ほら、お前たち。カメラ見ろよ?」
何度目かのシャッター音と同時に、大きな花火が夜空いっぱいに開いた。
画面の中には、笑う五人と、その背後を彩る光の花が収まっていた。
やがて花火が終わり、観客たちもまばらに帰り始める。
「そろそろ俺たちも帰ろうか。」
フォックスが立ち上がり、声をかける。 スリッピーとペッピーも、それに続いて歩き出した。
「そうだねー。楽しかった。」
「たまにはこういうのも悪くないのぅ。
マナはまだ祭りの余韻に浸り、少しぼんやりと夜空を眺めていた。
隣に座っていたファルコが、その肩を軽く叩く。
「……おい、行くぞ……マナ。」
「……! うん、ファルコ。」
たった一度、名前を呼ばれただけなのに、胸の奥がふわりと軽くなる。
マナは小さく笑って、先を歩くファルコの隣へ追いついた。