純愛
ヒロイン名前設定
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『え?お母さん帰って来るの?』
日曜日。
学校が休みの為、朝から家事に追われて一段落したところでお母さんから電話がかかってきた。
「何よ…なんか嫌そうね?」
『そ、そんなことないよ』
本当は、まだクラピカと付き合ったこと言ってないから、お母さんが帰って来るのはちょっとなぁ…
「ほら、火事でクラピカくんの家に居候させてもらってるじゃない?少し時間が出来たし、クラピカくん達にお礼がしたいし…それに大事な話もあるし…」
『話って…?』
「それは会ってから言うわ。来週の土曜日に行く予定だからまた連絡するわね」
『…わかった』
そのあと少し会話をしたあと、私は電話を切った。
『うそ?クラピカのお母さんも帰って来るの??』
「ああ。さっき電話があって来週の土曜日に帰るそうなんだが、いいか?」
夜、クラピカがバイトから帰り夕飯を食べている時に思い出したように言った。
『もちろんだよ。うちのお母さんも同じ日にこっちに来るみたいなんだけど、いいかな?』
「構わない。…おかわり貰っていいか?」
『うん!』
クラピカから空になった茶碗を受け取り、炊飯器を開けてご飯を盛る。
今夜は莉子とクラウスくんは出掛けていて帰りが遅く、夕飯はクラピカと二人きり。
こんなこと滅多にないので、私はすごく新鮮な気持ちで嬉しかった。
それにクラピカは私の事を「凛」と呼んでくれるから、なんだか二人の距離が近くなった気がする。
私は幸せで浮かれていた。
そして、次の週の土曜日。
「凛~莉子~」
夕方、お母さんがクラピカのお母さんと一緒に帰って来た。
クラピカのマンションに上がるなり、私と莉子にギューッと抱きつくお母さん。
「クラピカ…クラウス…うぅ」
反対にクラピカのお母さんは、息子との再会に以前と同じように泣いていた。
クラピカとクラウスはめんどくさそうにお母さんをなだめていた。
このダブル母たちは、相変わらず変わっていない。
『お茶入れるね』
「お願い~♪今日は渋い緑茶とおせんべいがいいな」
『はいはいはい』
リビングの椅子に座り、足を組むお母さん。
私と莉子はそれを横目で見ながら、キッチンでお茶の用意をする。
「いいマンションね~すごく広いわ」
「そんなことないわよ~」
お母さんの隣に座るクラピカのお母さんは、ウフフと上品に笑った。
「凛ちゃん達が来てくれて、毎日ちゃんとお掃除してくれてるから、部屋が喜んでるわよ」
「そうね~あの子たち掃除好きだから」
アハハと笑うお母さんを私と莉子はまた呆れて見る。
そして人数分入れた温かいお茶とお母さんリクエストのおせんべいをテーブルに出した。
『…お母さん、今日泊まるの?』
お茶をすすりながら聞く私。
「うーん、どうしようかな…」
『そういえば、今日は荷物少ないね』
海外から帰宅したクラピカのお母さんは、それなりに荷物があったけど…お母さんはバーキンのバック一つだけ。
いつもは必ず一泊はするから、キャリーバックで来るのに…
「あー…今日は泊まりに来たわけじゃなくて…お母さんはあんた達に話が合ってきたのよ」
『話…?』
急に真剣な顔をするお母さんとクラピカのお母さんは、顔を見合わせた。
こんなお母さんの顔…久しぶりに見る。
クラピカのお母さんも…なんだか複雑そうな表情をしてる。
一体話って何なの?
「あんた達…ここを出て東京で私と暮らすのよ」
『え!!?』
お母さんは、私と莉子を真っ直ぐに見つめて言った。
ここを出て東京で…?
なんで?
なんで急に…
「クラピカ、クラウス…」
今度は、クラピカのお母さんが口を開いた。
クラピカのお母さん同様、クラピカとクラウスくんを真剣な顔をして真っ直ぐと見つめている。
「あなた達は、お母さんとパリで暮らしましょう」
「は!!?」
クラピカのお母さんの言葉に、クラウスくんは眉をしかめて声を出し、クラピカは何も言わずにただ驚いていた。
きゅ、急になに!?
お母さんたち…久しぶりに帰って来たと思ったら、どうしてこんなこと言うの?
私は東京に住んで…
クラピカは…イギリス……に?
そんなの…絶対に嫌だ!
引っ越しなんかしたくない!
クラピカと離れたくないよ!!!!
.
「…急にどうしたの?何かあったの?」
莉子がお母さんの顔を覗きこむと、お母さんとクラピカのお母さんは二人で顔を曇らせた。
「…この間…私の家で火事があったでしょ…?」
先に口を開いたのはお母さんで、少しためらいながら話始めた。
まさか、火事の事を言われるとは思っていなかった。
きっと私以外も、そう思ったはず。
「火事があったって連絡貰ったとき…初めて心臓が止まりそうになったの。あなたたちに何かあったんじゃないかって一瞬でも思った瞬間…生きた心地がしなかったわ」
お母さん…
時々手元を見たり、私達を見たりしながら話すお母さんの目は真剣だった。
「あなた達の年頃って…親なんて煙たいだけの存在だと思っていたの。私がそうだったから…だから私は東京に行ってあなた達だけで生活させてたわ。
もちろん自分の仕事も理由の一つだけど…それが皆にとって一番いいと思ったから…でもあの火事があって……その考えが少し変わったのよね」
お母さんとクラピカのお母さんは顔を見合わせた。
そして、お母さんはまた口を開く。
「やっぱり家族は傍にいないとダメなのよ。離れてていいこともあるけど…取り返しのつかないことがあったら、一生後悔するわ」
「…私もひとみちゃんと同意見よ。やっぱり離れて暮らすのは心配なのよ」
お母さんたちの言葉に、私達子どもは黙り込んでしまった。
「ごめんね。あなた達を振り回す形になっちゃうけど、許してね」
「私もひとみちゃんも仕事があるからこの街に住み続けることは出来ないの。だから東京とイギリスにそれぞれ暮らしましょう」
「それでいいかしら?」
ニコッと微笑むお母さん。
私はその笑顔に、腹の底からムカついた。
そして私は勢いよく立ち上がり、お母さんをキッと睨んだ…
勢いが良すぎて、椅子が床に倒れた。
『勝手なこと…言わないでよ…』
「お姉ちゃん…」
怒りで震える私を、隣にいる莉子が止めに入る。
『どこまで勝手なの!?散々好き勝手やってきたくせに、火事があったからって今度一緒に住もうって…そんなのないよ!自分勝手にも程がある!
お母さんは私達のこと考えてるようで結局いつも自分のことだけじゃん!私には今の生活が…あるのに……』
目からボタボタと涙がこぼれ、喉の奥が潰れるくらい痛くなった。
お母さんと離れてて、寂しいとか…思わなかったわけじゃない。
話を聞いて欲しいとか、いなきゃ困ったことは確かにあるの…
だから、一緒にまた暮らすこともいいと思うけど…でも…
それ以上に…
今はクラピカと一緒にいたい…
初めて好きになった人と、やっと付き合えたのに…
キスしたり、話したり…触れたり…
お互い名前も呼びあってるのに…
離れたくないよ…
絶対に嫌だ!!
「お姉ちゃんっ!」
席を離れようとする私を、莉子が引き止めようと呼んだんだけど、私は止まることも振り返る事もなかった。
言いたいことを吐き出したし、遅い気もするが泣いているところも見られたくなかった…
私は玄関でクロックスのサンダルを履いて、家を飛び出した。
そしてクラピカのマンションを出て、どこに行くわけもなくとりあえず走った…
けれど、マンションの前の信号は赤になってしまい、すぐに立ち止まる。
私は近くにいる人に泣き顔を見られないように、俯いて信号が青になるのを待つ。
ポケットにはスマホが入ってる…
財布はないけど、まあいいや。
ポケットに手を入れて下を向きながら、しばらく待つと信号が青に変わり、私はやや早足で歩き始めた。
これからどこに行こう…
こんなふうに家を飛び出したなんて初めてだから、どうしたらいいのか分かんないよ。
トン…
ぼーっと歩いていると、すれ違った人と軽くぶつかってしまった。
『あ、すみません』
とっさに謝り、頭を下げようとぶつかった相手をチラッと見ると…
「水上?」
『レオリオ!?』
ぶつかった相手は、レオリオだった。
「お前と会うなんて珍しいこともあるんだなァ!」
『本当にね…』
レオリオはコートを羽織り、中はボタンシャツに黒のパンツ、なんだかいつもよりも控えめなファッションに見えたが、それが逆にオシャレにも見えた。
「とりあえず渡るか」
『うん…』
青信号が点滅したため、横断歩道の真ん中にいた私とレオリオはとりあえず信号を渡り、すぐそばにあるコンビニの前までやって来た。
「お前一人で何やってんだ?クラピカはどーした?」
『え、あー…えっと…ちょっと買い物に来ただけだよ。クラピカは家にいる…』
「…ふーん」
レオリオの目は、どこか私の嘘を見抜いている顔だ。
『あんたは?何してんのよ??』
こうなったら、そっちに話をふろっ!
「あー…俺はこれから、香奈江と映画に…」
『香奈江と!?』
映画ってことは…デート!?
グイッ
レオリオの口から「香奈江」と出た瞬間、私はレオリオの着ているカーディガンの胸ぐらをつかんだ。
「な、なにすんだよっ!!」
『あんたね!香奈江の事どう思ってんの!?中途半端にして傷つけたりしたら許さないからね!!』
香奈江の話によると、一方的にキスしたらしいし!
「んだよ…お前に筒抜けかよ!別にいいけど、なんで俺がお前に怒られなきゃなんねーんだ!?」
レオリオはケッと笑った。
『香奈江があんたの事で悩んでたから!!キスしたならちゃんと最後まで責任取りなさいよね!!』
「…キスも筒抜けかよ!!ま、いいや。だからこれから香奈江と映画に行くんだよ」
『え?』
レオリオは私から目をそらし、口を尖らせた。
「なんか舞い上がって一方的にキスしちまって、ちょっと気まずくなっちまってよ。告るタイミングをなくしたっつーか…だからデートしたあとでも、ちゃんと告白しようかなって…順番逆だけどな」
『…………』
私は掴んでいるレオリオのコートをそっと離した。
.
『そう…なら…許すよ』
レオリオって思ってたよりもちゃんと考えてるんだな…
チャラそうだけど、恋愛は結構真面目そうだし…
「ったく、お前はなんで俺にはそんなに暴力的なんだ!?クラピカにはそんなことぜってぇしねーだろ!!」
『ク、クラピカは私を怒らせたりしないから!!』
「んじゃ…今一人でいるのはクラピカと喧嘩したわけじゃねーんだな」
『え?』
レオリオの表情は、明らかに私を見透かしていた。
私が買い物をするために一人でいたなんて、全然思っていない顔だ。
クラピカもレオリオも、こういうところ鋭い。
だから私は嘘がつけない。
『喧嘩じゃないよ…クラピカとは順調だし』
「だろうな。お前らが喧嘩するってのは中々だろーから、きっと喧嘩したらお前はもっとひどい顔すんだろうな」
『悪かったね、ひどい顔してて』
ちょっと泣いたからメイクとれたし、最悪な顔ですよきっと…
「ま、俺はこれからデートだからよ♥あとはクラピカに傍にいてもらえよ」
『…クラピカって……?』
レオリオが私の後ろを指差して、ニヤリと微笑んだ。
振り向くと、さっきレオリオと会った横断歩道の向こう側にクラピカの姿が…
飛び出した私を追いかけてきてくれたのか、クラピカは息を切らし私を心配そうに見ていた。
「じゃあな。また学校でな!!」
『う、うん!香奈江によろしく!あ、レオリオ!』
駅に向かうレオリオを、私は引き止めた。
『ありがとうね』
レオリオに手を振りながら、やや控えめに笑う。
「ああ。クラピカならなんとかしてくれるぜ、きっと」
そう言ってニッと白い歯を出して笑い、レオリオは小走りで駅の方へ行ってしまった。
レオリオの事が、なんだか友達として好きになれた瞬間だった…
レオリオから目をそらし、信号待ちしている彼に目をつける。
クラピカは私を真っ直ぐに見つめていた。
私はクラピカから目をそらして、気まずそうに自分の足元を見つめた。
一人でどこか行こうと思ってたのに、もうクラピカに見つかった…
カッコ悪…
見つけたのがお母さんだったら直ぐに逃げるところだけど、クラピカだったら逃げられない前に逃げたくない自分がいる。
悔しいけど…追っかけてきてくれたことが嬉しいんだもん…
タンタンタンタン…タン…
下を向いていると、足音がどんどんこっちに近づいて来るのが見える。
そしてその足音は、私の近くで止まった。
しばらくうつむいたあと、恐る恐るクラピカの方に目をやると、クラピカは今にも笑い出しそうな顔をして私を見下ろしていた。
「……ぷ、ハハ」
『なっ、なんで笑うの!?』
そして、堪え切れず笑い出したクラピカ。
気まずかった雰囲気は一気に消え、いつもの私とクラピカの空気になる。
「いや…まさか家を飛び出していくとは予想外だったからな」
『………』
私だって、そう思います。
ぎゅ
するとクラピカは、スッと自然に私の手を握り歩き出そうとする。
『嫌だ!私帰らないからねっ』
まるで、子どものように駄々を捏ねる私。
「…分かっている。少し散歩しよう…お前の頭が冷えるまで」
『……一生冷えないよ』
私の言葉にクラピカはふんと鼻で笑ったあと、駅とは反対方向にゆっくり歩き出した。
クラピカと散歩できるのは嬉しいけど、お母さんから言われたことがあるので、思いっきりはしゃげない。
だからとても複雑な気持ちのまま、クラピカの手の体温を感じながら歩いていた。
このまま二人で、どこか遠くに行ってしまいたい…
そんな気分だった。
「…ほら」
『ありがとう…』
クラピカとやって来たのは、火事のあった私の自宅に近い公園。
その公園のそばにあった自販機で、クラピカが買ってくれたミルクティーのホットを受け取る私。
クラピカは自分の分の飲み物を買うために、自販機に手慣れた手つきで小銭を入れる。
ピッ
私はスッと手を伸ばし、自販機のホットのブラックコーヒーのボタンを押した。
クラピカはいつもブラックコーヒーを飲むから、言われなくてもわかるもんね。
下から出してきたブラックコーヒーの缶を取り、クラピカに差し出した。
「…今日は微糖のコーヒーにしようと思っていたのだが…」
『え、嘘!』
「冗談だ」
『ム…』
私からコーヒーを受け取り、クスクスと笑いながら公園に入って行くクラピカ。
小走りでクラピカを追いかけ、クラピカの着ているストレッチのジャケットを掴む。
そして私達は、公園にあるパンダとラクダの遊具に座った。
パンダの方の遊具に乗っている私は、ハァっとため息をついた。
隣のラクダに座っているクラピカは、すました顔をして缶コーヒーを開けた。
今日の空は朝から雲空で、気温もあまり上がらないためか公園には私たち以外だれもいなかった…
外の寒さと公園の活気のなさと、お母さんのあの言葉が私の悲しいスイッチが余計オンされた。
”東京でお母さんと暮らすのよ”
あの言葉を思い出して、また目から涙がこぼれ目から流れる涙を拭い鼻をすすった。
何度考えても悲しくなる…
クラピカと離れるなんて考えられないよ…
.
ひとつ屋根の下でクラピカと莉子とクラウス…そして私…まだ期間は短いかもしれないけど、皆で暮らしてきたんだから…
もう家族みたいなものだったのに…
それがなくなってしまうの?
そんなの…ひどいよ。
ヒュ~
うぅ、寒い…
急に吹いた風がすごく冷たくて、ブルブルと震えてしまった。
今の私の格好は黒と白のボーダーのトップスに膝上までの丈のデニムのスカートに大きめのニットを着て、黒のムートンを履いている。
なんにも考えないで家を飛び出して来たから、ちょっと薄着で来ちゃった。
「ほら…」
『え…』
すると、クラピカが自分の首にしていたマフラーを外し、私に差し出してくれた。
『いいよ!クラピカだって寒いのに…』
「大丈夫だ、少なくともお前よりは」
確かにそうだ。
私みたいに何も考えずに家を飛び出してないクラピカは、黒のダウンジャケットを着ていて防寒はバッチリ。
『ありがとう…すみません』
何から何まで本当に。
私はクラピカからマフラーを受け取り、首に巻いた。
マフラーはクラピカの匂いがして、すごく落ち着いた気分になる。
ぎゅ
『……!』
後ろからクラピカに抱き締められる。
いつの間に私の後ろに来たのか分からなかったが、クラピカは私の乗っているパンダの遊具の後ろ半分にまたがり座った。
缶コーヒーは足元に置き、後ろから抱き締めながら私の頭の上にあごを乗せるクラピカ。
ちいさなパンダの遊具の上で、幸福に包まれる。
これで、お母さんのあの一言がなかったら、最高の一日になるのにな…
「…それで、どうするんだ?」
クラピカの言葉に、ピクリと反応する私。
『どうするって…』
「お前は親が言った通り、東京に引っ越すのか?」
私は抱き締めているクラピカの手をほどき、後ろを振り返った。
『引っ越すわけない!東京なんか行かないっ!だって…クラピカと離れたく…ないもん…今まで一緒だったのに…離れるなんて無理…』
だんだん弱くなっていく口調と、沈んでいく表情。
「なら、それを親に伝えてみればどうだ?」
『そうだけど…きっと聞いてくれないよ。さっきの口調だと、もう決定みたいなこと言ってたし…』
私達の意見なんて、無視されそう…
「私は言うつもりだ」
クラピカはジャケットのポケットに手を入れて、余裕の表情をする。
『クラピカのお母さんに…?』
「そうだ。「私はイギリスに行かない」とはっきり伝える」
『…!』
クラピカの言葉が胸に刺さった。
「私はイギリスに今更行くつもりは毛頭ない。友達と、それにお前がいるからな」
『クラピカ…』
「お袋が納得するまで、話し続ける。分かってくれるまで、たとえ喧嘩になったとしてもお前と離れたくはないからな」
私の頭をぽんと撫でるクラピカ。
「お前も自分の気持ちを話してみたらどうだ?しっかり話せば聞いてくれるだろう」
『うん…』
大丈夫かなぁ。
自信ないよ…なんせうちの親はあんな感じだしなぁ。
「お前が話しても分かってくれなければ、私が話してやる」
『え‥』
クラピカが?
「私も一緒なのだから、大丈夫だ。そんなに心配するな」
『…うん』
クラピカの顔は、すごく頼もしかった。
『ありがとう、クラピカ…ごめんね。家を飛び出したりして。私らしくないよね』
謝りながらクラピカの手を握る。
「謝るな」
『うん、ごめん』
「だから…」
『あっ…ごめん』
「ハハ」
クラピカが私の傍で笑ってくれるだけで、すごく安心する。
また涙が出た…
でもこれは、悲しい涙じゃないよ…
ガチャ
『ただいま…』
日も暮れて、晩御飯時の時間…
私はクラピカに連れられて、渋々帰宅した。
本当はまだ帰る気になれなかったんだけど、やや強引にクラピカに連れてこられた感じ…
「お姉ちゃん!」
「お兄ちゃん!」
玄関に入ると、莉子とクラウスが塵肺層に駆け寄ってくる。
「どこ行ってたの…?」
『…ちょっとね』
莉子の言葉に、ちょっと冷たく答えてしまう。
お姉ちゃんのくせに飛び出したりして、カッコ悪いな私…
.
「凛ちゃん…」
『あ…』
すると、クラピカのお母さんがリビングから小走りでやって来た。
「良かった…心配したのよ…」
『ごめんなさい…』
皆に心配かけてたんだ…
クラピカが探しに来てくれなかったら、もっと心配させてたかも。
私の性格からして、一人だったら帰る気にならないと思うし。
「…とりあえず中に入って温まって。外は寒かったでしょ?」
『はい…』
玄関から皆でぞろぞろとリビングへ向かい、最後に入ったのは私。
ソファーに座ってテレビを観ているお母さんは私の方をチラッと見た後、またテレビに目を向けた。
私はそんなお母さんに近づき、勇気を出して口を開いた。
『勝手に家を飛び出てごめんなさい…突然あんなこと言われて、頭に血が上って…』
「…………」
お母さんは何も言わない。
『私は東京には行かないよ。お母さんと離れるのは寂しい時あるけど、今の暮らしが気に入ってるから…それに…』
正直迷った…
でも、いいや。
『あ、私っ…クラピカのこと好きなのっ!だから…クラピカと離れたく…ない…』
言ってしまった。
お母さんはうるさそうだから、しばらくは黙っておきたかったけど…
でも、もう言うしかない。
ちゃんと自分の気持ち伝えなくちゃ…
「…ぷ」
え?
「ぷ…あはははははははははは!」
突然、大口を開けて笑い始めるお母さん。
な、なに?
何がおかしいの…?
「ひとみちゃん…もうその辺にしといてあげなさいよ」
クラピカのお母さんが笑うお母さんに近づく。
その辺って…?
「ごめんね凛ちゃん…引っ越しなんて全部嘘なのよ」
『え…嘘!!?なんで嘘!?』
嘘ってどう言う事?
頭が混乱して、分からなくなっている私…
「あんたが私に隠し事するからよ!クラピカくんと付き合ってるくせに、お母さんに内緒にしてたでしょ?」
『え…』
お母さん、知ってたの!?
「私達は離れて暮らしてるけど、お互い秘密はなしの約束でしょ!?」
『そ、そうだけど…タイミングがあるでしょ!』
「ない。付き合ってすぐ言うべきよ!お母さんは、莉子から聞いたんだから」
『え!?莉子知ってたの!?』
振り向くと、莉子はハァとため息をついた。
「知ってるよ~お姉ちゃん分かりやすいもん。私にも秘密にするなんて、結構ショックだったんですけど…」
う…
ちょっと怒ったような口調で言って、口を尖らせる莉子。
私は「ご、ごめんね…」と小声で言った。
莉子にもクラピカと付き合ったこと言わなかったのは、単に恥ずかしかったからだ…
恋愛経験ゼロだから、好きな人の事をしかも妹に言うなんて…考えただけで、頭から火が出そうだ。
ただでさえ、お母さんに知られたことで超恥ずかしいのに…
「ちょっとからかってやろうと思っただけなのに、まさか家を飛び出すとは思ってなかったよ~あはは」
ケラケラと笑うお母さんを見て、恥ずかしさと同時に腹の底から怒りが煮えてきた。
『バカァ!!!!もう知らないっっ!』
「ちょっ…お姉ちゃん!」
私はお母さんにそう叫んだあと、自分の部屋に行き荷物をまとめ、また家を飛び出した。
玄関で莉子とクラウスくんに止められたけど、私は聞く耳を持たず、家を出て行った…
お母さんに笑われて怒っていたのもあるけど、本当は自分のしてしまった行動がすごく恥ずかしかったから、今日は家にいたくなかった。
また子どもみたいなことしちゃった…
もうみんな呆れてるよ。
クラピカだってもう…追いかけてきてなんかくれない…
「凛」
エレベーターを待っていると、クラピカが私を呼び走って近づいて来る。
また…追いかけてきてくれた。
私の予想ははずれた。
だけど、嬉しい…
『クラピカごめんね。やっぱり戻る…』
「何故だ?」
『だって…クラピカに迷惑かけちゃうし』
私本当にバカだ…
「少し頭を冷やせ。…第2Rだが」
『う…』
ちょっと嫌味を言われ何も言えないでいると、クラピカはククッと笑って私の頭をポンと撫でた。
チーン…
すると、エレベーターが来てクラピカが先に乗り込み、ボタンを押してドアを開けてくれている。
私はささっとエレベーターに乗り、クラピカと1階まで降りた。
外に出ると…さっきよりももっと寒く感じ、体を縮込ませ着ているコートのポケットに手を入れた。
寒い…
12月に入ると、本格的にしんと来る寒さになるよね…
こんな日に、あてもなく外に出てるなんておかしいかな(笑)
.
『クラピカ…やっぱり戻ろうか…寒いし』
こんな寒さの中、クラピカを振り回して風邪でも引いちゃったら申し訳ないよ…
「いや…とりあえず何か食べよう。余り二人きりになれる事はないのだから、どうせなら楽しもう」
クラピカは優しい顔をして、ポケットに入れている私の手をそっと出しギュッと握った。
あったかいクラピカの手を握り返すと、また優しく微笑むクラピカ。
「デートだな」
『そ、そうだね…』
ドキドキして、外が寒いこともいつの間にか忘れていた。
クラピカに手を引かれて、思わぬ突然のデート。
家を飛び出して…ちょっと良かったかも…?
がやがや…
「凛…これは可笑しくないか?」
『そ、そうかな?』
クラピカと私は駅前のファーストフード店にやって来て、夕食を食べていた。
テーブル席に向かい合わせに座るのではなく、4人がけの席に私とクラピカは隣同士で座っている状態。
ハンバーガーを頬張りながらそれをクラピカは指摘して、ポテトを食べていた私は恥ずかしそうに俯いた。
普段あんまりこういうところに来ないから、恥ずかしくて向かい合わせなんて座れないよ…
食べてるところとか、家以外のところで見られたくないし…
「今日はどうするんだ?このまま帰らないつもりか?」
クラピカの言葉に、体がビクリと反応する。
『帰りたくないわけじゃないんだけど…なんか、今日帰ったら負けた気がする』
「ハハ、その気持ちは分からなくないな」
『お母さんたら…あんな嘘ついてひどいよね。私の行動見て、完全に面白がってたし…』
あの笑ってたお母さんの顔が、頭に焼き付いてムカムカしてくる。
「そうだな。私も半信半疑で半分は嘘ではないかと思っていた。確証はないが…」
『…そうなの?』
私はこんなオチだなんて、1ミリも予想してなかった…だからこそ、ムカつくんだよね。
「なんとなくだ。だが…半分はもしかしたら本当ではないかと思っていたから、少し焦っていた…変な話、友達は離れていても何とかなる。だがお前と離れるのは…今の私にとっては、かなり堪えるな…」
がやがやと騒がしい店内で、クラピカの声はハッキリと聞こえて…顔が真っ赤になる。
恥ずかし過ぎて、ポテトを食べている手が止まる。
嬉しい…嬉し過ぎる…
私幸せものだよね…
こんな展開贅沢過ぎるよ…
『あっ…私もだよ…』
ポテトが入っている箱を置き、俯きながら口を開いた。
私も自分の気持ちを伝えたかった…
行動だけじゃなく、言葉でちゃんと伝えなくちゃいけないってことあると思う。
それが今だよ…
『東京に引っ越したくなかったのは…一番はクラピカと離れたくなかったの…離れたってクラピカを好きでいられる自信はあるけど…やっぱり傍にいてくれないと寂しい…』
死ぬほど恥ずかしいけど、これが私の素直な気持ち…
ちゃんと言葉にして、クラピカに言いたかったから…言わないと伝わらないと思うし。
さっき公園でちらっといったけど、クラピカも言ってくれたんだから、自分からも言わなきゃね。
「ここが密室ではなく残念だ…」
『え?』
…どういうこと?
俯いていた顔を上げると、クラピカはストローでジュースを飲みながらニヤリと笑ってこっちを向いていた。
「密室だったら…押し倒していたな」
『なっ…!』
顔だけじゃなく耳まで真っ赤になる私を見て、クラピカはクスクスと笑った。
1枚も2枚も上手のクラピカに、私はやられっぱなし…
こんなんで…身が持つのだろうか…
「これからどうする?」
食事を終えると、クラピカは飲み物を飲みながら窓の外を眺めて言った。
家を出て約2時間…一回目を入れるとトータルで4時間は過ぎている。
『このまま帰らないのは、さすがにまずいよね…』
でも帰ったら、どうせまたお母さんにからかわれるに決まってる。
それを分かっているから、帰りたくない気持ちもあるんだけどね…
「…泊まっていくか?」
『えっ!ど、どこに!!?』
こんな冬に…しかも高校生の私達に泊まる場所なんてあるの?
チャリ…
『そ、それって…』
クラピカがポケットから出した鍵を見て、私は驚いたと同時に胸が高鳴った。
『ねえ…本当に入って大丈夫なの?』
ファーストフード店を後にして、私とクラピカがやってきたのは…以前暮らしていた私の自宅の一軒家。
火事があってから何度か荷物や着替えを取りに来たくらいで、すっかりご無沙汰になっていた。
焼けた家の壁や屋根は既に修理済みだが、お母さんがこれを期に家の中をリフォームしているため、まだ住めないのが現状。
「…大丈夫だ。リフォームしているのは2階だ。1階と水周りは使えるのだから、それに今日は休みだ…一泊するくらい問題ないだろう」
『う、うん…』
軽い口調で言って、クラピカは鍵を開けてドアを開けた。
『ただいま…って一応言うべき?』
「ハハ」
玄関で靴を脱ぎ、クラピカと会話をしながら家の中へ入る。
リビングに行くと、懐かしいわが家の光景を思い出した。
クラピカの家にお世話になる前と家の中は余り変わっていなかったが、人が生活していないせいかなんだか少し寂しい感じがする。
『なんか懐かしいな…』
「確かに。ここでこの間まで暮らしてたんだな…いつの間にか、本当に自分の家みたいだと思っていた…」
『クラピカ…』
部屋をじっくりと眺め、私たちはお互いにぎゅっと手を握った。
クラピカの家の生活も大好きだけど…ここからの生活が私たちの始まりだったから、やっぱりどこか特別だ。
「家のリフォームが終わったら…またここに戻って来よう」
『…うん、そうだね』
莉子もクラウスくんも、きっと賛成してくれるよね。
『…ん…………ぁ』
不意を突かれたように私にキスをしてくるクラピカは、いつもよりも大人でどこか積極的なキス…
クラピカの唇は私の熱をおびた唇を覆い、時々リップ音を立てて、完全に支配されている状態。
そしてそのまま舌を私の中に絡め、どんどん深くなっていく。
こんなキス…もうダメ…
ふぁっと息継ぎをすると、クラピカが余裕の笑みを浮かべてクスッと笑う。
「涙目になっているぞ…」
『え、嘘っ』
片目を指で拭うと、指先に涙がついている。
『本当だ…』
は、恥ずかしい…と顔を赤らめうつむく。
「今のキス…泣くほど嬉しかったのか?」
『なっ…』
嬉しかったかって…
「違うよ」とも「そうだよ」とも言えない…
私はうつむいていた顔を上げたはいいが、どうしていいかわからず、クラピカから目をそらすことしか出来なかった。
それを見て、クラピカはまたクスッと笑う…
これはからかわれているんだろうか…?
いや、多分そうだね…
悔しいけど…こういう時のクスッと笑うクラピカは、すごく好き。
学校や外では絶対にしない笑顔だから…自分にだけ見せてくれるそんな顔を、私だけ独り占めできる。
それだけで、幸せなの。
「では今日は…添い寝くらいはしてもらおう」
『えっ!!』
そ、添い寝って…!?
一緒に寝るってことだよね…
「…嫌か?」
『そ、そうじゃないけど…』
隣にクラピカがいるなんて、緊張して眠れないかも…
「大丈夫だ。何もしない」
『何その顔…なにか企んでるでしょ?』
私の肩にぽんと手を置くクラピカの顔は、なんだか意地悪っぽい顔だ。
それを見抜いた私は、疑うような目でクラピカを見つめる。
「いや…ただ最後までではなく…少しだけでも進んでいけたらと思っている」
『っ!』
す、進むっていうのは…つまり…体の一線のことだよね…
ここは家だし、今日は二人きりだし…そういう方向にいくのは不思議じゃないこと。
「…嫌か?」
ちょっと不安そうな顔をするクラピカ。
『嫌じゃないよ!クラピカじゃなきゃ…嫌だもん…ただ、緊張しちゃって…私そういうの本当にうとくて…』
恥ずかしい気持ちを押し殺して、自分の気持ちを打ち明けると、クラピカはまた私の好きなあの笑みを見せた。
「焦らなくていい。お前のことは大事にしたい…だから、ゆっくりお前のペースに合わせる」
『クラピカ…』
そう言って私を優しく抱きしめて、クラピカは私の頭にそっとキスをした。
ヤバイ…幸せ過ぎ…
「…っ………どうした?」
少し押すくらいの勢いでクラピカに抱き付くと、クラピカは一瞬よろけ不思議そうに言う。
『好き……大好き…です。…本当に…』
クラピカに出会えてよかった。
本当によかった…
「お前…それは狙っているのか?このままお前を抱きかかえ、ソファーに直行しても構わないか?」
『えっっっ!』
「冗談だ」
う…
クラピカの言葉を聞き、とっさに抱きついていた手を離した途端…クラピカは笑いながらリビングのソファーに座った。
私は恥ずかしいのと悔しい気持ちがごっちゃ混ぜになりながら、とりあえず拳を握り締めて噛みしめていた。
「ほら凛…おいで」
クラピカは自分の座っているソファーの横を、ポンポンと叩く。
私は一瞬渋ったが、クラピカの隣にそっと座った…
これじゃまるで犬みたい…
.
「ところで、リフォームは2階の何処なんだ?」
私を後ろから抱き締めながら、思い出したように言うクラピカ。
『…なんかね…余ってる部屋をカラオケルームにするんだって…』
「カ、カラオケ!?」
クラピカの顔を見なくても、顔をしかめているのが分かる。
『…帰ってきたらいつでも歌えるようにって…本当にうちのお母さんっておかしいでしょ?』
ハハハハハ…と棒読みで笑う。
「まぁ親がぶっ飛んでいるからこそ、お前がこんなにしっかりしたのかもな。そんなお前を、私は好きになった…」
クラピカのその言葉を聞いて、親を呆れる気持ちなんて今は吹っ飛んでしまう。
『クラピカだってそうでしょ。クラピカのお母さんってまだ少女のままみたいだけど…お母さんのこと、まるで恋人みたいにクラピカはサポートしてるでしょ?そういう優しいクラピカが、私は好きなんだよ』
「馬鹿もの、私の恋人はお前だけだ」
私のおでこをピンと叩くクラピカに、私はそっと抱きついた。
クラピカは私の背中に手を回し、私の耳にキスをしたり息を吹きかけてきたり、軽く噛んだりしてくる。
大きなソファーの上で、今までの人生で一番の幸せを感じ、私は真っ赤な顔をしながらギャーギャーと騒ぎ、クラピカはそれを見て笑った。
そんなことを何度か繰り返し、その夜は更けていった…
クラピカに出逢えた奇跡に、心から感謝しよう…
そしてこれからもきっと、いつも私の隣にいてくれるクラピカにも…
next…