番外編
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ソフィアは妊娠10ヶ月。
出産予定日の一ヶ月前に入った。
お腹が大きいソフィアは手に持ったお菓子をボリボリと食べながら、赤ちゃん雑誌を読んでいた。
『これ可愛い~っ!!』
近くに座っていたゴンは、どれどれ~?と近寄ってソフィアの見ている雑誌を覗いた。
「あ、ホントだぁ!!可愛いねっ!!」
『ほら見て!これなんかさ~』
雑誌を見て盛り上がる二人。
お腹に子どもがいるとは思えないほどの、のん気なソフィアに声を上げるキルア。
「なんかさぁ!!」
『わっ!?びっくりした…なに??』
「なんか…最近のお前さぁ、太ったんじゃない?」
ギクッ∑
「言われてみたら…だいぶイスが小さく感じるね!」
『ゴンまで…』
確かに今のソフィアは、まるで相撲取りが家にいるかのように存在感が大きかった。
ゴンとキルア、レオリオが心配で遊びに来てくれているせいか、安心して日頃なまけている毎日が続いていた。
「オレ達が来てるからってちょっとだらだらし過ぎじゃねーか?」
『そうかな~?』
自覚なしでお菓子を食べ続けるソフィアにキルアは心配でしょうがなかった。
「おいおい、そのお菓子もさ~食べ過ぎなんじゃねーの?栄養偏るぜ?」
「そうだよソフィア!赤ちゃん産んだ後、体重戻らないかもしれないよ!」
「もう無理じゃねーの?」
二人に言われて、残念そうな表情を浮かべるソフィア。
『そんなぁ~』
「ねぇ、ソフィア!一つ聞いていい?」
ゴンに突然尋ねられ、ソフィアは目を丸くする。
『ん、なに?』
「子ども産むのってさ、怖くないの?」
「そうだよなぁ~、鼻からスイカ出すぐらい痛いらしいよな。オレ、女じゃなくてよかったわ、考えただけでパス」
『ん~まぁ緊張もするし、ドキドキとかもするけど…意外とそんなに怖くないかも。たぶん大丈夫だよ!』
そう言ってまたお菓子を口に運ぶソフィア。
「あ、また…」
キルアは立ち上がってソフィアのお菓子を取り上げた。
「もう食べ過ぎ。はい、終わり!」
まったく、オレの兄貴(ミルキ)みたいだなぁ…。
気を許したその時、またガサガサと後ろから音が聞こえた。
「…あ!!」
ポケットからお菓子を取り出したソフィアは勝ち誇ったかのような笑顔で又も食べ始める。
さすがのキルアもお手上げ状態。
「これはクラピカに言うっきゃねーな…」
「だね…」
キルアとゴンは呆れた深いため息をついた。
そして一週間後。
ソフィアは産婦人科に向かった。
最後の診断は終わったはずなのに顔を出してきたソフィアに、女医は不思議そうに尋ねた。
「どうしたの?今日は」
『あ、はい。ちょっと近くを通りかかったもので、せっかくなのでお顔を見ておきたいと思いまして!』
笑顔で言うソフィアに女医は嬉しそうに笑った。
「あたしの??」
『はい!あ、これ…友だちのお土産なんですよ。食べて下さい』
ソフィアがそう言って差し出したのは、最近レオリオから貰ったお菓子のお土産だった。
「あら、いいの?」
『はい!美味しいですよ!!』
女医は喜んで受け取った。
「ありがとう!」
その時…
「先生!!緊急帝王切開です!!」
勢いよく開かれた扉から姿を現したのは、真剣な表情をした一人の看護婦。
「分かった、容態は?」
「はい!!ご体も胎児も危険な状態です!!」
「オぺの準備」
「はい!!」
女医は冷静に椅子から立ち上がり、ソフィアの顔を見た。
不安な表情を浮かべているソフィアに、女医は安心させるように笑うと彼女の肩をポンポンと叩いた。
診察室から出ると、三人の看護婦が一人の妊婦を手術室に運んでいた。
ソフィアは驚愕した。
その妊婦が悲痛な悲鳴を上げながらソフィアの目の前を通りかかる。
看護婦の言葉がソフィアの脳裏に甦る。
ーーー「ご体も胎児も危険な状態です!!」ーーー
怖い…怖い…
怖いよ…怖いよ…
怖い怖い怖い怖い怖い。
わたし…なめてた。
妊娠を、なめてた。
赤ちゃんを産むのって、命がけなんだって事を。
命を懸けて、この子を産まなきゃいけないって事を。
この日まで、ずっと気がつかなかった…。
街をぶらぶらと歩いていたレオリオは、反対歩道でソフィアを見かけた。
手を上げてソフィアを呼ぼうとするが、レオリオは目を見開いた。
ソフィアはゆっくりと足を運びながら、深刻な暗い表情で、ずっとお腹に手を当てて歩いていたーーー…
日が落ちてから、ずいぶん時間が経った。
リビングのテーブルの上には冷めてしまった夕飯。
誰もいない静まり返るリビングで、ソフィアはずっとクラピカの帰りを待っていた。
クラピカ、まだかな…。
早く会いたい。
一つため息をついたその時、ドアの鍵を開ける音が聞こえ、クラピカが帰って来た。
「ただいま」
『お帰りなさい…』
元気のないソフィアに、クラピカが心配げな表情を浮かべる。
「どうしたんだ?」
問いかけられて、ソフィアは下を向いたまま静かに胸の内を話した。
『うん…なんか急に怖くなって…』
クラピカはソフィアの横の椅子に腰を下ろし、話を聞く体勢をとった。
『…今日産婦人科に行ったら、帝王切開の人がいて、怖くなって…不安で不安でたまらなくなって、わたし…この子をちゃんと産めるのかなって。この子に何かあったらどうしようって…道歩いてるだけで怖くてさ。
なんか、全然ダメになってしまって…ごめんなさい…』
痛みを抱えるような目で謝るソフィアに、クラピカは優しく笑ってソフィアの肩に手を置いた。
「謝る事ではない、それが普通だ」
ソフィアは顔を上げた。
不思議だね…。
クラピカの優しい笑顔を見ただけで、何故か凄く安心する。
『単純だね、わたしって…』
「やはりそうか…」
そう言ってクラピカは立ち上がり、冷蔵庫へと向かった。
『やはりって?』
クラピカは冷蔵庫から取り出したお茶をコップに注ぎながら言った。
「夕方レオリオから電話があってな、道でお前を見かけたそうだ」
『そうだったの?』
「あぁ、だいぶ元気がなかったからレオリオが心配で私に電話して来たんだ」
『そっかぁ…声かけてくれてもよかったのに』
クラピカは二つコップを持ち、一つをソフィアの前に置いて、隣に再び座った。
お茶を一口飲むと、クラピカはソフィアを見つめた。
「大丈夫、私達の子は絶対無事に産まれてくる。この子の為にもそう信じよう」
クラピカはソフィアの手を握った。
『うん、信じる』
心から安心したのか、ソフィアはやっといつもの笑顔を浮かべた。
赤ちゃん、聞こえますか??
二人の声は届いてますか??
弱気なママでごめんね。
でも先の事を考えると少しも不安がないわけじゃないよ。
だけどこの小さな命を絶対に守り抜きたいと思った。
何があっても絶対に守り抜きたいと、そう思ったんだ。
”赤ちゃんはパパとママを自分で選ぶ ”
こんな言葉をどこかで聞いた事がある。
お腹の中にいる赤ちゃん。
パパとママを選んでくれて本当にありがとう。
目を閉じて二人の赤ちゃんを想像してみる。
きっと、いや絶対に可愛いだろうなぁ。
わたしに似たら泣き虫でわがままになるかもね。
クラピカに似たらクールになっちゃうかも…。
なんてそんな事言ったらクラピカに怒られちゃうね。
大好きな人との赤ちゃんは、世界で一番の大切な宝物だよ。
夕飯を食べてお腹いっぱいになり、ソファでうとうとし始めるソフィア。
そんなソフィアをクラピカはお姫さま抱っこで寝室のベッドへと運んだ。
お腹が大きいソフィアは仰向けでは寝られないため、横向きで眠る。
クラピカは後ろからソフィアを抱き締めていた。
クラピカのあたたかい優しいぬくもりが背中から伝わる。
『クラピカ…』
「なんだ?」
『大好きっ』
「あぁ、私もだ。…ソフィアとお腹の子どもはへその緒で繋がって、私とソフィアは今こうして抱き合って繋がっている。
いま私とソフィアとお腹の子どもは、三人で一つなんだな」
後ろから響くクラピカの声。
『うん、いま三人で一つなんだね…』
…クラピカってなんでこんなに温かいんだろう。
ソフィアはそのまま気持ちよく眠りについたーーー…
翌日。
休日だったクラピカは、ソフィアには内緒でラディウス(ソフィアの師匠)の家に来ていた。
ラディウスにお茶を出され、かしこまって椅子に腰を下ろしているクラピカ。
クラピカはずっと悩んでいた胸の内を、ラディウスに打ち明けた。
「一つ聞きたいことがあって来ました」
「なんじゃ?」
「普通は自分の父親に聞いたりするのですが、父親がいないので教えて頂けますか?」
真剣な表情で問いかけるクラピカに、ラディウスはクラピカを見つめて頷いた。
「自分の妻が子どもを産むとき、私はどうしたらいいのでしょうか?」
「クラピカ、男はな、そうゆうとき…」
「はい」
真剣に答えを聞くクラピカ。
しかしラディウスは笑って答えた。
「なーんも出来ないんじゃ」
予想外の答えにクラピカは驚きで目を見開く。
「なんにも?」
「なんにも出来ないんじゃ、役にたたないんじゃ、ただ心配しておろおろするだけじゃ」
やはり、そうなのか…。
クラピカは軽く目を伏せた。
しかしラディウスは口許に笑みをのせたまま続ける。
「でもそれでいいんじゃ。男はそうゆうとき、一つ思うんじゃ。女の人はすごいな~自分の女房はすごいな~と思うんじゃ。それでいいんじゃよ。
神様はな、そんなとき男はなーんにもできないようにしてあるんじゃとわしは思うんじゃ。女の人は凄いなぁと思う為にな」
この言葉に、クラピカは思った。
出産に関して男は、何も出来ない役立たずだと言う事を。
妻が凄いと感心することしか出来ない事を。
正直、情けない。
人を一人産み育てるのは大変な事だ。
ソフィアが命がけで頑張っていても、ソフィアの為に私は何も出来ないのか。
ソフィアも初めてのことで不安も沢山あるはずだ。
私が「どうしたらいいか」と聞いたところで、逆に困らせるだけだ。
今の私に出来ること…
それは、ソフィアの話に耳を傾けたり、これからの将来を語り合ったり、今しかない時間を大切にすることぐらいだろうか。
しかし、その一週間後。
ハンター教会に勤めているクラピカに、会長からの命令で二日間、ハンター裏試験の試験官として出張に出掛ける事になってしまった。
出発の日の朝。
クラピカは申し訳なさそうな顔をしていた。
『クラピカ…、どうしたの??』
不審に思ったソフィアが尋ねると、クラピカは一つ頷いたきりしばらく言い淀む。
やがてそっと息をついて、彼は伏し目がちに口を開いた。
「…すまない」
ソフィアは驚いて目を瞠った。
どうして突然謝るの??
『なに?クラピカなにかしたの??』
「いや、そうではないんだが…」
顔を上げて、クラピカは困ったような瞳をする。
「こんな大事な時に出張が入ってしまい、お前を一人置いていくことになってしまったな。本当にすまない…」
『そんな…仕事だもん。クラピカは何も悪くないよ。それに今日もゴン達と会うし、一人じゃないから大丈夫だよ!』
クラピカの心が軽くなるように、ソフィアは笑顔で言った。
しかしクラピカは心配げな表情で問いかける。
「本当か?」
『うん!』
ソフィアの笑顔に少し安心したクラピカは優しく笑った。
「分かった。では、行ってくるな」
『うん』
クラピカはその場で少ししゃがみ、ソフィアのお腹の赤ちゃんに声をかけた。
「起きてるか?パパ行ってくるからな」
そんな優しいクラピカに、ソフィアは余計に彼が愛おしくなる。
心は正直だ。
すごく寂しい…。
本当はクラピカに、ずっと傍にいてほしいよ。
黙って下を向くソフィアに、クラピカは不思議そうに尋ねた。
「どうした?」
ソフィアはうつむいたまま、ふるふると首を振った。
「寂しいのか?」
クラピカの尋ねる優しい声に、我慢していた気持ちが口からこぼれる。
『うん…』
するとクラピカは、手に持っていたカバンを床に置いた。
そして、両手を広げて優しく笑った。
「おいで」
その言葉に甘えたい気持ちが溢れ、クラピカの元に近づくと、クラピカは手を伸ばしソフィアの体を優しく抱き寄せた。
…なんて温かく心地よい温度。
このまま時間が止まってほしいと心から願う。
「相変わらずお前は分かりやすいな。寂しい時は凄い寂しがり、楽しい時はよく笑う。そういうところが私は好きだ」
体を離し、クラピカは真っ直ぐにソフィアを見つめた。
「…愛してる」
クラピカは、ソフィアの唇の横に自らの唇を這わせた。
一瞬、触れる程度の…軽くやわらかな優しいキス。
触れた部分がまだほんのりと熱を持っている。
逸らすことなく真っ直ぐソフィアの目を見つめるクラピカ。
「仕事が終わったら必ず急いで帰って来る事を約束しよう。それまで良い子で待ってるんだぞ。出来るか?」
『できるっ♡』
「待てるか?」
『うん!』
「では…行ってくるな」
クラピカは優しい笑みを浮かべたままソフィアの頭に軽くポンと手を置いた。
『うん、いってらっしゃい!気をつけてね!』
手を振るソフィアに、クラピカは笑い返した。
「あぁ」
ーーー数時間後。
ピンポーン。
インターホンが鳴り、座っていたソフィアはゆっくりと立ち上がり、玄関に向かった。
「ソフィアー!!」
「よォ」
「遊びに来てやったぜー!!」
『みんな!!いらっしゃ~い☆』
玄関には、ゴン、キルア、レオリオの姿。
三人はソフィアが心配なのか会いに来てくれたのだった。
少し見ない間により大きくなったソフィアのお腹に、ゴンは目を大きく見開く。
「ソフィア!立派なお腹だね!!」
『そうだよ~!』
「あれ、クラピカは?」
尋ねるキルアにソフィアは腰に手を当てながら笑顔で答える。
『クラピカは仕事で出張なの』
その言葉に驚き、レオリオが声を荒げた。
「なにぃ!?出張だァ~!?だってよ、もうすぐ産まれるんだろ!?」
『産まれるにはまだ一週間先だし、明日には帰ってくるからさ!たぶん大丈夫!』
まだ産まれない。
そう思っていた…なのに。
『……あれ?……痛い…』
突然襲った強い腹痛で、ソフィアはその場に倒れ込んだ。
「え!?ソフィア大丈夫!?」
ソフィアの傍に腰を下ろし、大声を上げるゴン。
『…痛い……っ』
「まさか陣痛か!?」
『そう…みたい……っ!』
レオリオの質問に答えるソフィアは、ぎゅっと目を瞑り、激痛に耐えている。
痛い…痛い…っ!
クラピカがいない、こんな時に…!!
「早く病院に連れて行かないと!!」
「レオリオ、車出せるか!?」
「あぁ、ソフィア!車借りるぜ!!車のキーはどこだ!!」
痛みに苦しみながらも、レオリオに車の鍵の場所を伝えるソフィア。
レオリオは急いで家に上がり、車の鍵を取りにリビングへと向かった。
キルアとゴンに支えられながら、ソフィアは遠くなる意識の中、車へと運ばれた。
レオリオはエンジンをかけ、車を動かす。
キルアは横になって今にも泣きだしそうなソフィアの腰をさすり、手を力強く握った。
「ソフィア、大丈夫だから。もうすぐ病院に着くからな」
『…うん…っ』
「ソフィア!!どこの病院だ!?」
焦っているレオリオに、ソフィアはいつも持ち歩いている母子手帳をレオリオに渡す。
ゴンは補助席でクラピカに陣痛が始まって病院に向かっていることを電話で伝える。
行きつけの産婦人科に着き、ソフィアはキルアに抱きかかえられて運ばれる。
女医と看護婦が慌てて駆け寄り、お腹の状態を見るため陣痛室に運ばれた。
「う~ん、まだまだね。痛みは辛いけどまずはリラックスしてね。
血圧が高いから1時間おきに来ますけど、よっぽど痛い時はナースコールで呼んで下さい」
『え…まだ…っ!?』
こんなに痛いのに…っ。
まるでとても激しい生理痛に似たような痛みだ。
あれから長い長い時間が経ち、痛みが引いたり強くなったりと繰り返していた。
段々と強くなる苦痛の余り、ソフィアは言葉にならない悲鳴を上げた。
『…い……たぁ……い……っ!!』
三人が息を呑んで必死に見守っているその時、ゴンからの連絡でラディウスとセンリツが駆けつけてきた。
「ソフィア!!」
「ソフィア!!お前の好きなシュークリーム買ってきてやったぞ!!」
『セン…リツ…し、…しょう…ありが……ぃっ!!』
「偉く苦しんでるわね、ずっとこんな感じなの?」
心配げな表情で尋ねるセンリツに、ゴンが深刻な表情で頷いた。
「…うん、ソフィアは間隔を計らないといけないからまだ医者は呼ばなくていいって…」
ソフィアの様子を見ているレオリオは、嫌に慌てた様子で口を開く。
「オイ、それにしてもソフィアの顔色悪すぎやしねーか!?オレの嫁んとき、こんなんじゃなかったぜ!?サラは冷やかす余裕があった!!」
痛みを耐え続けるソフィアを見下ろしていたキルアは、剣呑な顔で呟いた。
「もしかしたら…死ぬんじゃねーの?」
キルアの言葉に全員は凍り付いた。
「オレ、医者呼んでくる!!」
ゴンは慌てて部屋を飛び出した。
直に女医が来て、ソフィアのお腹の状態を見る。
「はい、頑張って産みましょうね!!」
『は……はい…っ!』
ゆっくりと起き上がり、ソフィアは看護婦に支えられながら分娩室に向かって歩き始める。
「ソフィア!頑張って!!」
「「ソフィア!!」」
ゴン、キルア、レオリオ、センリツ、ラディウスは必死に応援の眼差しで声をかける。
『うん…頑張って、来るからね!…待っててね…!』
ソフィアは汗だくになりながらも、泣き顔にも似たような笑顔でピースをした。
ソフィアが分娩室に運ばれてから30分後。
分娩室からはソフィアの言葉にならない激しい悲鳴が聞こえていた。
その声と、まだ産まれない様子にゴン達は落ち着かない様子で廊下の長椅子に腰を下ろして待ち構えている。
先ほどから、うろうろと廊下を歩き回っているゴンに対して、キルアが険悪に怒鳴った。
「オイ、ゴン見てるとイライラすんだよ!!」
「そんなこと言ったって!!」
「オイ!!クラピカはまだ来ねェのか!?」
必死に尋ねるレオリオにセンリツが困った顔で答える。
「今、こっちに向かって来てるみたいだけど…」
分娩室から更に激しく聞こえるソフィアの苦痛の悲鳴声。
「も~オレ駄目だ!!医者でもなこーゆうの苦手なんだ!!ちょっと出て来るわ!!」
イスから立ち上がり、逃げるかのように歩き出したレオリオの前に、ゴンが立ちはだかる。
「ダメだよレオリオ!!ここにいないとダメだよ!!いまソフィアが一生懸命頑張ってるんだ!!逃げたらダメだよ!!それに…」
ゴンは真剣な面持ちでレオリオに告げた。
「オレ達はここにいれないクラピカの分まで、オロオロしないとダメだよ!!」
「~~~!!わぁったよ!!」
レオリオは先ほど座っていた長椅子に座り、両手を組んで必死に祈る。
全員は、とにかく無事に産まれてくることを祈り続けることしか出来なかった。
分娩室に入ってから、一時間が経過した。
時刻は、午前2時。もう夜中だ。
もう喉がカラカラ。
お茶を飲んでも追いつかない。
汗が滝のように出る。
わたし、どうなっちゃうんだろう…。
痛すぎて痛すぎて、何も考えられない。
いったい、誰よ。
鼻からスイカを出すほど痛いなんて…
そんなもんじゃない。
真剣に腰が壊れるかと思うぐらい痛い。
例えるなら、ショベルカーで背後から腰をグサッと刺されて、持っていかれる…引きずられる感じ。
もう耐えられない。
いくらいきんでも息が続かなくて、すぐにばててしまう。
もう痛すぎて苦しい。
耐えられない…
誰か…助けて!!
その時、先生の大きな声が聞こえた。
「赤ちゃん、今一番狭いとこに挟まってるんだよ!!お母さんが頑張らないでどうするの!!赤ちゃん苦しんでるのよ!!」
その一言で我に返った。
そうだ…わたしが頑張らなきゃ赤ちゃんが苦しんでる。
私しかいないんだ。
早く出してあげなきゃ…!!
「さあ‼もう少しだからね‼これで最後にするからね~‼思いっきりいきんで‼」
『んんんんんんん~~~~~~~っ!!』
痛い~~~~~~~っ!!!!!!
もう全身全霊を込めて、死ぬ思いでいきんだ。
目の前が真っ白になる。
そして、頭に浮かんでくる大好きなクラピカの顔が見えた。
ソフィアは泣きながら全力でいきみ、彼の名前を叫んだ。
『クラピカ…ッ!!クラピカァ………ッ!!!!』ーーー
ーーー…
声が。
呼んでいる。
声。
私を呼ぶ声。
あれは。
ドクン、と心臓が跳ね上がる。
ーーークラピカ…!
「ソフィア‼」
廊下の椅子に腰を下ろし、両手を組んで祈っていたクラピカは、その声が聞こえたとき椅子から立ち上がった。
ソフィアだ。
さっきの声、あれは絶対にソフィアの声だ。
クラピカは居ても経ってもいられずに、その場を後にしたーーー…
元気な産声が聞こえる。
これは…
「産まれましたよ‼元気な男の子ですよ~!!」
産まれた…
『あ……よかっ…た…』
やっと、会えた。
クラピカとわたしの、赤ちゃん。
看護婦にそっと赤ちゃんを胸の上に抱かせてくれた。
ソフィアは嬉しさと感動の余り、ぽろぽろと涙を流して、我が子を見つめた。
あたたかい。
そして、愛おしい。
愛おしいって言葉の意味は、これだったんだ。
愛おしいってこういう感情だったんだね。
この世に、こんな感情があるんだと知らなかった。
愛おしすぎて、もう痛くない。
何もいらない。
わたしは、きっと…
この子に会うために産まれてきたのかな…
『元気に産まれてきてくれて、ありがとう…』
ソフィアは心から、生きていることの感謝と、人生の中で一番の幸せを感じていた。
分娩室の扉が開き、看護婦が姿を現すとゴン達は直ぐ様立ち上がり、看護婦の言葉を待つ。
「産まれました。元気な男の子ですよ!!」
その言葉にゴンとレオリオの目には感動の涙が溢れ、喜びの大声を上げた。
「やったぁぁぁぁぁっ!!」
「よかった!!本当によかった!!」
そんな二人につられてセンリツとラディウスも嬉し涙をこぼす。
キルアは息をつき、目を細めた。
「やったな、ソフィア…」
その眦からは、涙が伝い落ちた。
その時。
プルルルル…♪
ゴンの携帯電話に着信音が鳴り響く。
「もしもし!?クラピカ!?」
「あぁ、産まれたのか!?」
「うん!!元気な男の子だよ!!」
「そうか!!…よかった…!」
「あれ?でもなんで分かったの?」
「いや、ソフィアが、呼んだからな…」
「??」
疑問を浮かべるゴン。
クラピカは心から安心したのか、力が抜けて、笑みを浮かべたまま椅子に腰を下ろした。
面会はソフィアを少し休ませてからとの事で、1時間後。
ゴン達は病室に入り、ソフィアと赤ちゃんに出会った。
ソフィアはほっとしたような笑顔で迎えた。
『みんな…待っててくれたんだ』
「あったりめェだろ?ダチだからな!」
『ありがとう、レオリオ…』
「ソフィア、頑張ったね。偉いよ!」
「たいしたもんじゃよ」
「頑張ったわね」
ゴン、師匠、センリツ…
『ありがとう…』
ソフィアは嬉しそうに笑うと、隣で眠っている我が子を愛おしげに見つめて笑った。
気持ちよさそうに眠っている赤ん坊を、キルアは目を見開いたまま黙って見つめていた。
これが、クラピカとソフィアの子ども…
新しい、いのち。
奇跡の、いのち。
出産がこんなにも大変だなんて、今まで知らなかった。
オレが産まれた時も、こうだったのか。
いのちなんて、今まで儚いものだと思ってた。
オレが教わったのは、いのちの大切さではなく…
ぜんぶ、殺しだ。
でも今、やっと分かった気がするよ。
いのちの大切さを…
それを教えてくれたのは、こいつのおかげだ。
ありがとな…。
「………」
キルアは、うつむいた。
そして、握り締める手に、ぐっと力がこもった。
夢を見ていた。
綺麗な海。眩しい光の中…
クラピカが子どもを優しく抱いていて、わたしもこどもと手を繋いで、幸せそうに笑ってる。
「生きるって、楽しいね」
無意識に出た言葉。
クラピカが幸せそうに笑ってる…そんな夢。
ソフィアは、ぼんやりと瞼を開いた。
隣には誰かが座っている。
首を軽く動かして、まぶしそうに目を細めた。
『クラピカ…』
逢いたかった。
どうしても逢いたかった…大好きな人。
「おはよう。ソフィア、頑張ったな」
ソフィアは優しい笑みを浮かべて、ひとつ頷いた。
クラピカは傍で眠っている我が子を見つめた。
子どもが無事に産まれた。
私とソフィアの愛おしい子ども。
クルタの血を引く子ども。
大切な…奇跡の、宝物だ。
『クラピカ…?』
これ以上にない幸せに、これ以上にない喜びに、これ以上にない感動に…
どうしようもなく目頭が熱い。
「ありがとう。…元気な男の子、ありがとう」
ソフィアの手を取って、冷たい指をあたためるように握り込む。
ソフィアは笑顔で首を横に振った。
胸の奥から、優しい気持ちがあふれてくる。
二人は互いに見つめ合いながら、嬉しそうに笑い、我が子を見つめた。
そして、窓から見える空は、雲一つない快晴だった。
私の人生も捨てたものではないな。
のん気にそんな事を考えて、クラピカは心からの笑顔を浮かべた。
END…♡