オリジナル編〚完〛
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霧のように灰色に立ち込めた雪の空。
部屋の掃除をしていたソフィアに、クラピカから突然の電話。
ソフィアはクラピカと書かれた着信に、こぼれ落ちてしまうくらいに目を大きく見開いた。
『……もしもし』
「ソフィアか?私だ、クラピカだ」
『クラピカ…』
懐かしい優しい声。
夢の、つづきだ。
幸せで、幸せすぎて、どうか覚めないでと、心から願った…夢のつづき。
でも、それは…
「…電話、迷惑だったか?」
夢じゃない。
『ううん、大丈夫。…どうしたの??』
最後に言葉を交わしてからまだ3ヶ月しか経っていないというのに、ずっと会っていなかったような…
とげとげしく、けれど時に柔らかい感覚。
「話があるんだ。何処かで会えないか?」
『うん、わかった。…うん…今すぐ出るから』
電話を切るとソフィアは急いで仕度をして部屋を出る。
「ソフィア、そんなにめかしこんで何処に行くんじゃ?」
『…師匠、変じゃないかな??』
ソフィアに尋ねられ、師匠はソフィアの服装を見た。
白いマフラー、ベージュのコートに中はおそらく白いニットのワンピース、黒のショートブーツに年相応で今時の可愛らしい服装だった。
「変じゃないが…」
『よかった!ちょっと出かけてくるね!』
どこか緊張したようにも見える引き攣った笑顔で、ソフィアはその場を後にした。
ヨークシンシティからさほど遠くない場所に住んでいたソフィアは、クラピカの待ち合わせ場所のヨークシンシティ、テルミナ駅前のレストランに向かった。
寒さなんかではなく、緊張で手足が震える。
正直、クラピカに会うのが怖い。
でも、ずっと会いたいと願ってた。
どうしても会いたかった…
迷わない。
大好きなあの人にもう一度、会いに行くんだ…
クラピカはレストランの中で頼んだコーヒーに手をつけられずに、ただソフィアが来てくれることを願った。
きっと、来ないだろう…。
諦めかけていた、その時。
チャリン…
店の扉が開き、クラピカは視線を向けた。
扉が静かに全開になる。
そこから姿を覗かせた影を目にした瞬間、自分の目を疑った。
疑いながらも、奇跡さえ感じた。
……ソフィア?
いや、そんなこと、あるはずがない。
ソフィアに来てほしいと電話で伝えた。
だが、来ないのではないかという疑問がいつしか来るはずがないという決めつけに変わっていた。
そんな根拠のない確信を持っていた私は、ソフィアが来てくれた事を、米粒程度にも想像していなかった。
『…クラピカ』
私の元に近づき、ソフィアは笑顔を浮かべた。
ソフィアが私の元に来てくれたという奇跡が嬉しくて、小さな笑みがほろりと零れた。
「久しぶりだな…」
『なんだか、顔色悪いよ。無理してるんじゃないの??』
クラピカは困ったように首を傾けた。
それから、言葉を選びながら答える。
「…忙しいからな」
ソフィアも向かい合って椅子に座る。
……ソフィア。
どうしてだ。
どうして今さら私の元に来てくれたんだ。
お前にとって私は、出逢った事を後悔させるくらい最低で最悪な男として、記憶の一部に刻まれているはずだ。
「…元気だったか?」
冷静さを装ってはいるものの、震える喉は動揺を隠しきれていない。
それを誤魔化そうと、声質がいつもより穏やかになる。
今、ソフィアの目に私は、どんなふうに映っているだろう。
『うん、元気だったよ!クラピカは…??』
気のせいかもしれない。
だが、きっと気のせいなんかではない。
私を見つめるソフィアの肩は、小刻みに震えている。
「私は、まぁまぁだな」
時間が止まり、重い沈黙が流れる中、かける言葉に迷う私より先に口を開いたのは、ソフィアだった。
『…こうやって呼び出してくれたのは、記憶を思い出したから?』
胸がうずく。ざわめく。後悔の念が込み上げる。
「…きっと謝っても許してもらえないとは思うが、今まで本当に、すまなかった…」
泣き顔に似た笑顔で、首を横に振るソフィア。
クラピカはソフィアを見つめた。
あれからまだ3ヶ月しか経っていないというのに、ずっと前から会っていないような…遠い感覚。
ソフィアはあの頃と変わっていない。
何一つ、変わってなどいない。
だからこそ、好きだった頃の気持ちが戻ってしまいそうな気がして、途端…呼吸が震えるほどの切なさに包まれた。
今のうちに目に焼きつけておこう。
ソフィアとは、これで最後。
もう二度と、会えないのだから。
『…なに??』
「お前の顔、見ておこうと思ってな。もう見られないかもしれないから…」
できることなら、またやり直したい。
けれど散々傷を負わせてしまった私に、ソフィアを守る資格など、あるはずもない。
だから私は、もう後悔を繰り返さないために、ありのままをお前に伝える。
伝えることも、飾らない言葉で、感じたことをそのままに。
「…子どもの頃、初めて見たソフィアは、本当に可愛かった。こんなにも可愛い子がいるんだなと、驚いたんだ。それにハンター試験でリリーとして出会った時も、生き生きとして頑張っている姿が、凄く眩しかった。
ソフィアはあんなにも美しく輝いていたのに、私はお前の輝きを守れなかった。悲しませただけだった」
『そうじゃない…そんなことない。わたしクラピカに出会えて、とっても幸せだったの。ほんとに…ほんとに幸せだった』
そう言ってくれただけで、もう充分だ。
たとえどんなに傷つけ合ったとしても、これから離れ離れになっていったとしても、二人が幸せを感じた日々は確かにあった。
笑いあった日々は、時間は、夢でも幻でもなく、時の流れの中に存在していた。
二人が出会ったことは、決して無駄ではなかった。
「ありがとう…ソフィア。実は最後に一つ、頼みがあるんだ。何でも聞いてくれるか?」
ソフィアは涙を流しながら優しく微笑む。
『いいよ、聞いてあげる。なんでも言って』
これが最後の頼み…
「ソフィア…キルアと付き合って欲しい。そしていつか、結婚してくれ」
『クラピカ…??』
ソフィアは大きく目を見開く。
伝えられないと思っていた言葉は、意外にもさらりと出た。
「キルアだったら私は安心だ。彼はお前の事を本気で愛している。だから大事にしてくれるだろう。
他の誰よりもキルアはお前を守ってくれる」
ソフィアの目から幾粒もの涙がこぼれ落ち、テーブルクロスを様々な大きさの水玉模様に染めていく。
『いやだよ…』
「ソフィア…」
『それはダメ…できない』
「お願いだ、キルアならきっとお前を幸せにしてくれると信じている。私の為だと…私の為にそうしてほしい。
私の為に、ソフィアが幸せになれるように努力してほしいんだ」
これ以上、ここにはいられない。
「…そろそろ行こう」
クラピカは立ち上がり、会計へと歩き出した。
店の前で待っていると、とぼとぼと下を向いて店を出てきたソフィア。
「遅いから家の近くまで送る」と言われ、ソフィアはクラピカの車に乗った。
沈黙がつづく車の中。
ソフィアは窓の外の景色を眺めながら、ずっと涙を流していた。
かける言葉が見つからない。
たとえ何かを口にしたとしても、それはただの言い訳に聞こえてしまうだろう。
いや、聞こえるのではなく、それは紛れもない言い訳なのだ。
最も私は、責められて当然の事をしでかしているのだから。
しかし、別れの時間はあっという間に来てしまった。
車を停めて、クラピカは車から降りる。
降りようとしないソフィアの方へと周り、ドアを開けた。
車から降りたソフィアは、クラピカを涙目で見つめる。
クラピカはソフィアの瞳を真っ直ぐに見つめて、言った。
「何処に行っても、しっかり食事と睡眠を取って、強く生きると約束してくれ」
『……うん、約束する』
「それにもう一つ。私達は、会うのはこれで最後だ」
『最後って?今日で最後なの??』
こうなったら言うしかない、と半ば勢いで核心に迫る。
別れの時間を心苦しく思いながら。
「そうだ。そうしてくれるか?」
しんしんと粉雪が音もなく降り続ける。
そよそよと肌を通り抜ける冷たい風。交差するクラクション。行き交う人々の軽快な足音。
もう無理だ。耐えられない。
今はどんな音も耳の奥に残していく。
その残った陰りを耳にする度、私はソフィアを思い出してしまうだろう。
粉雪を見る度、会いたくなってしまうだろう。
そして、涙が出るほど切なく、愛しくなってしまうだろう。
耳をふさいでしまいたい。
泣くな。もう少し。
あともう少しだけ、我慢しろ。
『……わかった』
ソフィアの返事を聞き、私は逃げるようにしてその場を離れようとした。
『行かないで…』
しかしソフィアは私のコートの裾を指先で強く引き、先の行動を止めた。
これを振り払えば、きっと、もう二度と戻ることはできない。
「なら…ソフィアから行くんだ」
ソフィアは何が起きたのか理解できないと言った様子で、うつろな目でまばたきを多めにした。
そして、言われるがままふらふらとした足取りで先の道に進んでいく。
行くな…
本当は、傍にいてほしい。
涙が鎖骨の辺りまで到達した。
瞼の裏が、こめかみの奥が、耳たぶが熱を増す。
歩み始めたソフィアは我に返ってくるりと振り返ると、
再び足取りを戻してこっちに向かって駆け戻り、その勢いで私の胸へと飛び込んできた。
『もう会えないなんて、いやだよ…っ!』
私もだ、私も別れたくなどない。
できることなら抱き締め返してやりたい。
だが……
クラピカはソフィアの両肩を掴み、ゆっくり離した。
雪は静かに降り続く。
それは彼女のコートに落ちて、しばらく戸惑い、そして消えていった。
向かい合う幸せな瞬間を心に焼きつけて、最後にこう告げた。
「…今まで、ありがとう。…さようなら」
ソフィアに背を向けて、歩き出す。
溢れ出す愛を、永遠の別れを、今ここで誓う。
……振り返りたい。
だが、愛しているからこそ、振り向きはしない。
ソフィア。
幸せになってくれ。
世界で一番、誰よりも。
約束だ。
私の分まで、いつまでも、限りなく。
車に乗り込み、エンジンをかけて車を出した。
車を進めたところでバックミラーで後ろを見た。
ソフィアの姿は見えない。
あの笑顔も、泣き顔も、どこにもない。
強くなったんだな。
もう、心配しなくても、大丈夫だな。
私がいなくても、一人でやっていけるよな。
私はお前が思っている以上にずっと、弱虫な男かもしれない。
だが、お前の思い出の中に存在している私は、永遠に強い男のままであるように。
脇道に車を停めて…
私は泣いた。
声を押し殺して泣いた。
息が詰まるほど、泣いた。
出逢って、すまない。
だが、出逢ってくれて、ありがとう。
すまないより、いつも、ありがとうの方が勝っていた。
いつもお前の幸せを、心から祈っている。
ソフィア。
本気でお前を愛していた。
今でも、愛している。
さようならーーー…
next…