オリジナル編〚完〛
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「……すまない。私は…ソフィアを愛している」
ネオンの頭の中で何かが音を立てて切れた。
積み上げてきた何かが崩れた瞬間だった。
「…なんで、ひどすぎるよ!!ソフィアのこと愛してるって!?」
指の先が白くなるほどに力を込めたネオンは、やがて悲痛な声で叫んだ。
「ヤダヤダーーーッ!!なんで、私じゃなくてソフィアなの!?クラピカ、嘘でしょ!?ねェ、嘘って言ってよ!!」
恐ろしいような沈黙がつづく。
クラピカは暗い面持ちで静かに告げた。
「…心の糸は、固く結んでもほどけてしまうことがある」
「やめてよ!!聞きたくない!!」
クラピカは目を細めた。
「何処に繋ぐかは私も分からないが、一度ほどけた糸は元に戻らない」
「それ以上聞きたくない!!やめてッ!!」
「ボス!!」
クラピカは硬い声で告げた。
「別れて下さい」
「…イヤだ!!別れたくない…なんでもするから!クラピカどうして?どうしていきなり…
昨日までイチャイチャしてたじゃん!!こんな終わり方ないよ!!納得いかないよ…っ」
ネオンは声に出して泣き始めた。
肩越しに、クラピカはネオンに一礼した。
そのまま何も言わずに部屋を出て行く。
ネオンは振り返らない背中に訴えた。
「許さないから…!!ゼッタイ許さない!!パパに言いつけてやるから!!」
クラピカは部屋から出て、ドアを閉めた。
「……っ。………わぁぁぁああああん!!」
8月に、初めて会った少年。
私を守ってくれた、ボディーガード。
付き合ってくれるとOKしてくれたとき。
キスをしてと頼んでキスしてくれたとき。
本当はどれほど嬉しかったか、彼はきっと知らない。
きっとソフィアにクラピカと結婚するとか嘘ついたから、罰が当たったのかな…。
でも…
一度でも自分を見てくれたことが。
守ってくれたことが…嬉しかった。
今まで欲しいものは何でも手に入った。
いま一番欲しいものは…クラピカだけ。
でも本当に大事なものを手に入れるのは、こんなにも難しいんだ…
ネオンは涙を流しながら初めて失恋の痛みを知り、クラピカとの別れを受け止めることができなかったーーー…
――ーーーー
ーーーーーーーーーーー…
ーーーあれから3ヶ月後。
ソフィアは、懐かしい場所にいた。
ここは…ルクソ地方の村。
ぼんやりと見上げた空が、緋色に輝いていた。
宙に浮いているような、不思議な感覚に包まれている。
きっと、これは夢だね。
紅くなる空。
それと同じ色の瞳を、ソフィアは知っていた。
あぁ、緋色の眼だ。
だからきっと。
きっとあの緋色のように、その心は優しい。
「ソフィア…」
ソフィアは目を細めた。
たくさんの夢を見たのに、いままで一度もクラピカが口を開いてくれたことはなかった。
いつもいつも、感情のない緋の眼がこちらを向くだけで。
形のいい唇が震えながら言葉をつむぐ。
確かに、はっきりと。
どうしてだろう。
目の奥が熱い。
もっとちゃんと見ていたいのに、視界がにじんでぼやけてしょうがない。
これは夢だよね。
だって、この声が自分の名前を呼ぶことは、もう決してないから。
クラピカは手を伸ばし、ソフィアをふいに抱き締めた。
あたたかい。
ソフィアは目を細めた。
あぁ、なんて…幸せな夢なんだろう。
このままずっと、この夢を見ていたい。
ほんとうに、幸せな夢ーーー…
目を開けると天井がにじんで揺れていた。
『…れ…、わたし、なんで泣いてんの…?』
起き上がって、はれぼったい目をこする。
すごく幸せな夢を見た。
でも、悲しい夢じゃないのにどうしてこんなに胸が重いんだろう。
「ソフィア、起きたのか」
ドアの奥から師匠の声が聞こえる。
『…あ、起きたよ!』
ソフィアはベッドから降りると、出かける準備を始める。
今日は元旦。
年は明け、新年を迎えた。
《キョウヒル1ジニマブーレノイズミ二シュウゴウ》
今日は久々にキルアと会う。
約3か月ぶりくらいか。
グリードアイランドというゲームの世界で念の修行を終えて、ハンター試験を受けて合格してきたらしい。
そして、またゲームの世界に戻ってしまうので会いたいとの連絡がかかってきた。
「師匠‼ハッピーニューイヤーッ♪」
二階からリビングに降りてきたソフィアは、明るいテンションで声を上げた。
「初日から元気じゃのう!」
『うん!あのね、夢見たんだ!』
幼い子どものような言い方で、ソフィアはそう言った。
師匠は目許を和ませて頷く。
「そうか。いい夢か?」
尋ねると、ソフィアは本当に嬉しそうに笑みを深くする。
「うん、すごく幸せな夢!…夢でもいいから、ずっと会いたかったんだ」
「それは、良かったなぁ」
本当に泣きたくなるくらい幸せな、愛おしい夢だった。
もう充分だと思えるぐらい。
「今日は昼から出かけるんじゃったな。気を付けるんじゃぞ」
『うん!』
ソフィアは朝ごはんを済ませると、マブーレの泉に向かった。
電車を使って二時間の場所。
しかしソフィアは途中忘れ物をしていったん家に戻るなどして、10分程遅れてしまった。
急いで街に入ると新年で飾り付けがされて、まるでお祭りのように盛り上がっている。
ちょうど一年前のこの季節に、クラピカとハンター試験で出会った。
まだ無邪気に笑ってがむしゃらに何かを追いかけていたあの頃は、もう二度と戻ってこない。
それから、最近あまり涙を流さなくなった。
泣いても何も解決しない事に気づいたから。
泣いたら確かにスッキリするけど、前に進めるわけではない。
だから無駄な涙は流さないと決めたんだ。
街には金髪で背が高い人がたくさんいる。
…なのにいちいち振り返って確認してしまう。
あの人がいるはずがないのにね、バカみたい。
ソフィアはもう振り返らずに先に進んだ。
マブーレの泉の前でキルアがポケットに手を入れて待っている。
久しぶりに見るキルアの姿。
ソフィアは笑顔で走ってキルアの元に向かった。
『キルアーー!!』
「あ、オメェ遅刻だぜ?おせーよ」
ソフィアは白い息を吹き出し、キルアに抱きついた。
『ごめんね~!!キルア会いたかったぁ~!!』
「わ、わかったから離せって!!///ったく、相変わらず変わんねーな」
『キルアもぜんぜん変わってない!!相変わらず可愛いよっ♡』
「バカ!///可愛いって言われても嬉しくねーよっ!あ、せっかく泉にいるしコイン投げてかね?」
キルアはポケットからコインを2枚取り出した。
『え、なんでコイン投げるの??』
「はぁ?お前知らねーの!?この泉は願いが叶う言い伝えがあって、後ろ向きにコインを泉に投げると願いが叶うらしーぜ。でも願いは一つだけ!」
その話を聞き、ソフィアは目を輝かせた。
『そうなんだ!なんか素敵ッ☆じゃあ、コイン投げよっ‼』
ソフィアはキルアから1枚コインを貰うと、後ろ向きに立ちコインを握り締めて目を閉じた。
またクラピカと出会えますように…
願いを込めてコインを泉に投げる。
次はキルアが後ろ向きに立ち、コインを握り締めながら願い事を言った。
「将来、ソフィアとずっと一緒にいれますように」
キルアは泉にコインを投げた。
ソフィアは目を見開き、キルアを見た。
「よし、行くぜ!///」
キルアは照れくさそうに軽く笑うとそのまま歩き出した。
二人は街で買ったホットチョコレートを飲みながら、ソフィアの要望で近場の海に到着。
さすがにこの季節になると誰もいない。
『わぁ~貸し切りだぁ!!』
ソフィアはブーツとソックスを脱ぎ捨て海に向かって走った。
『うわぉあ~水冷たっ!!』
キルアも一緒になって靴を脱ぎ、ズボンを軽くまくり上げて水に足を入れる。
「これはやべーな。でも気持ちいな!」
渋い顔をしているキルアに水しぶきをかけると、キルアもそれに対抗してか水しぶきをかけてきた。
『ちょっ…冷た~い!!ってか口に入ってしょっぱ~い!!』
「お前からやったんだろ~ざまあみろ~!」
二人は水の冷たさに耐えられず、直ぐに海から上がった。
砂浜に腰を下ろすと、海を眺めながらキルアが呟く。
「年上…だもんなぁ」
『ん?キルアはわたしの弟みたいだもんねっ』
「最初は姉みたいだったと思ってたのになぁ…」
キルアの言いたいことが理解できない。
ただいつもと違う雰囲気だという事だけは感じる。
胸の鼓動が高まり始めた。
『…いきなりどうしたの??』
「はい、プレゼント」
キルアが差しだした手のひらには一枚の綺麗な薄ピンクの貝殻。
『わぁ~キレイ!ありがとっ』
ソフィアはその綺麗な貝殻を受け取った。
「…オレの国は17から大人なんだ」
『え?』
キルアは真剣な眼差しでソフィアを見つめた。
「オレが17になったら結婚してくれないか?」
ソフィアは頭が真っ白になった。
『な、なに言ってるの…///』
「オレ、本気だから」
キルアは固まっているソフィアの前に座り、髪を優しくなでる。
でもこんな時、思い出すのはやっぱりあの人の…クラピカの顔。
『でもわたしね、まだクラピカのこと…』
「それでもいいよ。オレが忘れさせてやるから」
キルアはソフィアの言葉を最後まで聞かずにさえぎった。
『わたしが幻影旅団だったの聞いて嫌にならなかったの?だってわたしの手、汚れてるんだよ…??』
「ソフィアは汚れてねーよ、オレの方が汚れてる。
オレ、どんなソフィアも受け止める自信ある。オレがお前を幸せにしてやりたい」
『…キルアとクラピカを嫌ってほど比べちゃうかもしれないよ?キルアはそんなの嫌でしょ…??』
キルアは寂しそうに笑うと、何かを決意したように答えた。
「そんなの分かってるし。オレ、クラピカの代わりでもいいよ。でもいつか越えてやる。
クラピカの事ずっと忘れられなかったら振ってもいいから」
キルアは本当にそれでいいの??
つらくないの??
キルアは何も言わずに黙り込むソフィアを、自分の胸へと抱き寄せた。
「本気で好きだ。絶対幸せにするからオレと付き合って欲しい」
キルアとはこのままの関係でも不満はなかったし、正直言ってクラピカの事を完璧に忘れられる自信があまりない。
でもキルアはそれでもいいと言ってくれた。
そんなわたしを好きだって…絶対幸せにしてくれるって言ってくれた。
キルアの言葉を信じてみたい…
でも。
『…ごめん。まだキルアの事好きじゃないのに付き合うことはできない…』
体を離し、キルアはソフィアを見つめた。
「なんで?まだオレの事好きじゃなくてもいいよ」
『……ごめんなさい』
突然キルアが立ち上がり、ソフィアを見下ろした。
「でもオレは諦めない。それだけ分かってくれ、また今度話そう」
そう言い残し、キルアはその場を後にした。
ソフィアは握り締めていた手を開く。
手のひらにはキルアがくれた貝殻が二つに割れていた。
キルアは何度もこんなわたしに告白してくれて、好きでいてくれている。
キルアに何度も助けられた。その手に助けられた。
キルアの手はわたしの涙を乾かし、怒りを抑え、安心を与えてくれて…
でも、キルア。
あなたがさっき言ってくれた、クラピカの代わりでもいいって言葉。
それは本音ですか??
本当にキルアはそれで幸せなんですか??
それがただの強がりだったとしても、本当にそう思って言ってくれたことだと信じてる。
本音だと…後悔してないと信じてるよ。
キルアと付き合ったら楽になるかもしれない。
でもそれは、キルアを傷つけるだけの行為にすぎないかもしれないから。
キルア、本当にごめんね。
ソフィアと別れたキルアは、クラピカに電話をかけた。
プルルルル…プルルルル…♪
カチャ。
「…もしもし」
「オレ、キルア」
「…キルアか。珍しいな、どうした?」
…クラピカ。
オレはお前を許さない。
あの時からずっと、オレはお前を許していない。
「クラピカに助けてほしいことがある。何処かで話せないか?」
翌日の夕方。
4ヶ月ぶりのヨークシンでキルアはクラピカと再会した。
久々に見たクラピカは、背広の上下を身に着け、顔色が悪く少し痩せたように見えた。
クラピカの顔に表情らしいものはなく、黒の瞳をじっと見つめても、感情は映らない。
二人は言葉を交わすことさえなく、ひと気の少ない場所へ移動した。
空は不気味な暗さを増し、雨のような湿っぽい匂いがそこら中にしっとりと充満している。
「…ソフィアは、元気か?」
重苦しい沈黙を破り先に話を切り出したのはクラピカだった。
「…記憶、思い出したのか?」
その質問にクラピカは暗い表情で答えた。
「あぁ…」
「そっか…ソフィアは元気だよ。クラピカに頼みがあるんだけどさ」
クラピカは、いやに硬いキルアの声に引かれて視線を向けた。
自分を真っ直ぐに見ているキルアと目が合う。
キルアは冷たい視線で言った。
「オレ、ソフィアを守りたいんだ。クラピカは、もうソフィアとどうにもならないだろ?
ソフィアもクラピカが言えば聞く。オレと付き合うように言ってくれ。…ソフィアに話してくれるよな?」
低い声音で頼まれたクラピカは、地面に視線を落とした。
「…悪いが、それは聞けない頼みだ」
「なんでだよ…まさか、記憶が戻ってソフィアのこと諦めてないのか?」
冷たく問いかけるキルア。
「…すまないが、わたしはソフィアの顔を見たら、言える訳がない」
「なんでだ…散々傷つけて、お前はソフィアを殺そうとした!!」
キルアは眉を吊り上げ怒号した。
「今さら自分に何かっこつけてんだ。もう記憶が戻っても関係ないね、もう遅いよ。オレは…お前を許さない。絶対に…」
言いたいことだけ言うと、キルアは身を翻し歩き出した。
その場に立ち竦むクラピカは、ふと空を見上げた。
雲に隠れて星一つ見当たらない冬の夜空は、隙間なく真っ暗な絵の具に染められている。
ふいに何処か遠くの世界へと吸い込まれてしまいそうな、そんなおぞましい感覚に襲われた。
そして、クラピカは目を閉じた。
あの時の気持ちは嘘ではない。
ソフィアのことを永遠に守り続けていくと、誓ったあの夜。
もしこの先、ソフィアを守り続けていく相手が私なら、それほどまでに嬉しい事はない。
だが、それがどうしてもできないというならば、それすら許されないのだとしたら、私がお前を守り続けていく方法はただ一つだ。
ソフィアの幸せを遠くから静かに願うこと。
私はソフィアを愛している。
たとえキルアと付き合ったとしても、その気持ちは決して変わる事はない。
約束を最後まで守ることができなかったこと、本当にすまなかった。
付き合い始めた頃は、まさかこんな形で終わりが訪れるとは、全くと言っていいほど想像していなかった。
けれどそれは、私だけではない。
きっとソフィアもそう思っているはずだ。
二人の想いは未来に向かって永遠に続いていくと信じていた。
何があっても、永遠に。
永遠があればいいと思っていた。
だが永遠なんて言葉は、本当はこの世界に存在していないのかもしれない。
大切なものを手放した空虚な失望感に、胸が強く締め付けられる。
手のひらに溢れている幸せを手放した私は、ソフィアとは全く違う道を進むことを選んだ。
だからソフィアはどうしていいのか分からなくなってしまったに違いない。
もともと一本の結末に定められている道は、分かれ道などあるはずもなく。
逃げ道さえ見当たらなくて、後戻りすることも許されない。
だからこそ長い道のりのゴールの先に辿り着く方法は、ただ一つしかなかった。
それは、前に進むことだ。
そして、仲間の緋の眼をすべて取り戻すこと。
だが私は、ソフィアを手放してしまってから前に進むことを拒んでその場に立ち止まったまま。
溜息のように吐き出される後悔ばかり繰り返してきた。
いっそのこと今からこの道を引き返し、捨てた方の道を再び一から歩んでいけたのなら。
できることならそうしたい。
もし、やり直しがきくのなら、もう一度。
そう思い続けて、前に進めずにいた。
だが、このままでは駄目だ。
私には、まだまだやらなければならない事があるのだから。
こうして立ち止まってばかりいては、何も始まらない。
クラピカは携帯電話を取り出し、いつしかソフィアの番号を押し始めた。
プルルルル…プルルルル…♪
『……もしもし』
next…