オリジナル編〚完〛
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流れる川の音を聞きながら、ソフィアは重い息を吐き出した。
ログハウスに戻りたくないなぁ…
あんなに怒っちゃったし、もうわたしに愛想つかしちゃったかな。
一人落ち込んでいたその時、後ろから徐々に近づいてくる足音。
そして、誰かのあたたかい手が肩に触れてきた。
ソフィアは目を見開き、はっと顔を上げた。
「大丈夫か?」
ソフィアの顔を覗き込むキルア。
ソフィアは泣いたばかりで、はれた目を見られないため視線をそらした。
「泣いたのか?」
結局バレてしまった…でも泣いた事は知られたくない。
『…泣いてないよ!』
キルアは何も言わずにあらかじめ持ってきたティッシュを二枚取り、ソフィアのはれた目に当てた。
「どうしたんだよ、何があったか話してみろって」
隣にあぐらを掻き、キルアの優しい問いかけに強がる気持ちが壊れてしまいそうになる。
ソフィアは汗をかいた手のひらを握り締め、ゆっくりさっきの事を話し始めた。
『…クラピカにさっきの恰好しても、わたしのこと何とも思わないって…
誘惑なんかして不謹慎極まりないって怒られちゃった。
それで、わたしもなんか腹が立って言い返しちゃって…とうとう、クラピカに嫌われちゃったかな』
努めて明るい口調で言って、ソフィアは笑う。
だが、直ぐにその笑みは消えた。
最後までキルアは何も言わずに聞いてくれていた。
だが、返答はない。
……答えずらいよね。
話したのを少しだけ後悔した瞬間だった。
「大丈夫だよ、元気だせって。あんなにお前の事好きだったんだぜ?クラピカがお前のこと嫌いになんてならねーよ」
後悔した気持ちはキルアの言葉によって揺れ動く。
「あのさぁ。うまく言えねーけど、クラピカがソフィアの記憶を無くしたのは、これも何かの試練じゃね?」
『…試練??』
「そう。神様がソフィアに乗り越えられるように試練を下したとか?昔親父が言ってたんだ、神様は意味のない試練は与えないってさ。それはいつかソフィアにとって意味のある事に繋がるとオレは思うぜ?」
『そうなのかなぁ…繋がるのかな』
「神様だってそんなに意地悪じゃねーよ。人生は幸せと辛さが半分ずつらしいぜ?だからソフィアは、これから幸せになれるよ」
さっきまではキルアに話した事、ちょっぴり後悔した。
でも今は話して良かったと…強く思ってるよ。
ソフィアはキルアの方を見ると互いに目が合った。
照れくさそうに目をそらす二人。
キルアの力強い言葉を思い出すと目の奥が熱くなる。
でも、もう泣かないって決めたんだ。
……泣き虫卒業しなきゃね。
「なんで我慢すんだよ。オレの前では強がんなって」
キルアはソフィアが涙を堪えていることに気づいている。
『我慢してないよ?わたし強いから!!』
「嘘つくなって、ソフィアは人一倍傷つきやすくて弱いってオレ分かってるし!我慢すんなよ」
その言葉に我慢していた目からは涙がぽろぽろこぼれ、ソフィアは声を押し殺して泣いた。
キルアはその涙を指先でふき取り、笑った。
「…ホントに強がりだな」
またティッシュを二枚取り、ソフィアの鼻に当てるキルア。
「ほら、好きなだけかめよ」
『あ~い…ぶひーぶひー』
そして使い終えたティッシュを丸めて、そろそろログハウスへ戻ろうと、立ち上がろうとしたその瞬間…
キルアは突然ソフィアの腕を掴み、体を抱き寄せた。
キルア…!?
強い力…熱くて苦しい。
でも、なんでだろう。
抱き締められてるのに嫌じゃない。
キルアの胸の中があまりに温かくて…
きっとキルアはわたしに何かを伝えようとしてくれている。
それが何か分からないけどそんな気がした。
クラピカの温もりが…クラピカの体温が…だんだん遠のいてゆく。
抱き締められていた力が少しずつ弱まりキルアの顔が近くなった。
唇が重なろうとしている二人の吐息に小刻みに震える体。
『や…』
ソフィアは首を横に向け、軽くキルアの胸を押して抵抗した。
…キルアの白く柔らかい髪がソフィアのほっぺにふわっとかかる。
そしてキルアの唇はゆっくりとソフィアのおでこに触れた。
触れる唇からキルアの優しさが伝わり、傷ついた心が癒されていく。
再び二人の唇が重なり合おうとした。
その時…
キルアはソフィアの体を再び優しく抱き寄せた。
「…無理やりしてごめんな。オレ、今ソフィアがクラピカを好きだって知ってるけど、でも好きなんだ。
オレはお前を泣かせたりしない…絶対に」
耳元でささやかれたキルアの言葉がほてった体全体に伝わり、さらに熱を増す。
「…オレにしろよ」
ソフィアは何も答えられなかった。
抱き締める力が強すぎて言葉にならない。
キルアから伝わる鼓動は大きくて…
ソフィアはその鼓動を聞き、キルアの腕に抱かれたままでいた。
すると、後ろから何か視線を感じる。
草を踏む足音、そして低く怒気のはらんだ声が。
「離れろ」
ソフィアは目を見開き、キルアの腕から逃れ、首をめぐらせて息を呑んだ。
そこにはクラピカの姿。
最悪な事態。
ぴりぴりと空気が張り詰めていく。
クラピカが一人いるだけで、ここまで殺伐した空気になるのか。
それまでずっと凍り付いていたソフィアが、無意識に唇を動かした。
『……クラ…ピカ…』
クラピカの緋色の目が激しく煌めく。
「まさか本当に何股もかけていたとはな」
ソフィアは答えられない。
これほどの激昂。
クラピカは更に冷たく問いかける。
「私はただの数いる男の選択肢の一つだったのか?」
ソフィアの心が、音を立てて凍りついた。
クラピカは身を翻して歩き出した。
がくがくと膝が震える。
必死でそれを抑えて、ソフィアは追いかけようと足を踏み出した。
『待って…!』
追いかけようとしたソフィアの腕を、背後からキルアが掴んだ。
「行くな。追いかけんな」
『…離してっ!』
焦れたように叫んで、ソフィアは自分の腕を掴むキルアの手を振り払い駆け出した。
心臓が早鐘を打つ。
お願い、行かないで!!
暗闇の中、クラピカの姿を見失いソフィアは辺りを見回した。
必死で目を凝らしていたソフィアは、向こうに歩いて行こうとしているクラピカの姿を見つけた。
『クラピカ…っ!!』
ソフィアは必死に走った。
だんだん近くなるクラピカの姿。
クラピカは追いかけるソフィアの足音に気づいたのか、足を止めてゆっくりと振り返った。
追いついたところで立ち止まり、息切れするソフィア。
振り返るクラピカの顔を見ることができずに、ただただ地面を見つめることしか出来なかった。
………謝らなきゃ。
誤解を、解かなきゃ。
意を決して恐る恐る顔を上げる。
『ごめんね、クラピカ…話を聞いて』
「何故だ。今更お前の何を聞く?これではっきりした」
冷たく言い放つクラピカにソフィアは答える。
『違うの!あれは…』
「私達は本当に付き合っていたのか?そもそも私は復讐の身だ。恋愛に現を抜かしている暇などないというのに君のような軽い女性と付き合うはずがない。
もし付き合っていたのが本当だったのだとしたら、私は君に騙されていたとしか考えられない」
『お願い、とにかく話を聞いて!なんでわたし達が付き合ってたのか全部説明する!わたしが…』
更に言い募ろうとするソフィアの言葉を遮って、クラピカは激しい口調で言った。
「いや、必要ない!私が自力で思い出さなければ意味がない!たとえ騙そうとして君が嘘をついても、私は…騙されたふりをしそうだ」
冷たく言い放ち、クラピカはその場を後にした。
クラピカの後ろ姿はだんだん遠くなってゆく。
大好きだったクラピカは一度も振り返らずに消えていった。
立ち竦んでいたソフィアはその場に泣き崩れた。
クラピカを本気で怒らせた。
辛い。苦しい…
キルアがわたしに対する好きな気持ちは、ずっと前からもう諦めたんだと思ってた。
でも、違ってた。
抱き締められたこと、誰も知らなければそれでいいと思った。
本当に、ごめんなさい…
でもわたしには…クラピカじゃなきゃダメなんだよ。
キルアが言っていた神様からの試練。
どうして?どうして?どうして?
幸せになんてなれなくてもいいよ。
平凡に暮らせれば…それでいいんだよ。
でも神様は、そんな願いさえも叶えてくれないんですね。
……もうこれ以上傷つけないでください。
クラピカが記憶を無くしてから辛くて苦しくて…
でも、出会えて良かったって思えた。
クラピカに出会えたお陰で少しだけ大人になれたような気がするし、本気で人を好きになる気持ちを知ることができたんだ。
だけど、今は出会わなければ良かったのかなと思ったりもしてる。
こんなに傷つくくらいなら、出会わなかった方が良かったのかな…
長い時間が過ぎた。
ログハウスの裏で、クラピカは石に腰を下ろしたまま微動だにしなかった。
形にならない感情が、嵐のように荒れ狂っている。
胸の中で暴れ回るその感情は、二つ。
まず一つ目は、“怒り”だ。
人は追い詰められたとき、最後の最後に残る感情は怒りなのかもしれない。
それはそれでとてつもなく寂しいことだ。
先程の私はひたすら怒りに肩を震わせ、その怒りはだいぶ落ち着いてきているものの、継続したまま今に至っている。
そして二つ目は”混乱”だ。
この数日の間で告げられた知らない数々の事で、まともなはずだった思考の糸が徐々に絡み合い、混乱という名の大きな邪魔者が頭の中を支配している。
考えれば考えるほど結論は限りなく遠いような気がして、そのたび頭痛が頻繁に起こり、時々自分の体が自分のものではないような錯覚に陥ることもあった。
まだ混乱という感情が残っているおかげでどうにか理性は保っていられるものの、それが消え去って怒りだけが残ったとき、一体私はどうなってしまうのだろう。
それは自分自身でさえも予測することはできない。
あの彼女を抱き締めていたキルア。
二人の姿が頭から離れない。
キルアは彼女が好きなのだろう。
だが私の恋人だと知っていてあの行動をとったのか。
いや、傷ついてなどいない。
だが本当は一人になることを酷く恐れている。
自分が思っているよりもずっと心に深い傷が刻まれていたことを、それが後々大きな意味をもたらすということを、今の私は知る由もなかった。
ログハウスの前では、レオリオ、キルア、センリツ、ネオンがソフィアを探していた。
「裏にもいねーな!!」
「向こうにもいないわ!ソフィアの心音も聞こえないし、どうしたのかしら…」
レオリオとセンリツは慌ててもう一度探し始める。
「ちくしょ~!!こうゆう時こそゴンが役に立つんだけどなァ。酒飲ませるんじゃなかったぜ…」
レオリオはゴンに酒を進めてしまい、ゴンは一杯飲んで直ぐに酔っ払ってしまったため、爆睡して起きなくなってしまったのだった。
ネオンは周りを見回して突然声を上げた。
「あれ!?クラピカは!?」
キルアは目を見開く。
「なんだよ、クラピカもいねーのか!?」
キルアは嫌な予感で胸が締め付けられていた。
まさか、記憶を思い出して…二人で…
「オレ探してくる」
「オレも行くぜ!!」
キルアとレオリオが歩き出した、その時…
「あ!クラピカだ!!」
ネオンの声に二人はクラピカの姿を認めた。
レオリオは急いでクラピカに尋ねる。
「クラピカ!!ソフィア見てねーか!?」
「どうしたんだ?」
「ソフィアがいなくなったの!」
センリツの報告に、クラピカは目を見開いた。
後ろに振り返り見渡すと、闇が濃い深い森。
この暗い森の中で一度迷子になったら、この場所に戻ってくるのはかなり困難だ。
肌を刺す風が冷たい。
クラピカはレオリオの持っている懐中電灯を借りて、冷静に告げた。
「皆はここで待っていてくれ。私が探してくる」
「お、おい!クラピカ!!」
クラピカは急いでその場を後にし、深い闇の中に入って行く。
その消えていくクラピカの背を見送りながら、キルアは冷たくなった手のひらを強く握り締めた。
next…